カイト・カフェ

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「NHK大河ドラマ『光る君へ』が面白くないわけがない」~今さら大河、今から大河①

 NHKの大河ドラマ「光る君へ」。
 今ひとつ盛り上がらないのはなぜだ?
 こんなに面白い歴史ドラマは、
 めったにないと思うのだが――
 という話。(写真:フォトAC)

【今さら大河、今から大河】

 NHK大河ドラマ「光る君へ」の視聴率が低調で、「やはり合戦シーンがないとダメだ」とか「登場人物や歴史そのものに馴染が薄すぎる」とか、「新たに覚えようと思っても人物は藤原だらけ」とか「1月8日の第一回放送と能登半島地震のために元日から延期になってきた『芸能人格付けチェック』がバッティングして損したな」とかさまざまに言われますが、視聴率は常に10%を越えて他の民放ドラマの追従を許さないし、そもそも受信料を取って制作しているNHKドラマには特別の役割があって、文化をきちんと伝承していくためには視聴率なんて気にしなくてもいいのです。民放テレビでも劇場映画でも時代劇はさっぱり流行らなくなりました。そうである以上KHKがEテレ並みの使命感を持って、将来に向けて技術を営々と伝えていく必要があります。それがどんなにつまらないと言われても。
――と言いながら「光る君へ」、私は過去のどんな大河ドラマと比べても遜色ないほど面白いと思っているのです。

【「光る君へ」のここが面白い】

 まず、むしろ馴染が薄い時代だから面白い。
 前作の「どうする家康」はよく知った時代だから面白くなく、半年余りでさじを投げてしまいました。私の知っている築山殿(家康の正妻)はあんな人ではありませんし、信長と家康の間にBL(ボーイズ・ラブ)関係があった可能性は、ゼロではありませんがあっても当事者同士の人間関係や歴史の及ぼす影響は大したものではなかったはずです。秀吉は、少なくとも天下を取るまではムチャクチャ愛嬌のある《人たらし》で、ムロツヨシの演じたような近づくのも嫌な胡散臭い男ではなかったはずですし、酒向芳の明智光秀は同じ大河ドラマ麒麟がくる」を見たあとでは薄っぺらに過ぎます――と、いちいち引っかかります。その点、「光る君へ」は知らない世界だから平和です。
 
 紫式部藤原道長では身分が違い過ぎて恋愛関係など発生しようがない、少なくとも独身時代に出会う可能性がない、式部が宮中に呼ばれたころすでに清少納言は宮中を去っているからこれも出会う可能性はほとんどない、二人の才女が互いを尊敬したり才能を競ったりすることもないと、専門家は言いますが、可能性はゼロではありません。どうせ資料などほとんどないのです。紫式部清少納言については生年も没年も、それどころか本名ですら分かっていません。だったら彼女たちの可能性はいくらでも考えられます。
 
 若いころの紫式部藤原道長に恋愛関係があり、式部と少納言が友だちだという設定は、「どうする家康」における築山殿の関東諸侯自由連合構想や信長家康BL同盟よりも可能性の低い話ではなく、恋愛ドラマの名手・大石静の書く物語を私たちは十分に楽しめばいいのです。
 「光る君へ」はガチガチの歴史に縛られないから面白く、自由に考えられるその世界で、現代の恋愛劇を観るように楽しめばいいのです。

【登場人物をどう覚えるか】

 本当かどうかがわかりませんが、昔、東大に合格していくような受験生の歴史学習はこうだ、というような話を聞いたことがあります。それによると東大を受験するような高校生たちはとにかく文章を読むのが速い、その凄まじい速読術で戦国時代なら戦国時代に関する新書、数冊をあっという間に読んでしまう。そうすると頭の中には歴史的事項が重要度順に並び、しかも関係性まで定着してしまう、というのです。

 難しい話ではありません。戦国時代に関する本を1冊読めば、信長も秀吉も家康も、繰り返し出てくるでしょう。その出てくる回数がほぼ重要度順です。繰り返し繰り返し出てきますから自然と覚えられます。しかも単語帳を見るのと違い、出てくるたびに他の歴史事項や人間関係を引きずってきますから、なぜ彼が重要なのか、何をどんなふうにしたのかも同時に入ってきます。もちろん一冊だけでは偏りが出ますから数冊以上読むことが大切ですが、それでも単語帳を眺めて暗記するよりははるかに楽でしょう(ただしあくまでも速読が前提ですが)。

「光る君へ」の登場人物が藤原ばかりでさっぱり覚えきらないという人たちも我慢して4~5回分をただ見ていればいいのです。重要な人物は繰り返し出てきますし、出てくるときは誰かと何かをやって見せます。そのことを繰り返して行けば、やがてすべての人々が分かってきます。
 考えてみれば現代劇だって登場人物をフルネームで呼ぶことは稀です。姓か名かどちらか片方しか呼ばれていないのに覚えられるのですから「出てくる人がほとんど藤原」でもなんとかなるのです。

【とはいえ、少し手がかりをサービス】

 普通のドラマだと登場人物から無名俳優を除けば、残りが物語を最後まで引っ張っていく人たちだとだいたい想像がつくのですが、大河ドラマは有名俳優ばかりなのであてが外れます。そんなことから覚えるのに普通以上の時間がかかりそうなので、「とりあえずこの人だけ注目して行きましょう」という人を、俳優さんの名前付きで紹介しておきます(詳しくはこちらへ→*1)。


《中心人物》
まひろ(=紫式部吉高由里子)、藤原道長柄本佑)、ききょう(清少納言:ファーストサマー・ウイカ

天皇家
一条天皇(塩野瑛久)、中宮定子(高畑充希)、中宮彰子(見上愛)、藤原詮子(あきこ:道長の姉で一条天皇の母:吉田羊)

道長を支える人々》
藤原公任(きんとう:町田啓太)、藤原行成(こうせい:書家:渡辺大知)、藤原斉信(ただのぶ:金田哲〈はんにゃ〉)、源俊賢(としかた:本田大輔)、藤原実資(さねすけ:秋山竜次〈ロバート〉)

《その他》
 昨日の回では中宮定子の兄弟である藤原伊周(これちか:三浦翔平)、藤原隆家竜星涼)も重要人物でしたが、遠からず消えていく人ですから気にしなくてもいいと思います。
(この稿、続く)

「みんなが人の心を読み誤っている」~人生の答え合わせ⑥

 人生の答え合わせをしていて痛烈に思うことは、
 心を素直にして、
 もっともっと話し合わなければならなかったということだ。
 みんながみんな、人の心を読み誤っている
という話。(写真:フォトAC)

【クラスを見る大人の視点】

 昨日は、
「子どもたちはクラス内のできごとについて驚くほどたくさんの情報を持っていて多くは共有されているが、それが大人社会に漏れてくることはほとんどない。また、子どもの《驚くほど広い情報網》に引っかかってこない話――誰かが慎重に隠した情報ーーは、それを大人が知る手がかりはほとんどない」
というお話をしました。子どもには子どもの世界があるのです。
 ところが今回、かつての教え子たちが訪問してくれて話す中で、担任教師しか知らない、大人の目にでしか見えないクラスの実相、というのも存在することを強く思いました。
 考えてみれば当たり前の話で、学業成績を始めとして、教師しか掴んでいない情報はいくらでもあります。

【子どもには見えていないクラスの実相】

 いちばん驚いたのは三十数年前を語る教え子のひとりが、
「あの頃の私たちの周りには、不登校もなかったしね」
と言ったときです。それはない。
 私が初めて担任教師として不登校の子に出会ったのは、まさにそのクラスだったからです。正確に言えば2年間担任してきた生徒のひとりが、3年生になって突然、学校に来られなくなったのです。しかもその顛末は本人が卒業文集に書き残してあって、その文集は今、4人で話をする私の家のテーブルの上に、わざわざ置いてあるのです。

「M君が学校に来にくくなっていたことは覚えているよね」
 恐る恐る聞くと、
「エーッ、そうなの?」
という話になります。
 朝なかなか起きることのできなくなったM君を、小柄なお母さんが何とか車に押し込んで校門まで運び、大きな荷物を担ぐように息子を肩に乗せ、昇降口まで運ぶ。それを私が引き継ぐ――そうした日々が何日も続いていたのです。不思議なことに一度昇降口を通過すると身体は自然と動くようで、そのまま何となく一日は過ごせます。ところが翌朝は再び身体が鉛のように重くなって起きられず、母親に担がれてようやく登校することになる――。
 卒業文集に書かれていることと同じですが、そんな話をしている間も、女の子のひとりはM君の文章を読み続けています。そして終わると、
「申し訳ないけど、私、Mくんの文、読んでなかったわ」
と呟きます。そこには3年生になってからまったく体がいうことをきかず、活動も成績もじりじりと下がって回復できなくなっていく自分に対する激しい苛立ちなどが書かれています。

【すれ違う視線】

 M君のページの最初の方には、学校に来られなくなったこととは違う1年前の印象的なできごとが書かれています。2年生のころ、給食の時間に隣りの子から「ミニトマトを食べてくれ」と言われて「好きだからいいよ」ともらったら、別の子からも、席の離れたさらに別の子からも次々とミニトマトが寄せられ、「やめてくれ!」と叫んでも聞いてもらえず、ついには二十数個にもなってそれを一人で全部食べた、それ以来トマトがすっかり嫌いになった――とM君はクラス全体から受けたいじめについて書き残すことを躊躇わなかったのです。

 その事件自体、私は作文になるまで知らなかったのですが、三十数年経って改めて文集を読む女の子にとっても意外だったようです。
「でもさ、私、このミニトマト事件はよく覚えているんだけど、こんな感じじゃなくて、本人も一緒になってみんなで盛り上がっていただけだと思うんだけど・・・なんか、M君がみんなの中心にいたって感じで・・・」
 私はその言葉を信じます。昔から“素直”が服を着て歩いているような子で、ひとをいじめたりからかったりできるような子ではありません。Mくんの「やめてくれ!」も実際にはどういう言い方をしたのか分からないのですが、仲間内のひとつながりの「おふざけ」のように聞いたのでしょう。
 
 さらに言えば「いじめ」は当時にあってもそんなに大っぴらにできることではありませんし、M君をクラスの中心にクラスが動くというのはとても考えにくいことですから、その意味でも楽しい思い出になってもよさそうなできことだと、彼女は感じたのかもしれません。
 しかしそれでもM君にとっては嫌な思い出だった――。

【みんなが人の心を読み誤っている】

 M君は自己肯定感の極度に低い難しい生徒でした。勉強ができて美術や音楽にもかなりの手ごたえを感じていたはずですが、彼の人生観・社会観でもっとも大きな価値をもっていたのは学業でも芸術でもなく《運動》でした。彼にとってはこれ以上ないほど縁遠い能力です。ご両親がともに国体(今年から国スポ)選手で弟も万能といったスポーツ一家にあって、彼ひとりだけがダメなのです。
 私が聞いたM君の一番印象的な言葉は、
「学校は勉強ができたって絵がうまくたってダメなんだ。体育や部活で活躍できなければ、だれも誉めてくれない」
 うっかり頷いてしまいそうな話ですが間違っています。歪んだ認知で、しかも相当に頑固です。私は2年も一緒にいながら、彼の心の歪みに気づきませんでした。「いい子はどうでもいい子」だったからです。

 ミニトマト事件のことも、クラスの子どもたちは誰もM君のことをそんな神経質な子だと思っていませんから安心してイジッていたわけで、だったらM君もそれに乗って遊んでいればよかっただけなのです。意地悪な同級生もいて、M君が不登校気味になって教師たちの目が向かい始めると、素早く察知してそこからM君に何くれと意地の悪い言動を投げかけるようになったりもしました。この子も頑固で、どう指導しても隙をつくように意地の悪い言動を投げつけることを辞めませんでしたが、彼女にもそうせずに入られない状況があったのです。M君も意地の悪いたった一人を見るのではなく、友だちとして支えにもなってくれるクラスの大多数の方を見ていればよかったのです――。

【可能性があるのは私一人】

 もっとも、生徒一人ひとりの問題を誰よりも知っていて何らかの対処ができたのは、クラスの中では学級担任である私が一段高いところにいたはずです。だからもっともっと時間をかけ、丁寧に見てやる必要がありました。しかしそう言いながらも、あれ以上どこにそんな時間を生み出すことができたのか――。それが一番の心残りです。
(この稿、終了)

「子どもたちの社会は大人には閉じられているが実は広い」~人生の答え合わせ⑤

 子どもたちは弱い。
 だから大人たちは守ってやらなければならない。
 外敵から、そして自身の弱さからも。
 しかし弱さゆえの子ども社会の強さもある
 という話。
(写真:フォトAC)

【「弱き者よ、汝の名は女」】

 シェークスピアの「ハムレット」に出てくる有名なセリフです。ただし主人公が女性に優しかったという話ではなく、ハムレットの実の父親である先王が死んで2か月と経たないうちに、母親がその弟である新王と結婚したことを激しくなじっての言葉なのです。
『誘惑に対して何と「弱き者よ、汝の名は女」だ』
ということです。
 中学校の生徒指導の最前線にいるとき、私はこの言葉を何度も思い出しました。もちろん私の場合、弱き者の名は「女」ではなく「子ども」でしたがーー。

 子どもはどんな場合も弱者として扱われます。親に対しての「子ども」、学校の教師に対しての「子ども」、いずれの場合も大人が「強者」、子どもは「弱者」という図式でものは考えられます。そうした枠組み自体に文句を言いたい部分もあるのですが、それは別の機会に回して、今は「子どもたちは誘惑に対してあまりにも『弱き者』だ」というお話しします。
 そのために何度ほぞを噛んだことか――そう考えるとハムレットの嘆きもよく分かるのです。

 髪を染めたい、化粧をしたい、ピアスの穴を開けてみたい、タバコを吸ってみたい、短ラン・ボンタンで街を伸して歩きたい、女の子の部屋に泊まってみたい、ゲームセンターで遊んでみたい、そのための資金を簡単に手に入れたい――。もちろんそうした誘惑にびくともしない、というよりは最初から誘惑にならない子の方が圧倒的に多いのですが、社会にはびこる誘惑に気持ちの動く子は本当に弱いのです。
 そういう子たちは家庭においても常に誘惑にかられるので、なかなか学習が進みません。進まないから遅れる、遅れるとさらに誘惑にかられやすくなるという悪循環です。

【人情、紙のごとし。良い子はどうでもよい子】

 もちろんそういう子たちを強い子に育てるのも教師の仕事ですし、生徒指導はまさに誘惑に打ち勝つトレーニングの場ですから文句をいう筋合いはないのですが、私が本当に情けなく思い、エネルギーが吸い取られるように感じたのは、誘惑に弱い子どもたちは、生徒指導で教師と対決しなくてはならない場面でもまったく弱く、簡単に白旗を上げ、自分を守るために平気でベラベラとしゃべって、平気で仲間を売ったりもするのです。
「人情、紙のごとし」それが一番やりきれないところでした。仲間さえ守れない子になっているーー。
 
 しかしもちろん骨のある子はいるもので、そうした子たちは頑として口を割らないのでいつの間にか一番の“ワル”に祭り上げられていたりします。指導する側からすると簡単にしゃべってくれないのでほんとうに面倒くさい子たちですが、私は彼らが好きでした。他の子に比べたらつき合う時間もとんでもなく長かったりします。
 
 こうした話は三十数年前の朝の会でも話したらしく、先日私の家を訪ねてくれた三人のうちの一人も覚えていてくれました。
「ワルい子たちはなあ、『先生はいい子や勉強のできる子ばかり大切にする』とか平気で言うけど、冗談じゃあない。教師がかける時間だけを考えたって、ワルい子はいい子の何十倍も使ってもらっているんだから」
と、そんな話をしたようです。

 教師がしばしば口にする「いい子は、どうでもいい子」は、とても難しい表現ですが、要するに「ほんとうはもっと手をかけてやるべき『いい子』たちが捨て置かれている(捨て置かざるをえなくなっている)状況」を悲しみ、自嘲する言葉なのです。情けなくも切ない話ですが、「ワルい子」に手を取られてどうしようもないのです。

 私が担任した中でもっとも手がかかり時間もかかった一番の“ワル”、別な言い方をすれば私の出会った生徒の中で一番の“男前”は、先日訊ねて来てくれた子たちを卒業させた翌年に担任した子でした。その“男前”の一番の特徴は、男ではなく女の子だったことです。とにかく普通の男の子に比べると、腹は座っていました。

【子どもたちの社会は大人に閉じられているが広い】

 話を「腹の座っている子」から「座っていない子」の方に戻しますが、ペラペラしゃべって仲間を平気で売り渡す子たちの話を聞いていてひとつ驚くのは、彼らのネットワークの意外な広さです。スマホもインターネットもなく、固定電話も一家に一台で家族に内緒で情報のやり取りをするのが難しい時代に、自分の周辺ばかりでなく友だちの間で起こっていることについても、互いに実に詳しいのです。
 しかもそれは“仲間”の枠を越えて、例えば「◯◯が△△デパートで万引きをしてきた」といった話が、ワル仲間だけでなく最も縁遠い「よい子」グループにまで届いているのです。しかも“よい子”たちも、普通は大人社会に情報を伝えようとはしません。よほどのことでない限り彼らは黙っています。

 1994年(平成16年)、愛知県の西尾市でひとりの中学生がいじめを苦に自殺しました。いわゆる「愛知県西尾市中学生いじめ自殺事件」です。このとき学校は自殺した生徒の異常を察知していたにもかかわらず「いじめ」を見逃してしまい、社会的にずいぶん叩かれ、校長らは処分を受けました。そのころの学校バッシングはすさまじく、私も当時、いじめ問題を議論する集会のひとつに出ましたが、とてもではありませんが自分が教師であることを明かせる雰囲気ではありませんでした。

 この事件でいじめを行った中心人物は4人、その周辺にいた7人と合わせて11人が事実を知っていました。しかし驚いたことに、その他の子どもたちの大部分は被害者と加害者を同じグループの仲間だと認識しており、内部で起こっていることについては、誰も知らなかったのです。
 子どもたちの社会で起こる出来事なのに子どもたち自身が知らない。そうした状況で教師がいじめの事実を掴むのは、まず不可能なことだと私は思っていました。
(この稿、続く)

「ほんとうに大切な言葉は血肉となって、意識のレベルには浮かんでこない」~人生の答え合わせ④

 学生時代の仲間と飲み、翌日は会社員時代の先輩・同僚と昼食。
 一日おいて翌々日には昔の教え子が訪ねて来た。
 わずか4日間で、
 人生の20年分ほどを振り返ることになった、
 という話。
 (写真:フォトAC)

【元教え子たちが訪ねてくる】

 既に一週間以上前の話になりますが、大型連休の開けた7日、週日だというのに三十数年前の教え子が3人、私の家を訪ねてくれました。4日に大学時代のゼミの同窓会をやって5日に会社員時代の先輩と同僚に会い、一日置いて7日に中学校教諭時代の教え子と会ったわけです。わずか4日で20年分くらいを振り返ることになりました。

 訊ねて来た3人のうち女性ふたりが東京在住で、車を運転してきた男性ひとりは三十数年前の私の赴任地で今も暮らしています。それについては一昨日もお話ししました。今回の来訪は東京在住の女の子のひとりが帰省したのを機に、地元の男の子と二人で私のところに来る計画を、直前になってもうひとりの女の子が聞きつけ、家族を東京に残したまま急遽里帰りしたところから実現したものです(女の子、男の子と言っていますが、3人ともすでに40歳代半ばです)。
 
 夕方以降また予定があるみたいなので、午前中から私の住む街のレストランでお茶と食事をし――という話でしたが、同じ店に長々と居座るのは気が引けますし次々と場所を変えるのにも外食の経験がなさすぎてお店を知らず・・・ということで、まずは私の自宅でコーヒーでも飲みながら話をして、そのあと近くのレストランで昼食を摂ってそそのまま別れるという計画にしました。結果的にはレストランからまた家に戻り、都合5時間以上も一緒に過ごすことになったのですが。

【ほんとうに大切な言葉は血肉となって意識のレベルには浮かんでこない】

 元教え子と話すとき自然と気になるのは言うまでもなく近況。私が中学校で教えた子どもたちはほとんどが超氷河期と呼ばれた時代の就職組ですので、40歳代半ばとなった今の状況は特に気になるのです。男性の多くが未婚のままその歳まで来てしまっています。
 次に気になるのが、その子の中に残っている《私》です。理想を言えば私の語ったことが血肉となって言葉の端々から感じ取れる、しかし《私》から聞いたことを本人も覚えていない。例えば、
「いやあ、誰から教えてもらったのか覚えていないけど、オレ、こういう言葉を大事にしてるんだよな」
とか言って私の語ったことが出てくればそれが一番いいのですが、困ったことに、どうでもいい話に限って《私》の名前つきで記憶されていることが少なくありません。

 今回の男の子の話でいえば、
「東京へ行って喫茶店でレモンスカッシュを『レスカ』と縮めて注文するカッコウいい人を見て、思わずクリームソーダを縮めて『クソ』と注文したらカレーライスが出て来た」
などといったバカ話。学生時代の私の周辺で流行っていたものですが、覚えていなくていいことなのに覚えていました。

 カレーと言えば女の子のひとりは私が教室で泣きながらカレーを食べていたという話を繰り返しして、
「私、家でもカレーを食べるたびに先生のことを思い出すわ」
などと言っています。
 家庭科で調理実習のある日なのに給食を止め忘れ、1食分まるまる出て来た給食を生徒に頭を下げて半分は食べてもらったものの、さすがに食べきれず、しかたないので私が残り全部を食べようとした。けれど40人分の半分はひとりで食べきれず、最後は泣きながら食べ続けたというのです。
 まったく覚えてないのですが、給食の止め忘れも「意地で、ひとりで、給食完食」も、いかにも私のやりそうなことです(たぶん、泣きはしないと思うのですが)。

 私は教員生活を通してずっと、朝は子どもたちに「いい話」「ためになる話」「面白い話」をしようと努めてきましたから、この子たちに語った話は3年間で少なくとも660話はあるはずです。きちんとしたことも、考えさせられることも、びっくりすることも、感心することも、さまざまにあったはずです(そうなるよういつも考えていたのですから)。しかし案外、記憶として話してくれない――。
 くだらないことしか思い出してくれない元教え子たちですが、ほんとうに大事なことは血肉となって体に染みつき、もう私から聞いたことだと覚えていないのでしょう。
 そういうことにしておきます。そうでなければ訊ねて来てくれるはずもないと――。
(この稿、続く)
 

「それでも教師の金銭感覚は狂っている」~人生の答え合わせ3・5の②

 常識を知らない教師がいるからと言って、
 教師全体が非常識なわけではない。
 しかし金銭感覚に狂いのある場合は少なくないかもしれない。
 何しろ民間とは全く異なる、雲の上みたいな世界だからだ、
 という話。(写真:フォトAC)

【結局、特殊な事例】

 ほとんどの教員は小中高大学と進んでそのまま採用試験を受け、つまり学校を出ると同時に学校に入ったため社会経験に乏しく、だから世間を知らず常識に欠ける――そうした型にはまった批判に私は受け入れることができません。

 確かに社会性に乏しかったり非常識な人もいますが、教師と呼ばれる人々は全国の幼小中高等学校(およそ5万校)に100万人近くもいますから、そのわずか1%という稀有で異常な教員でも全国に1万人、5校にひとりくらいはいる計算になります。
 そこまで異常でないがちょっと変わった程度の教師は、各校に一人ぐらいいても不思議ありません。しかしその程度の変わり者って、どんな社会にも一定の割合でいるものではありませんか?
 そうした具体的なひとりひとりを挙げて、
「声をかけても返事もしなかった。だから教師は常識がない」
「いちいち態度が偉そうだった。だから教師は非常識」
「名刺の渡し方を知らない、挨拶の仕方を知らない、お茶の出し方も知らない、基本的なことが全くできていない」
とそんなふうに言うのは、
「家庭訪問の時間を18時以降に設定してほしいなどと平気で言う、だから保護者は非常識」
というのに似ています。この場合「保護者」を「母親」に替えても「父親」にしても、あるいは「女」と変えても日本語としては成立します。しかし内容は正しくないでしょう。日本中の「保護者」「母親」「父親」あるいは女性が、同じ要望を寄せてくるのではありませんから一般化はできないのです。

【教師たちが分かっていないこと】

 ただ世の中の大半の人たち、どんなに少なく見積もっても過半数はできていそうなのに、教員という職業にある人たちだけが分かっていないこと、能力として大きく落ち込んでいることが、ひとつあります。おそらくそれが「世間知らず」と言われる所以だと思うのですが、教師には社会的な金銭感覚について、ずいぶん疎いところがあるのです。
 
 民間企業の多くは営利団体ですから最後は金銭のやり取りで一区切りがつきます。納品と支払いが無事に終わればそれでいいのです。何か問題があったりトラブルが発生したりしても、長い商取引の歴史の中でつくられた「双方納得の落としどころ」があって、金銭的なものも含めてその基準に合わせて処理することになります。もちろん商習慣の枠に収まらなければ裁判にするしかありませんが、「ここから先は裁判」という点についてもお互いに納得できる点(「もうこれ以上はダメだね」と言い合える決裂点)が決まっています。

 ところが学校にはそれがありません。学校が児童生徒に与えられるのは「学力」や「人間性」といった教育サービスですが、どのくらい与えることができたかは正確に測ることはできないからです。もちろんテストで点数化はできますが同じクラスに100点もいれば50点もいるのです。どこからどこまでが教師の手柄なのか、責任なのか、明確に知るすべはありません。
 また児童生徒も保護者も、受け取った教育サービスを吟味し、価値を確認して対価を支払うということをしません。教員の給与も施設の建設費や管理費も自治体の納税者全体で支払うことになっています。
 
 教育サービスのひとつひとつに、例えば「教科指導50分1200円」だとか「生徒指導1時間1500円、時間外割増500円」とかついていれば雰囲気もだいぶ変わると思いますが、教員が職務上でやり取りする金銭は、せいぜいが学年費か給食費くらいのもの。いずれも教員は仲介者であってそこから自身の収入が出てくるわけではありません。ですから金銭感覚は呆れるほどお粗末になっていったりします。
 企業や商店への支払いが遅れたり、企業の常識としてはありえないサービスを要求したり、信じられないミスを犯したり――それらは人柄の問題ではなく能力の問題です。民間企業では根幹となる部分が、学校では教師の《雑務》なのです。余技扱いですからさっぱりスキルも上がってきません。
 
 もちろんそれは是正すべきことで、金銭のやり取りについては特に法令順守、説明責任をしっかり果たせるようにしておかなくてはなりません。
 先生たちはもっと勉強しましょう。

【――と言いながら、ちょっと甘えたことを付け加えると】

 教員の社会的金銭感覚が狂う原因には、学校会計の構造的な問題も関係します。例えば明らかにネットで購入すれば安上がりに済む物品も、地元に同じ商品を扱う企業・商店があれば、そちらを優先しなくてはならないのです。
 例えば体育館の水銀灯。1本1万5000円もしたりしますが、ネットで買えば半値ほどで済む場合もあります。しかし普通は地元の商店から1割引きの1万3500円で購入したりします。
 学校の購入品ではありませんが、中学生の購入する制服や体操着も、地元の衣料組合が採寸に来て販売するのが一般的です。よく言われることですが、あれも競争入札にしてユニクロにでもやってもらえば、とんでもなく安く仕上がるはずです。しかしできません。
 なぜならそれをやると納税者である地元の企業・商店が軒並み倒産してしまうからです。そんなことを地元選出の議員が許すはずがありませんし、納税者が次々と倒産・失業してしまえば地方財政はたちまち破綻し、市町村立の学校は立ち行かなくなります。そんな事情から不本意ながら教師は常に高い買い物を強いられていて、金銭感覚の狂いはそのあたりからも生まれてきます。

 もっとも残業手当ももらえないのに過労死ラインを越えてまで働き、土日も出動し、学年費では通らない教室の飾りつけや生花やプランターに平気で自腹を切るあの人たちに、「金銭のことをしっかりしましょう」と言ったところで通じるはずもないのかもしれないのですが――。
(この稿、続く)

 

「教師は意外と世間を見ている」~人生の答え合わせ3・5の①

 学校を出てそのまま学校に入った、
 だから教師は世間知らずーーそうか!?
 そもそもキミたちの知っている学校と、
 私たちの知っている学校とはまるっきり違うのだがね、
 という話。(写真:フォトAC)

【大型連休後半の「私の人生の答え合わせ週間」】

 5月4日(みどりの日)の夜、大学4年の時のゼミ仲間と同窓会を開き旧交を温めました。コロナ禍下のオンラインを除いて、4年ぶり2回目の飲み会です。
 その翌日(5日こどもの日)、大学卒業後に勤めていた会社の先輩と同僚を呼び出し、オンラインのひとりを加えて4人で昼食会を開きました。年賀状や電話でのやりとりを除くと40年ぶりの会合です。
 翌6日の振り替え休業に田舎に戻り、さらに翌日(7日)、ウイークデイだというのに34年前に中学校で担任したときの教え子3人が、私の家を訪ねて来てくれました。3人のうちふたりは東京在住の女子(と言ってもすでに40代半ば過ぎ)、もうひとりは男子で地元(と言っても私の家からは1時間以上の距離)に住んでいて、今回は里帰りした二人を車に乗せて私のところに連れて来てくれたのです。
 34年前の元教え子と言っても女子二人とは一昨年東京で会っており、男子1名も成人式と「二度目成人式」(40歳)の同窓会で会っていますからおよそ6年ぶりになります。懐かしというほどの感じではありません。
 
 ただ今回は昼食を挟んで4人で5時間も話したので、これまでと違ってずいぶん細かなことまでさまざまな話が出てきました。ひとことで言うと、
「ああ児童生徒の見る教室(学校)と教師の見るそれとはずいぶん違うものだなあ」
というのが感想です。

 そこで今日は元教え子たちから見た教室や学校が私の見ていたものとどう違うのか、そのことをお話ししようと思ったのです。ところが書き始めたらあらぬところに筆が滑ってしまい、けれどそれも私の話したかったことなので、「~人生の応え合わせ④」は先に伸ばし(だから3・5)、とりあえず「児童生徒が見る学校と教師の見る学校とは違う」というところから話を始め、「学校の先生って基本的には世間知らずじゃないぞ」という方向に進めていきたいと思います。

【児童生徒が見る学校と教師の見る学校は違う】

 教員を誹謗したがる人の中には、
「教師というのは小学校から大学まで、ずっと学校内で過ごしてそのまま学校に入った人たちだから世間を知らない」
といった論理で「教師は世間知らずだ」を証明した気になっている人がいます。しかしその人は児童生徒として過ごす学校と教員として過ごす学校が、まったく異なるものであることを知りません。これが同じものだったら小中高大と最低でも16年も過ごした場で、大のおとなの教員たちがアタフタと苦労するはずがないのです。

 新任の教師たちが初めての4月~5月を、あるいは最初の数年を、死ぬほど苦労して過ごすのは、よく知っているはずの学校が教員として見るとまるで未知だったからにほかなりません。学校がどんな原理によって動いていて何を責務とし、何を目標に、どう運営されているのか、そうしたことはすべて児童生徒・学生のあずかり知らぬことです。それは教師となって現場に入って、初めて突きつけられる現実です。
 その点で会社員として初めて企業に勤める人とまったく変わりありません。就職活動の中で事前調査もしっかりやったし、企業訪問も繰り返し行った、インターンも経験した、しかし正式に入社して初めて知ることも山ほどあった――。
 先日読んだ新聞記事には「新年度早々に退職する新入社員の大半が、『こんなはずではなかった』という思いに突き動かされて離職する」と書いてありましたが、実際に働いてみると「話が違う」と言いたくなるのは、教員も会社員も同じようなものです。
 
 違っているのは多くの企業に研修期間があって徐々に職場と仕事に慣れていけばいいのに対し、教員は4月1日に初めて現場に行き、8時半に最初の職員会議の席に着いたとたんに古参教師と同じ立場に立たされて、数日後には児童生徒の前で授業をし采配を振るわなくてはならない点です。その瞬間から教師としての責任も問われます。
 考えても見てください。例えば大手不動産屋に就職して、2~3日、営業方針や地域環境の説明を受け、何となく概要が分かったかな? と思ったら4日目からひとりで顧客の相手をさせられている、それと同じです。

 教員は民間企業内のルールや慣習、雰囲気や気の使い方等を知りません。しかし民間企業のサラリーマンは教師に課せられた学校のルールや慣習、雰囲気・気の使い方などを知らないのです。ただそれだけのことです。

【教師は意外と世間を見ている】

 「学校を出て学校に入るのだから世間を何も知らない」と言われることに反論したついでにこの際きちんと言っておきますが、子どもを持つ日本の家庭の内情について、集団として一番詳しいのはおそらく教師です。子どもを通して家庭を見て、家庭の様子から社会を感じます。特に公立の小中学校は子どもを選びませんから、児童生徒を通じて関わる家庭にはありとあらゆる職業や立場、階層の人々が入ってきます。

 私は家庭訪問でとんでもないお屋敷に行ったこともありますし、いかにも貧しいご家庭にうかがったこともあります。小奇麗に片付いているお宅もあれば、おそらく部屋中が散らかっているからなのでしょう、ありとあらゆるところにシーツをかけて覆い隠し、何か鍾乳洞の探検にでも行ったふうな家もありました。母子家庭も父子家庭もあり、やたら横長のテーブルの向こうに私の担任している児童、その両親、祖母、なぜか姉(二人いるウチのひとり)と弟がずらっと並ぶ、まるで“査問”を受けているような家庭訪問もありました。あとで聞くと“その筋”の方の家だったようです。
 
 民間にそこまで多様な人々との関わりを前提とする職業が、どれだけあるのでしょう? 高級ジュエリーの専門店と若者向けのファッションブランド店とでは客層が違ってきません? 街のラーメン屋さんと三ツ星レストランとでは出入りする人が違うでしょ。一流の商社マンが日ごろ取引相手としている中に、警察官、いますか? 自衛隊員はいるかしら? 郵便局の人は? 無職の人は――?
 現職のころ私が対応した保護者には、今あげたような人がほぼ全部いました。さすがに三ツ星レストランのオーナーや従業員はいませんでしたが、日本中にいる私の仲間の中にはきっといるはずです。
 さように私たちは意外と世間をたくさん見ているのです。
(この稿、続く)