「何をやっても部活顧問の負担増につながる」~部活動の新しい試み 2

 新潟県燕市ではじまった「つばくろいきいきスポーツクラブ」
 素晴らしい試みだが 結局 部活顧問の負担増につながっていくだろう
 現在のシステムをそのままに
 時間だけを減らそうとしても無理だ
というお話。

f:id:kite-cafe:20190718064842j:plain(「バレーボールの試合」phtoAC

燕市の取り組みは素晴らしいが――】

「つばくろいきいきスポーツクラブ」――学校における部活動の時間・日数を制限する代わりに休日の活動の場を与える、しかも指導は実業団の複数名という新潟県燕市の取り組み、画期的であると同時に現在の体制の中では、おそらく最良のものだと評価することができます。

 しかしどれだけ長続きするか――。
 私は疑問に思っています。

 それは自分が燕市内の中学校バレー部の顧問だった場合、この事態をどう受け止めるか、それを考えると分かります。

 

【とりあえず歓迎して自分も参加する】

私は自分が顧問をしているバレー部に強くなってほしいと願っています。別に県大会で優勝したいとか全国大会に行きたいとかいった野望があるわけではありません。子どもたちがボロ負けに負けて、コート上でなぶり者になるような経験だけはさせたくないと思っているからです。

 監督の技量を含めた練習環境、選手自身の努力や才能に差はあるにしても、同じ中学生、同じ2年半を同じ競技に打ち込んできた者どうしで、私の生徒がコート上で手も足も出ず、ただなぶられるに任せて敗戦し、それが中学校部活動の最後となる――それではあまりにも惨めです。

 負けるにしても「よく頑張った」「惜しかったね」と言える範囲でなくてはなりません。
 しかし昨日お話したような飛び抜けたチームに対しても、ある程度善戦できる力をつけようとすると、ハンパな努力では済まなくなるのです。

kite-cafe.hatenablog.com

 ですから市が用意してくれた「つばくろいきいきスポーツクラブ」のような試みは私のような三流顧問にとって、絶好の機会なのです。これを奇貨として、私はすべての子どもに参加するように呼び掛けるでしょう。参加費もありますし会場までの送り迎えもありますから強制はできませんが、「技術を高める絶好のチャンスだ。できるだけ行ってごらん」くらいは言うはずです。

 もちろん私も付き添いのようなフリをして勉強に行きます。学校の部活で事あるごとに「いきいきクラブのコーチはこんなふうに言っていました」ではかないませんし、指導の一貫性という意味でも大切です。実業団の指導者を押しのけて主張するほどの理論も経験もないのですから、最初からひれ伏して学ぶべき――そう考えると、子どもからの又聞きよりも実際にその場に行って指導の様子をみる方がいいに決まっています。
 
 

 【参加顧問は次第に増える】

 しかし私が自校の大半の選手と一緒に「いきいきクラブ」に行ったと聞くと、隣の学校の顧問たちも落ち着きません。誰だって自分の怠慢や指導力不足のために子どもが惨めな思いをするのは見たくないのです。そこで第2回~第3回クラブあたりからは数名の部活顧問と百名近い中学生が参加するようになります。

 もちろん節度を守って参加しない顧問もいます。「いきいきクラブ」の趣旨からすれば、本来顧問の行くべき場ではないからです。ただ、その顧問は信念に燃えて不参加のまま通すでしょうが、数年後、人事異動によって新たに赴任してきた教師は必ずしもそうではないでしょう。

 かくして「いきいきクラブ」への顧問と選手の全員参加は常態となり、学校の課外活動ではありませんから「燕市小中学校 いきいき課外活動のあり方に係る方針」の制約すら受けることなく、時間も日数も、関係なく延々と続けることができるようになります。こうして顧問教師の負担が増えていきます。

 本来の趣旨とは違ったかたちですが、そうならずるを得ないのは経験上明らかです。
 活動時間を厳しく制限する、地域ボランティアに任せる、社会体育の枠に入れるといったこれまでの試みは、すべて顧問教師の負担増の憂き目にあってきたからです。

 

 【結局どうしたら良いのか】

 多忙というのは仕事量に対して労働力の少ない状況をいいます。これを解消する方法は「仕事を減らす」か「労働力を増やす」のいずれかしかありません(もちろん両方ということはあります)。

 部活動の時間や日数を制限するのは一見仕事量を減らしたかのように見えますが“顧問”とう仕事がなくなったわけではなく、仕事の目標が落ちたわけでもありません。部活動の今日の状況を造り上げてきた条件――学校教育行政、国のスポーツ行政、組織、システム――を放置したまま練習時間だけを減らそうとするのは、企業が成績目標を放置して残業ゼロを掲げるのと同じくらい愚かなことです。

 実際には部活動の過熱を抑える形式的方法というのはいくらでもあって、例えば学習指導要領を一行書き換えるだけでも可能です。部活はいつでも廃止できます。
 そこまでしなくても、活動を抑制したいというなら中学校体育連盟への補助金を減らすだけでかまいません。全国大会はおろか県大会ですらできないとなれば、技能の目標値は下がり、そのための練習量も自然に減ってきます。
 高校や大学のスポーツ推薦の禁止も効果的ですし、スポーツを理由とした授業料免除もやめさせます。それだって効果的でしょう。

 しかしこれだけ歴史があり成熟したスポーツ環境を劇的に減らすことなど、現実には絶対にできません。このシステムの中で生活を支えている人も、生きがいとして働いている人も大勢いるからです。
 中学校スポーツのレベルを下げると、将来のオリンピックメダルに直接響く競技もあります。

 そうなると、教員の多忙を解消する方法は「労働力を増やす」の一点しか残らなくなります。

 とりあえず最も過酷な一群、学級担任をしながら部活顧問も同時に行っている教員たちを整理しなくてはなりません。顧問が部活動をしている間に学級担任は事務仕事をしている、せめてそれが可能になる程度に人員を増やさないと、この問題はいつまでたっても解決しないはずです。
 
 
 

「新潟燕の挑戦」~部活動の新しい試み 1 

 新潟県燕市
 教員の働き方改革を推進したい市教委と
 学校生活に少しでも余裕を生み出したい顧問教師と
 それでももっと練習をしたい選手生徒の
 全員が満足できる新しい取り組みが始まった

というお話。

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【つばくろいきいきスポーツクラブ】

 昨日に続いて先週金曜日のニュースの話ですが、NHKの朝の「おはよう日本」で、新潟県燕市が設置した「燕市つばくろいきいきスポーツクラブ」についてやっていました。(NHKニュース「おはよう日本」7月12日05:12~)

 燕市では昨年度文科省の指導に従って「燕市小中学校 いきいき課外活動のあり方に係る方針」を策定しました。部活動の時間を平日は約2時間まで、早朝練習はなし、週2日以上休養日を確保することなど標準的なもので、顧問からは空いた時間を有意義に使えるなどと好評な反面、生徒からは大好きな部活をもっとやりたいという希望も強く出されていました。
 そこで市は「燕市つばくろいきいきスポーツクラブ」を開設。学校の部活のない日に希望者を集め、専門家の指導を受けられるようにしたのです。

おはよう日本」で紹介されたのはバレーボールの参加者たちで、参加費は1回500円。初回には22人が集まり、実業団の指導者ら6人が指導にあたったと言います。
 これはなかなか優れたアイデアです。

 教員の負担軽減を図るうえで部活ボランティア指導員の活用は欠かせないなどといいますが、実際にそんなに人を集められるものではありません。例えば燕市内だけでも中学校は5校、そのすべてに男女バレーボール部があるとすると必要なボランティア指導員は最低でも10人ということになります。人口8万人足らずの小都市ではとてもできるものではありません。しかも部活動はバレーボールだけではないのです。

 ただし今回の燕市のように、希望者を募って一か所でやるとなると話は別です。日によって多少指導員の数が変動するにしても、生徒にとっての公平性は保たれます。極端に言えばコーチがひとりしかいない日があってもかまわないのです。あちらの学校には専任のコーチがいてこちらにはいないとった不公平な状況より、はるかにマシです。

 また実業団の指導者というのもいい目の付け所で、実業団、大学のコーチ、高校の監督などもねらい目です。この人たちには中学生に教えるメリットがあるからです。

 

【全体が強くなければ自分も強くなれない】

 すこし寄り道をしますが、私がバレーボール部の顧問をしていた30年ほど前、当時勤務していた学校の隣町にすごい教師が赴任してきました。バレーボールの指導者としては県で一二を争う技量の持ち主で、全国大会にもたびたび出場を果たした人です。

 面白かったのはその教師の赴任先が、これが偶然なのか意図的な人事だったのか、地域内ではバレーボール最弱の学校で、選手たちは学校のアスリートというよりは地域のダイエットクラブ参加者みたいなコロコロした子たちばかりです。

 結局3年後にはとんでもないチームに育て上げて県大会に行くのですが、その教師が赴任したばかりでまずやったのが、自分のチームを育てるとともに地域の生徒を育てるという仕事でした。

 具体的に言うと地域では今まで一度もやったことのない「合同講習会」を立ち上げ、域内の中学生チームを片端集め、自分の持っている技術を惜しみなく披露したのです。さらに講習会が4回、5回と進むと、全国に名の知れた高校の監督やら実業団のコーチやらを招いて新たな学習をさせます。
 高校や実業団の監督やコーチはしばしば選手を同行させ来ますから、子どもたちを教える人数としても十分です。

 お陰で私のチームもずいぶん強くなりましたが、全体が底上げされてしまったので順位としてはさほど変わりません。そして「合同講習会」を始めた先生の学校は圧倒的な力で上位の大会に進んでいきました。

 彼が「合同講習会」を始めたのは、言うまでもなく周囲の学校が強くなければ自分の学校も強くなれないとの信念からです。数年後の全国大会出場も視野に入れていますから、地域が強くなればなるほど、それを撃破して上位に進む自分のチームの力も増すわけです。

 

【選手を継続的に成長させるスポーツのネットワーク】

 そうしてつくりあげたチームの中から、彼は優秀なメンバーを県内の有力高校に送り込みます。優秀な選手の欲しい高校とバレーボールを続けたい生徒との利害は一致しますから問題ないでしょう。
 高校で活躍したあとはさらに、実業団あるいはバレーボールの有名大学という話になります。

 おそらくほとんどの競技にこうしたネットワークがあって、有能な顧問・監督・コーチたちが常に連絡し合っています。高校の監督や実業団のコーチがそんな田舎の中学生のために大切な時間を使ってくれるのは、要するにバレーボール・ネットワークを維持するためであり、同時にリクルートのためなのです。

 監督やコーチにとっては優秀な選手を子どものころから見ることができる、
 選手にとっては基礎を学ぶところから一流の人たちの指導を受けることができる、
 部活顧問の教師にとっては空いた時間を授業準備などに充てることができる、
 保護者たちにとっては子どもの活動に隙間ができないので安心して本来の仕事に勤しむことができる。
 市町村にとっては教員の働き方改革を進めるとともに「練習をもっとしたい」と思っている生徒や保護者の要望に応えたことにもなる――。


 ウィン・ウィンどころか五者ウィン・ウィン・ウィン・ウィン・ウィンみたいな素晴らしいアイデアです。

 新潟県燕市の「つばくろいきいきスポーツクラブ」――現状ではこれ以上ない仕組みです。

 ――と徹底的に誉めておいて、明日、腐します。

                         (この稿、続く)
 
 
 

 

「“今年の夏は学校の休みが長いらしい”という件について」~授業日数の話

 エアコン設置のためや あるいは工事計画が間に合わないために
 今年は夏休みを前倒しにした学校が少なくないという

 しかしエアコンが完備する来年以降は
 夏休みもぐんと減らされるだろう
 新指導要領の内容が消化できないからだ

 問題はそれだけですまない


というお話。

f:id:kite-cafe:20190716060836j:plain(「向日葵畑と学校」phtoAC

【夏休みは延びているのか?】

 先週金曜日のニュースに「各地で相次ぐ夏休み“前倒し” 親たちは…」(2019.07.12 日テレNEWS24)というのがありました。

 それによると、千葉県千葉市や愛知県瀬戸市の小中学校では夏休みを一週間程度前倒しして、7月の13日(土)から始まったとのこと。
 ネット上では、
「夏休み長すぎでしょ」「13日からだって、うらやましすぎる」「親にとっても長い夏休みになりそう」
といった声が上がり保護者からは、
「暑い教室の中での授業もなかなか無理があるのかな」
と理解が示される一方で、
「(夏休み)長いなと思いました。早いなと思いました。私は仕事をしているので、平日、毎日お弁当作らなきゃなって」
「(1週間早い分)子どもたちを実家に預けたりとかして、負担をかけなきゃいけないっていう心配はあるので」

といった戸惑いの声も少なくないようです。

 ただし記事をよく読むと、タイトルの「各地で相次ぐ夏休み“前倒し” 親たちは…」は言い過ぎで、「エアコン設置のための前倒し」という面が強いようです。

 文部科学省は、去年、愛知県でおきた熱中症の死亡事故をうけて、エアコン設置が間に合わない学校は“夏休みの前倒し”を検討するよう通知を出した。
 エアコン設置率が9.6パーセントにとどまっている千葉市千葉市立真砂第五小学校もエアコンは未設置で、今年度中に6学年全てのクラスに設置する予定だ。


 夏休みについてはむしろ“短縮”が全国的な流れで、千葉市瀬戸市の小中学校も晴れてエアコン設置の済んだ来年の夏は、1週間長かった今年に比べると2週間くらい短くなって不思議ありません。
 子どもたちはガッカリし、保護者の多くがホッと胸をなでおろす。そして先生たちは――。
 教師の働き方改革が言われる中で、授業日数の増加がどういう影響を与えるか、これは大体想像のつくところです。

 

【授業日数には大きな差がある】

 ところで、あまり知られていないことですが、公立の小中学校の授業日数というのは市町村教育委員会の指導のもとで学校ごとに決められるため、全国的にみると「175日以下~206日以上」と大きな開きがあるのです。

クリックすると元のサイズで表示します
平成27年度公立小・中学校における教育課程の編成・実施状況調査の結果についてより

 見える数字だけで最大(206日)と最小(175日)を取ってもなんと31日、約一か月の違い。学校の一週間は5日ですので計算上6週間もの差があることになります。

 しかもこの統計、「175以下」「206以上」が曲者で、底と天井が見えません。私の知る限りで言えば212日という学校がありましたから、最低を175日としてもその差は37日、7週間と2日も違います。

 さらに私立の小中学校を考えると、年間を通して土曜日の授業を行っているところは半日日課とはいえ、それだけでも40日増しとなります。差はどれだけ広がるか分かりません。

 

【授業日数の差はあまり問題にならない】

 したがって千葉市瀬戸市が夏休みを1週間前倒ししたとか、逆に夏休みを削減して授業日数を増やしている学校があるとか言っても、元の日数が分からないとそれが過剰な夏休みなのか、妥当な範囲なのか、あるいはまだまだ増やしていい段階なのかは分かりません。

「地域や学校によって授業日数には大きな開きがある」という事実があまり問題にならなかったのは、日数と学力との間に相関がなかったからでしょう。全国学力学習状況調査連続日本一の秋田県が215日以上とかいう話なら焦りますが、実際には常識的な200日前後です。

 しかしそれにも関わらず、新学習指導要領で増やされた内容を消化するために土曜授業や夏休みの短縮で何とかやり繰りしようという動きは止まりません。
 来年度以降、多くの学校でエアコンが導入されるのを機に、この傾向はさらに深まるでしょう。

 

【これからなくなるもの】

 ところで、私が教員になったころ言われたのは、
「先生はいいよ。給料は安くて責任も重いけど、なにしろ夏休みがあるからね」
ということでした。

 確かに、当時夏休みと言えばわずかな日直とプール当番、毎日3時間ほどの部活に出るだけであとは自分の好きなように過ごすことができました。私はため込んだ本ばかりを読んでいました。
 それがいつの間にか「税金で食っている教師が、夏の間中遊んでいるのはけしからん」ということになって、さまざまな研修や行事を無理やり詰め込み、夏休みも休めないようにしてしまったのです。

「給料が安くて責任が重い」だけが残った。

 しかしそれでも学校に子どもの来ない夏休みは、緊張もほぐれ、精神的に休まって、普段はできない研究に充てることもできたのです。その夏休み自体が今度は削られていきます。
 次になくなるのは何でしょう?
 
 私は知っています。すでにその兆候がありますから。

 次になくなるのは、教員志望の人たちです。

 

「コリジョンコースにまんまと嵌る」~交通事故を起こした話2  

 五分五分よりはよかったものの 
 車一台を失ったことには変わりない。
 事故はだれも幸せにしない
 しかしあんな畑のど真ん中 暗闇の中を
 ヘッドライトをつけた二台が
 どうしてぶつかることができたのか――

というお話。

f:id:kite-cafe:20190712065043j:plain(「早朝のサロベツ原野を駆ける」phtoAC

 停止線のない農道を時速50km/hほどで走っていたら、横から軽ワゴンが飛び出してきてぶつかってしまった。
 責任割合10対0くらいのつもりでいたら警察官に「五分五分」だと言われてショックを受けた、というところまでお話しました。
 相手方の道路には停止線があったのですが、警察官に言わせると、
「こんな停止線、誰が描いたのかもわからないしねぇ」

 

【事故の結末】

 結論から言いますと、保険会社同士の話し合いの結果、事故の責任割合は4対6で私の方が軽いということになりました。
 担当者の説明だと、相手方に「止まれ」の標識があった場合でさえ、割合は2対8だそうです。とにかくこちらが動いている限りはゼロではないと言われました。まあそんなものでしょう。しかし4対6は厳しい。

 私の有利だった点は、
1 相手方に停止線があってこちらになかったこと。
2 こちらの道路が相手方より1・5倍ほど幅が広かったこと(これが2倍以上だとさらに有利だった)。
3 日常的に優先道路として機能している道だったこと。
などです。
 逆に不利だったのは、
1 なんといっても動いていたこと。
2 相手の車に気づかなかったこと(気づいてさえいれば防ぎ得た)。
3 回避行動が間に合わなかったこと。
 そのあたりではないでしょうか。

 責任割合はこちらに有利でしたが、被害の大きさは逆でした。
 私の方は250万円ほどで購入した3年間目の普通車でしたが査定額は130万円。フロント部分がメチャクチャに壊れて全損ですので廃車となりました。
 相手の軽ワゴンは横腹をへこまされた上に転倒ですのであちこち細かく傷んでいました。しかし自動車としての機能は損傷していないので安上がりの30万円。修理可能です。

 しばらく後に相手の保険会社から80万円ほどが振り込まれましたが、とても新車の買える金額ではありません。気分的には泣き寝入りです。
 また、廃車となったのは妻の車でしたのでずいぶん恨まれてました。その慰謝料も欲しいくらいです。
 事故は誰も幸せにしません。

 

 【あとで怒りに震えたこと】

 すべて保険会社とカーディーラー任せて自分ですることはほとんどなかったのですが、さまざまな意思確認や問い合わせ、経過報告などがあって気分的にはいつまでも嫌な思いを引きずりました。さらにその間、たった一度だけですが、ほんとうに体が震えるほど苛立って、電話口で声を荒げるということもありました。それは相手方の青年が、私の車は無灯火だったと主張して引かない、という話のあった時です。
 そういえば事故直後も、「オタク、無灯火でしたよね」とか言っていました。あまりにも突飛な話なのでそのまま無視したのですが、尾を引いていたわけです。

 保険会社の担当者の話だと、
「あちらはTさん(私のこと)のすぐ後ろの車のライトは確認していると言っています。それで十分余裕があったので交差点に進入したらぶつかったと。だから――」
「冗談じゃアない!」
と私は声を荒げます。

 自宅から事故現場まで、すでに最低でも5分以上走っているのです。真冬の8時半過ぎの、街灯一本ない暗い農道をです。無灯火で走れるはずがない。
 のちに実験してみましたが、時速30km/h以下だったら車幅灯だけでもなんとか走れます。しかしそれ以上の速度だったら、あるいは30㎞/以下でも完全な無灯火だったら、たとえ直線であることが分かっていても、車道を踏み外しそうでとてもではありませんが走れるものではありません。
 仮にふざけてそんな冒険をしていたとしたら、逆に細心の注意で自分の位置を測っていますから近づいてくる車を見落としたりはしないのです。

 私のすぐ後ろにいたという車も(記憶にないのですが)、5m~10mの近さにいたわけではないでしょう。そんなに近かったら私が無灯火でも車はライトに照らされて見えていたはずですし、本当にそんな近くにいたのならむしろ彼も交差点に入ることはなかったでしょう。

 もちろん嘘をついているというのではありません。私の後ろにはライトをつけた車が実際にいたのでしょう。
 しかしそれはおそらく交差点から100m以上も離れたところで、だから彼はブレーキも踏まず交差点に入ったのです。

 遠くの車には気づいたのにすぐ近くまで来ていた私の車は完全に見落としていた――それ真相です。自信をもって言えます。
 なぜなら私自身も、すぐ近くまで来ていた彼の車に気がつかなかったからです。売り言葉に買い言葉で言っていいなら、こうなります。
「オマエこそ汚ねぇじゃねえか!! 交差点のど真ん中にどっかからワープしてきただろう!」
――そのくらい見えないのです。

 

 コリジョンコース現象】

 私がこの事故に傷ついて半年も寝かせたのは、自家用車一台を失ったからでも自信を失たからでもありません。
 だだっ広い田園地帯の交差点で二台が何の躊躇もなく直角にぶつかる事故を、警察官は「北海道型衝突事故」と言いましたが、私は「コリジョンコース現象」という名で知っていました。
 2010年にこのブログで記事にし、2017年に立て続けに事故を目撃してまた記事にし、同じ2017年にこんどは自分がやらかしそうになってまた記事にしてと、3回も書いて十二分に理解し、注意していたことなのです。
 「皆様ご注意ください」とそのつど書いたはずなのに、今度は自分が本格的にやってしまった――そのことに傷ついていたのです。
(参考)
kite-cafe.hatenablog.com
kite-cafe.hatenablog.com

kite-cafe.hatenablog.com 

【夜の畑道は安全という神話】

 これほど熟知して経験もあったのになず防げなかったのか。
 ひとつにはもちろん「コリジョンコース現象」の生み出す錯覚が強かったからですが、もうひとつ、私には別な思い込みがありました。それは「夜の田舎道はむしろ安全」というものです。

 街場とは違って信号機なんてめったにない田舎道、どちらが優先とも分からない交差点がいくらでもあります(というよりそんなのばっかり)。にもかかわらずトウモロコシなどは人の身長よりはるかに高いわけですから、かなり大きな車でもすっぽり隠れてしまい、日中は場所によってすべての交差点でいちいち減速しなければ走れない場合があります。

 それが夜だと、ライトに照らされてむしろ余裕で走れる――それが私の思い込みでした。夏はそうなのですが、冬はまったくダメなのです。
 ライトは何かに当たって周辺全体を明るくするから目立つのです。作物の全くない冬の畑で、光はまっすく正面に抜けて驚くほど見えません。

 また、事故に遭ってからようやく気づいたのですが、自家用車というのは横から見ると驚くほど暗い。特にワゴン車はヘッドランプもテールランプも横から見るととても薄く、意識しないとかなり見にくいのです。
 それが互いを「無灯火」「ワープ」と思い込んだ私たちの置かれていた状況でした。

 以後、少なくとも私は、夜の暗い畑の中を、キョロキョロしながら走っています。何か変ですが。

 
 
 

「事故の顛末」~交通事故を起こした話1  

 交通事故を起こした
 乗用車1台の全損事故
 エアバッグの火薬の匂いは芳しく
 口惜しさの味は苦い
というお話。

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【事故の顛末】

 事故を起こして自家用車一台を廃車にしてしまいました。
 昨日今日の話ではありません。もう半年以上も前のことで、気持ちの整理がつくのを待っていたのです。

 状況をざっとお話しすると、時期は真冬、時刻は午後8時40分ごろ、場所は田園地帯のど真ん中、事故の形態は「交差点での出会いがしらの衝突」です。私の普通車と進行方向右側から出てきた軽ワゴンがぶつかってしまったのです。かたちとしては交差点に後から入った私の車が相手の横腹に突っ込んだことになります。

 もう少し詳しく言うと、
 いつもの通り母の家で過ごすため8時半ごろ自宅を出発。、街灯ひとつない農道をしばらく走って、右折してさらに300mほどの直線を半分くらい走ったとき、いきなり右から黒い軽ワゴンが飛び出してきて私の正面に立ちはだかったのです。すぐにブレーキを踏みながらハンドルを右に切って軽ワゴンの背後に回り込もうと思ったのですが間に合わず、ぶつかってしまいました。
 直前のイメージではギリギリ交わせるはずでしたが、実際にぶつかったのは相手の真横ですから感覚なんてあてになりません。

 時速50km/hほど走っていたのですが直前にかなり減速できていたようで、エアバッグは開いたものの顔を打ち付けることもなく、眼鏡も外れたりしませんでした。車は車道上に残って横転することもなく、体はどこも痛みません。
 私はそれで済んだのですが、横からぶつけられた軽ワゴンの方はひとたまりもありません。どういう飛ばされ方をしたのかはわからないのですが、左横8mほどの田んぼの中に、上下反転して横たわっています。よく見ると運転席がこちらを向いていますから前後も反転したことになります。

 急いで降りて駆け寄ると、他に二人が走ってきてドライバーに声をかけます。後で知ったのですが軽ワゴンの後ろを友人の車が走っていて、そこから2人が降りてきたのです。
 運転席に声を掛けると意識はあるようで、三人で車を起こし、若い男性を引き出します。少しふらふらしているようにも見えました。
 
 

【私は怒っていた】

「救急車を呼んだ方がいいみたいですね」
 私はそう言って119番に電話し、何しろ広い田園のど真ん中でかえって場所を説明するのが難しいのをなんとか伝えて、続いて警察にも電話。2回目ですので今度は要領よく場所を説明し、救急車の来るまでに時間を互いに免許証を交換しあってスマホで写真を撮ったり、自賠責の保険屋さんに電話したりして過ごしました。
 
 私は落ち着いていました。
 よく、事故直後は足がガタガタ震えて・・といった話を聞きますが、私の場合はまったくそういうことはありませんでした。なぜか――。

 年齢が相手より二倍以上うえだったということもありますが、もっと大きかったのは私が怒っていたからです。もう当たった瞬間からカンカンで、心の中では、
「さあ、よしきた! 10対0だ。こんなところにいきなり出て来て、どういうつもりだ! 全額弁償させて新車に乗り換えだ!」
くらいのつもりで悪態をついていたのです。
 自分が絶対に正しいのですから別に怯える必要もありません。

 

 【悪いのはお前だ】

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 私が走っていたのは農道とはいえ幹線と幹線をつなぐ重要な短絡路で、朝晩は通勤の車でそこそこの交通量のある通りです。交差する道路にはいちいち停止線があり、そちらから見ると停止線の先にももう一本点線が引かれていて、二重に向こう(つまり私の通っていた道)が優先道路であることを示しています。

 交差点の真ん中にはスイスの国旗みたいな表示があって、交差点であることを見過ごすはずはありません。それを一旦停止もせずに入って、私の前に立ちはだかったわけですから、向こうが悪いに決まっています。
 私の落ち着いた気持ちの裏には、そうした優位性がありました。

 やがて救急車が来て相手の男性は乗せられてれていきます。万が一ということはありますが、重大なケガはないみたいでした。あとには友だちが残ってくれて、やがて来た警察官との対応も彼らがしてくれました。
 私は保険屋さんに言われた通りに動き、警察にきちんと話をし、レッカー車の来るのを待ちます。用が済むと“お友だち”は帰ってしまいましたが、時間にも気持ちにも余裕があったので、私は警察官と雑談めいた話をしながら実況見分の様子を見ます。

 すると作業をしながら警察官が、ぼそっと呟きます。
「まあ、これは五分五分といったところでしょうね」
 私はびっくりして聞き返します。
「え? だって向こうには停止線があるじゃないですか」
 すると警察官はこちらも見ずに、
「こんな停止線、誰が描いたのかもわからないしねぇ」
「え? マジ、・・・ですか?」

                  (この稿、続く)

「日本はiPhoneでアップルと同じだけ儲けている」~素材・機械安全保障の時代

 今回の対韓国輸出制限から 見えてきたことがある
 石油を断たれると工業が成り立たないように
 素材や製造機械を押さえられるとやはり工業は成り立たないのだ
 素材・機械安保の時代が始まった

というお話。

f:id:kite-cafe:20190710065703j:plain(「電子基板 回路」phtoAC

 

【日本はiPhoneでアップルと同じだけ儲けている】

 韓国に対する輸出制限のことであれこれ読むうちに、意外なことに気づいたり、思わぬ勉強をさせられたりといったことがたくさんありました。

 例えば7月8日付の韓国中央日報日本語版に「薄型ディスプレー・金属機械…素材16品目は半導体より日本産比率高い(1)」という記事があって、その冒頭の一文。

米国のアップルが中国で組み立てて世界で販売するスマートフォン「iPhone」。グローバル市場調査会社IHSマーケットによると、製造コストが237ドル(27万8000ウォン、約2万5640円)のiPhone7が1台売れれば米国企業は68ドル稼ぐ。
この過程で米国と同じく68ドルの付加価値を得る国がある。それは日本だ。ディスプレーなどiPhone7に入る主要部品を日本企業が生産している。またメモリーチップなど韓国・台湾で作る部品を製造するのに必要な機械や素材も日本産である場合が多い。書類上の原産地国(中国)がスマートフォン1台を売って確保する付加価値(8ドル)より日本が8.5倍も多く稼ぐ背景だ。

 米中貿易戦争に関する報道の中で、「中国で生産される製品が売れなくなると、その部品供給元である日本の経済にも甚大な影響がある」といった話は聞いていましたが、日本の素材・製造機械産業が、まさかここまでとは思ってもみないことでした。

 iPhoneでアップル社は大儲けをしているらしい、機械本体は中国でつくっていてここもけっこう儲けている――そこまでが一般人の知識の及ぶところです。まさか日本がiPhoneで中国の8・5倍、アップル社と同等の金額を儲けているとは誰も思いません。
 
 

【素材や製造機械を握ったら勝ち】

 考えてみれば部品や素材、製造機械には顔がありませんから一般人の目に留まりにくいのです。顔がないからアップルとファーウェイとサムスンといったライバル企業にも売り込むことができますし、顔がないから妙に目立って叩かれる可能性も低いと、いいこと尽くめです。

 韓国についてはタイトルにある通り、「薄型ディスプレー・金属機械…素材16品目は半導体より日本産比率高い」で、薄型ディスプレー製造機械の74.2%は日本産。金属工作機械の方は全体としての日本依存度が38・4%ですが、コンピューター数値制御装置(CNC)に限って言えば90%以上が日本産。まさに韓国製造業の首根っこを掴んでいるようなものです。

 しかも韓国は日本の輸出相手国として第一位でありません。半導体等電子部品について言えば中国・台湾・香港に続く第4位で、全体の6・2%程度にすぎないのです(JFTCきっず・サイト)。つまり中国も台湾も香港も一部日本の支配下にあるわけです。

 今回の対韓国輸出制限を見て、これらの国や地域もいろいろ考えさせられることでしょう。日本と仲良くしなくてはいけないと考えるところもあれば、現地生産に励む国や地域も出てくるという両方の意味でです。
 
 

【なぜ日本の素材・機械産業は強かったのか】

 ところでなぜ、日本はこうした素材・機械部門において強い力を持っているのでしょう?
 これについても中央日報が仮説を立てています。japanese.joins.com それによると、日本の強さは、1 ノーベル化学賞受賞者8人を誇るように基礎科学に強く、多くの鉱山を持っている。
2 韓国よりも長い半導体製造史を持っている。
3 素材企業の多くが大企業であり、研究開発費だけで数十億~数百億円を投入できる。
などによるとされています。

 1990年代初頭から2000年代後半にかけて、世界の半導体市場を主導した上位10社のうちの半分がNEC・東芝・日立など日本企業でした。その後サムスン等が台頭し日本の半導体生産は衰退しましたが、生産技術や生産設備の優越性は失わなかったのです。

 

 

【素材安全保障の時代】

 かつて「半導体は産業の米だ」と言われたことがあります。“半導体のシェアを奪われたら生きてはいけない”と危機感を煽るのにつかわれたスローガンです。
 実際にその通りになった後は誰も口にしませんでしたが、今回の事件は素材と機械こそ「産業の米」ならぬ生命線だということを世界に知らしめることになりました。
 日本が世界第12位の工業国の、首を締め切る力を実際に持っていたと分かったからです。

 これからは資源安保と同じレベルで「素材・機械安全保障」も考えなくてはなりません。日本にとっては当面いまの優位性を失わないこと、そのための研究開発費を惜しまないこと、そして最近はすっかり軽く扱われるようになった基礎科学に再び力を注ぐこと、そのあたりが重要になるのではないでしょうか。
 
 


 

「弱者に寄り添いすぎると弱者を守れない」~韓国は大丈夫か3 

 あまりにも無垢で純粋な正義は 政治を踏みつぶす
 手のつけられなくなった日韓関係
 トンチンカンな外交と内政
 それなのに支持率の上がる 韓国はほんとうに大丈夫なのだろうか

というお話。

f:id:kite-cafe:20190709082553j:plain(「ソウルの夜景」phtoAC

 

【驚くべきべき反応の鈍さ】

 日本政府の輸出規制強化について、昨日(8日)になってようやく文大統領は、
「日本側の措置撤回と両国間の誠意ある協議を求める」
と述べたようです。

 韓国の革新系(文政権寄り)の新聞「ハンギョレ」は政府の動きをそのまま映す鏡のような紙面ですが、日本の輸出規制に関する産経新聞のスクープが出た翌日の一面トップは「文大統領『朝米の敵対関係は事実上終息』」で、社説は「朝鮮半島平和の道標立てた板門店の南北米首脳」と大きく謳っていました。他の目ぼしい記事は「世界を荒らした“サムスンの反労働”、法の審判台に」等、大企業を叩くもので、日本の輸出規制についてはまったく触れていません。

 そんな記事が1日~4日まで続き、輸出規制が実施された翌日(5日)になってようやく「ホン副首相『日本の輸出規制に対する相応措置を検討』」と輸出規制関係の記事が出ます。
 さらに夜になって、「“日本の輸出規制”に民官対応チームが発足…大統領府『特使派遣は時期尚早』」が追加されますが、その中に次のような表現がありました。

 大統領府の主要な関係者は5日、「日本の輸出規制に関しては昨日、経済副首相と国家安全保障会議レベルの対応があった。業界の困難な点と、それに相応する対応策をどのように作るべきか、具体的に議論している」として「今は特使の派遣を論じたりする段階ではないと考える」と一線を引いた。また「日本政府の輸出規制に対する文大統領の指示は(まだ)ない」と付け加えた。
 文大統領が直接出てこないことに関して、大統領府の高位関係者は「今、文大統領があえて出る理由がない。首脳として品格を守らなければならない」と説明した。


 しばらく前、日本の安倍総理トランプ大統領ノーベル賞推薦状を書いたことを本人にばらされしまい、マスコミからは「世界に恥をさらした」などと叩かれましたが、見えないところなら国益のために大統領の靴を舐めたってかまわないと私は思います(なんでも喋ってしまうトランプ相手で危険極まりないのは事実ですが)。

 首脳としての品位のために国益が損なわれるようではたまったものではありません。それに、今、文大統領があえて出る理由がないは、南北和平をトップダウンで決めたがる韓国政府の言い分とも思えません。

 今こそ出るべき時なのにそれでも出て来ないというのは、文在寅大統領も韓国政府も何を考えているのでしょう。

 

【弱者に寄り添いすぎると弱者を守れない。正義だけだと空手形になる】

 私は基本的に、ここまで日韓関係を荒らしてしまった文在寅政権が、いまさらやれることを思いつかなかったからではないかと思っています。昨日お話した、「生徒との人間関係やクラスの雰囲気を育てて来なかった私には、いざという時にできることがない」のと同じです。

 文大統領は元慰安婦や徴用工と呼ばれる人たちの社会的弱者の無念に寄り添いたかっただけなのです。
 おばあさんたちの意見を十分にきかなかった慰安婦合意は間違っている、日本側が十分な補償とお詫びをしてこなかった徴用工問題は被害者側に立って解決されなければならない、その一心で後先考えずに支援してきた、それだけのことで、正義が穏やかに実現されないことにむしろ戸惑っているのかもしれません。

 (自分の)正義をきちんと訴えさえすれば必ず実現するという無垢、純粋さは一貫したもので、「腹案がある」とどこかで聞いたようなセリフを残して出かけた中国との「THAAD(サード)配備問題交渉」では唯々諾々と「三不一限」()を飲まされ、PM2・5問題では一喝されただけで引き下がっています。
*「米国のミサイル防衛体制に加わらない」「韓米日安保協力を三カ国軍事同盟に発展させない」「THAAD(サード)の追加配備を検討しない」「現有のTHAADの使用に関しては、中国の戦略的安全性の利益を損なわないよう制限を設ける」

 アメリカに対しては基地負担の増額をほとんど黙って受け入れ、ハノイ会談や板門店会談では振り回されっぱなしになっても不満を言わない。大切な行事をキャンセルしてまで出かけたトランプ大統領との会談は、わずか2分間で終了となり、何の成果も得られずに帰国しています。

 フランスのマクロン大統領やドイツのメルケル首相とは、実質的に北朝鮮への制裁解除一点で交渉してあえなく敗れ、ロシアのプーチン大統領とは北朝鮮問題を話し合っただけで、特段何かの成果があったように聞こえてきません。

 
 

【度し難い情報不足】

 外交交渉のいちいちがトンチンカンで、今回も朝鮮日報によれば、
 日本メディアが半導体素材の輸出規制計画について相次いで報じると、韓国産業通商資源部(省に相当)はサムスン、SK、LGなどの役員を呼んで会議を行い「企業は日本に支社を持っているし、多くの情報も確保しているはずだ。事前に動向を把握できなかったのか」などと問い詰めたという。 (2019/07/04朝鮮日報社説)
ということですが、これが事実だとすると韓国政府には、マスコミレベル・企業レベルの情報すら入って来ないようになっているのかもしれません。

 確かにジャパンスクールと呼ばれる韓国外交部の対日外交の専門家は、慰安婦合意に関わった罪を問われて主要ポストから全員追放されてしまい、同じ轍を踏みたくない他の外交官たちは片っぱし駐日韓国大使館への赴任を忌避していますから、大使館の情報収集機能が極端に落ちているのは事実です。貿易問題に当たるべき経済公使も4カ月間も空席のままです。

 また、日本に詳しい人材は「親日派」「土着倭寇」と呼ばれてその言葉に耳を傾けようとする政府関係者もいませんから、政府の情報収集能力は「市井の新聞読み」以下なのかもしれません。

 
 

【韓国は大丈夫か】

 国内的には経済問題でガタガタです。

 労働者の最低賃金を引き上げたら低賃金労働者が働けなるになる、という社会構造が理解できなかったのかもしれません。

 外交では日本を蹴りアメリカとの間に距離を置き、中朝には疎んじられていますからできることがほとんどなくなっています。

 内憂外患・四面楚歌。それなのに支持率は今月52.・4%と、この7カ月間で最高の数値をたたき出しました(2019.07.04韓国中央日報)
 「韓国は大丈夫か?」と本気で心配になるのはそのためです。

                        (この稿、終了)