「子どもの記憶」

 東野圭吾ガリレオ・シリーズの主人公、湯川先生はしばしばこう言います。

「現象には訳がある」

 このフレーズ、私はけっこう好きなのですが、このように結果には必ず原因が付随するという法則のことを因果律といいます。

 たとえば、人は簡単に他人を殴ったりけったりしません。そうした事象が起こるには必ず原因があります。

 それは相手が最初に手を出したとか、何らかの理由で怒らせたとか、あるいはただこちらが酔っていたとか勘違いしたとか、そういったものも含めてのことです。原因のない結果などありません。

 ところが小学校の低学年の担任などをしていると、この因果律がなんだか怪しくなったりします。例えばあるときAちゃんがBちゃんをいきなり殴った、その原因がまったくわからないといった場合があるのです。もちろん何らかの原因はあるはずなのに、本人はほとんど表現できない、分からない、客観的にもつかめない、そんな場合です。いくら突っ込んで追及しても、加害者本人がポカンとしたりしています

「ボク、なんで殴っちゃったのだろう?」

 そうではなく、良く調べれば何らかが出て来る場合もあります。しかしそれも釈然としない。

 先の例に従えば、実はAちゃんはまったく理由なくして殴ったのではなく、楽しく遊んでいるうちに突然、先週の金曜日にBちゃんに蹴られたことがフラッシュ・バックして、それで殴ったというようなふうになることがあるのです。ではさらに、金曜日にBちゃんが蹴ったのはなぜかと調べると、実はAちゃんの方が先に手を出していてAちゃん自身はそのことをすっかり忘れているといったことが明らかになったりします。そうなると何が何だか訳が分からなくなります。

(ただし通常は2〜3時間前のことすら忘れてしまいまったく話の噛み合わない1〜2年生のこと、先週の金曜日となると、他の大人の証言者でもいない限り絶対に事実は明らかになりません。)

「やっぱAちゃんは、なぜ殴っちゃったんだろう?」

 低学年の子どもがそういうものだと気づくまでに、私は結構な時間がかかってしまいました。それで失敗したこともいくつかあります。

 以来私は子どもが昔の話を持ち出してくるとこんなふうに言うことにしていました。

「あのね、嫌なことがあったらすぐに、マッハの勢いで飛んできなさい。キミもそうだけどね、子どもはすぐに何でも忘れちゃうんだよ。昨日、〇〇ちゃんが××した何て言っても〇〇ちゃんは絶対覚えていないよ。キミだって昨日、先生の足を踏んだこと、覚えてないでしょ(本当は踏んでいない)。だからね、今、起きたことについては先生が注意してあげる、でも昨日のことや一昨日のことはムリだから、何かあったらすぐに言ってきてね」

 これで、クラス内の問題の半分はなくなってしまいました。

 問題を過去のこととして放置してもいいものか――そういう考え方もあるかもしれません。しかし今日まで忘れていたことはそう大したことではないのです。

(ただし、保護者やその他の大人から「明日、学校に行ったら先生に報告するんだよ」と言い含められている場合もありますから、その点は注意が必要です)