「PTAを如何にせん」①

 退職してから大きく変わったことのひとつはテレビをよく観るようになったことです。特にニュース・ショーとかワイド・ショーとか、かつてはゆっくりと見ることのできなかったものばかりです。
 特にワイド・ショーの類は芸能ゴシップだのセレブの生活だの、これまで基本的に嫌がって見ることになかったものまで見るので、かえって勉強になります。さらに中でも教育ネタは「世間は学校や育児・教育をこんなふうに見ているのか」という意味で勉強になり、同時に腹も立てています。

 先日出ていた話はPTA。
「保育園に子どもを預けなければならない午前8時のPTAに絶対休んではいけないと言われた」
「苦労して休みを取って出かけた仕事は、私がいなくても構わないようなものだった」
(PTAの役員選挙で)
「誰か一人を必ず推薦しろ、しなければ立候補したとみなすと言われた」
「誰かがたまりかねて立候補するまで延々と役員選出の会議が行われた」
「介護があるから無理だと言ったがまったく取り合ってもらえなかった」
「病気だから無理だと言ったら総会でそのことを言い、みんなの納得が得られたらいいと言われた」
 次から次へと横暴の限りが述べ立てられているのです。
 一方、「PTA詳しい専門家は・・・」という説明では。
「友稼ぎやシングルが増え、かつてはPTAの担い手だった専業主婦が少なくなっている」
「PTAの仕事が過重になっている」
といった話が出されただけでした。
 ここは一番、横暴を繰り返す側の意見も聞いてみればいいのに、そちらの取材はしなかったみたいです(「みたいです」というのは、正直いいますと、その番組を最後まで見ることができなかったからです)。

 こういう信じられないできごとがある場合は、やはり丁寧に調べ、「信じられないできごと」を「理解できるレベル」まで押し下げないと、単に不満を増殖して終わりということになりかねません。
 PTA役員の取材が難しければ学校の先生に聞いてみればいいのです。どうしてそんなふうになってしまうのか、説明できる人は多いはずです。というか、ほんとうは誰だって(不満をいう人だって)わかっていることです。
 要するに、誰も役員などやりたくはない。世の中に暇な人も自分の能力に自信を持っている人もそうはいない、というただそれだけのことです。
 そんな中でなおPTAを維持し役員を決めなければならないとしたら、そこには当然多くのムリが生じる、それだけのことです。

(この稿、続く)