「日本のいまの学校は生徒のためにも社会のためにも役に立っておらず、むしろ弊害にすらなっているのだそうだ」~キース・アウトを更新しました。

「日本の教育がオワコンなのはわかったけど、だとしたらいったいどこの国の教育を手本にすればいいんだ?!」
「そんなの決まっているじゃないか! ネバーランドの教育だよ! ネバー・ラ・ン・ド!!」

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「愛知県では児童生徒が学校のお墨付きで休むことが奨励されるらしい、でも」~キース・アウトを更新しました。

「ディズニーランドに行く場合は休んでいい学校に、嫌な授業があるときも行かなければならないのはなぜか」――この問いに対する答えが見つからないうちは、安易に子どもを休ませない方がいいよ。

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「今こそ別れめ、いざ、さらば友よ」~卒業式を終えた若者たちに心を寄せて

 同い年だということは死ぬまで同じ時間軸を生きるということだ。
 同じ世界を見て、同じ社会を体験しながら、別の生き方を続ける。
 友よ、旅に出よう。そしていつか年老いた日にまた会おう。
 そのときこそ盃を傾け、見てきたこと感じてきたことを語り合うのだ。
 という話。(写真:フォトAC)

【別の場所で同じ時代を生きてきた】

 先日の伯母葬儀の際、久しぶりに会った従兄が奥さんを伴っての参列で、その夫婦と少し話をしました。その際、どんな流れだったのか年齢の話になり、従兄の配偶者が私と同い年だということを知りました。そのとき、私の中に起こった不思議な連帯感というか同族意識というか、あるいは懐かしさといったものについて、うまく説明できずに困っています。

 感覚的な部分は説明できます。
 具体的に言えば、その女性は私と同じ歴史の中を、同じ時間軸で生きてきたということ。同じ第一回東京オリンピックを小学校4年生で経験し、実際に行ったかどうかは別として大阪万博を高校1年生の夏に経験し、三島由紀夫の自決に震え、高校三年生も最後の最後、1月にグアム島で元日本兵が発見されたことに驚き、翌月札幌オリンピックのスキー・ジャンプ表彰台独占に感動して、さらに3月、日本赤軍あさま山荘の攻防に一日中、目を奪われていた同じ胞(はらから)なのです。
 売り出したばかりのカップヌードルを食べて、ブームのボーリングに興じ、「また会う日まで」(尾崎紀世彦)や「わたしの城下町」(小柳ルミ子)、「花嫁」(はしだのりひこ)を歌った仲間です。
 ところがほぼ完全に重なる人生経験をしながら、私たちは一度も触れ合うことなく、何も共有することなく、50年過ぎて今ここにいるのです。
――そこに激しく心を揺さぶられました。

 しかしその感動は話しても従兄の配偶者にはまったく伝わりませんでした。そういうものなのかもしれません。そしてもうひとつうまく説明できないのは、同い年の人間なんてこれまで何十人、あるいは何百人にも会ってきたのに、こうした感覚に襲われたのは今回が初めてだということです。
 従兄の配偶者が特に魅力的だったとかそういう問題ではなさそうですし、こんどまた誰か同い年の人に会ったら同じ感覚に襲われるかというと、これが案外その通りになりそうな気もするので不思議です。

 70年近く前にまだ何者でもなかった赤ん坊たちが、しばらく同じような育ちをしてからあちこちに散らばってそこでさまざまな人生経験をし、再び何者でもない高齢者に戻って集まり「おかえりなさい」、そんな感じかもしれません(まったく説明になっていませんね、ハハ)。

【卒業生の見てきた3年間の世界】

 さて、この3月に卒業式を迎えた中高生は、生徒だった3年間のすべてをマスクで過ごした最初で、そしておそらく(願わくば)最後の中高生です。いや中高生だけでなく、小学校の卒業生も高学年の3年間を、大学生も学生生活の大半を、マスクで過ごしたという意味では特別な体験をした仲間でしょう。

 3年前の2020年4月、新型コロナ緊急事態宣言の中で入学式を迎え、5月には京アニ放火殺人で慄然とさせられ、7月にはレジ袋が有料化されました。九州の球磨川流域で大きな水害があったのも、藤井聡太7段が最年少タイトルをとったのもこの月です。
 8月、安倍晋三首相は持病の悪化を理由に辞職し、翌月、ドコモ口座が問題となりました。ドコモ口座なんて覚えていない人も多いでしょうが、日本人のほぼすべてが被害者になるかもしれないということで、一時はたいへんな騒ぎだったのです。
 10月には「鬼滅の刃」が興行収入100億円を最短で突破し、たくさんの子どもたちがトイレットペーパーの芯を咥えて走り回るようになりました。

 翌2021年になると2月からようやく新型コロナ対応ワクチンの接種が始まります。絶対に受けてはいけないという人もいました。
 3月にはセンバツ高校野球が無観客で2年ぶりに行われ、8月には第二回の東京オリンピックが、これも無観客で開催されて58個ものメダルを獲得しました。その直前の7月、静岡県熱海市で起こった土石流災害で27名もの方が亡くなったことも忘れられません。
 9月に白鵬が引退し、10月には真鍋淑郎さんがノーベル物理学賞を受賞し、眞子さまと小室圭さんが結婚したことも共通の記憶となるかもしれません。
 
 2022年は2月の北京冬季五輪で金3個を含む18個のメダルを取るといった明るいニュースで始まりました。しかしオリンピックの終わると同時にロシアがウクライナに侵攻し、以後、エネルギー価格の上昇といった直接的な影響も含め、今日まで世界と我が国に暗い影を落としています。
 4月からは改正民法のおかげで成人年齢が18歳に引き下げられ、高校3年生の同じ教室内に成人と未成年が混在するようになりました。同世代の佐々木朗希投手が完全試合をしたのもこの月です。同月、知床半島では観光船が沈んでいます。
 7月、安倍晋三元総理が銃撃され亡くなりました。その後、統一教会の問題が大きく取りざたされ、対応が長引いています。
 8月には大谷翔平選手がベーブ・ルース以来の二けた勝利二けた本塁打を記録し、10月にはヤクルトの村上様が本塁打記録をつくるとともに三冠王も獲得しました。
 11月は日本中がサッカーワールドカップに熱中しました。
 
 今年(2023年)に入ってからは1月に新型コロナを「5類」に引き下げる(5月8日から)ことが決まりコロナ禍に終わりが見え始めました。
 2月にはフィリピンからルフィーを名乗る首魁を中心とした詐欺・殺人グループの何名かが帰国し、上野のシャンシャンたちは中国に返還されました。新たに宇宙飛行士2名が選抜されたのもこの月です。

【今こそ別れめ、いざ、さらば友よ】

 この三年間の、代表的な国内のできごとだけでもこれだけあります。海外に目を移せば英国のEU離脱やトランプ政権の終焉、エリザベス女王の在位70周年記念式典と死去と国葬が同じ年にあったことや、あるいは若い人には韓国・梨泰院の雑踏事故の方が深く記憶に刻まれるかもしれません。
 ここには書きませんでしたが、ファッションや音楽、ドラマや映画、学校や地域で起こった特別なこどどもなども、とうぜん共通の体験として記憶されるはずです。

 いずれにしろ学齢期にあったり学徒であったりする限り、同い年で経験することや進む方向に大きな差はありませんでした。それがこのあと散弾銃を放つように、一斉に広がっていくのです。
 そしていったんはバラバラになって、やがて高齢者という一括りの中に戻ってきます。最後は死がすべてを元に戻してしまうでしょう。
 
 若き人たちよ、互いに告げ合おう。
 今こそ別れめ(別れよう)、いざ、さらば!
 そしていつの日かまた会おう、
 と。
 
*学校の暦に合わせて営業するカイト・カフェも春休みに入ります。
 再開は4月3日(月)を予定していますが、いつもの通り、話したいことがあればまた営業をしますので、よろしくお願いします。
 

「卒業式について、こんなことを考えてきた」~卒業式の朝に

 ボーっとしていたらいきなり卒業式の朝を迎えてしまった。
 卒業式について、新たに話す準備はないが話の備蓄ならある。
 そこでいくつかを選び集め、
 改めて紹介しようと思う。
 という話。(写真:フォトAC)

【卒業式の今日の記事の用意がありません】

 ペットが死んだり伯母の葬式が重なったりとあれこれバタバタしているうちに3月も半ばを過ぎ、ふと気づくとすでに卒業式の週も終わろうとしています。私のブログは学校に合わせて長期休業を取ることにしているため、卒業式と春休みの準備をしておかなくてはならなかったのですが、春の日差しの中でボーっと生きていたみたいです。何もしていません。

 そこで慌てて自分のブログで「卒業」を検索したら、けっこうたくさんの記事を書いていて、そのうちのいくつかはできるだけたくさんの人に読んでもらいたいものだと改めて思いました。
 そこで(本日のブログアイデアがないこともあって)、自分でも気に入っているいくつかをここに並べて、本日のブログ記事とすることで、お茶を濁したいと思います。
 まずは卒業式の前日の話。

【卒業式の前夜】

 教員以外の人にはあまり興味の涌かない部分かもしれませんが、卒業証書授与式という特別な日の前日は、先生たちにとってもちょっと厳かで特別の日なのです。それぞれが思いをもってこの日の夕方を迎えます。それについて書きました。
kite-cafe.hatenablog.com

【卒業式を舐めては困る】

 私は卒業式に対する特別な思いがあります。いまも便宜上「卒業式」という言い方をしましたが本来は「卒業証書授与式」で、そこには重要な意味が含まれているのです。入学式は徹底的に児童生徒中心で、何なら校長も来賓も居なくてかまわないようなものですが(ちょっと言い過ぎました)、卒業証書授与式はまったく違っていて、証書の授与者が中心なのです。それは誰か――。
 法律上は校長ですが理念的には教育委員会、さらにはその背後にいる納税者市民が授与者です。お金を出して公教育を可能にした人たちが卒業を認定してくれる式――だからいい加減な態度は許されないのです。
 これについては、以下に書きました。

kite-cafe.hatenablog.com

【保護者代表謝辞をどうするか】

 昨日まで、PTAの問題を扱ってきましたが、かつて卒業式の保護者謝辞をやめたらどうかという話がありました。学校の行事に「保護者が感謝を述べる場面」を入れるよう、学校が言うのは生意気だというのです。
 絶対にダメです。これについては別ブログに、『卒業式の保護者謝辞をなくせというのは、子どもに「感謝の気持ちなど持たなくていい、自分はひとりで育ってきたのだと教えろ」と言うに等しい』という長いタイトルで書きました。上の記事と、内容的に被る部分があります。

kieth-out.hatenablog.jp

【学級担任、最後の授業】

 卒業式は感動的な行事です。特に卒業学年の担任と生徒にとってはそうです。卒業式のあと、学級担任は教室に戻って最後の授業を行います。
 私も何回か経験があってブログにも繰り返し書いていますが、その一つが以下です。

kite-cafe.hatenablog.com

 ぜひ、お読みください。

「なくなったPTAも必ず復活する、別の名前で」~PTAをなくす学校が出てきた③

 欧米のように学校の責任を限定的にしない限り、
 PTAは学校と保護者の双方にとって決定的に重要な存在だ。
 重要で必要性があるなら、それは名を変えて必ず復活する。
 だったら最初からなくならないよう、校長や役員が訴えればいいのだ。
 という話。(写真:フォトAC)

【PTAがなくなっても問題はないと報告されている】

 昨日はPTAが学校にとってどれほど有益で必要不可欠なものか、というお話をしました。ただしそれは一般的な話であって、飛び抜けて有能な管理職の下にある学校で、校長がPTA抜きでもあっという間に地域との関係をつくってしまい、地方自治体からの予算の引き出しにも長けた人であるなら問題はないのかもしれません。しかし同じ人が何百年も校長を続けるわけではありません。
(ここは、自ら積極的にPTAを潰してしまった校長先生に対する皮肉です)

 一方、保護者にとってPTAがなくなることにデメリットはないのでしょうか? 
 これについてはすでにPTAをなくしてしまった学校の保護者から、「問題なし」という報告がネット上にいくつも上がっています。聞けば運動会のお手伝いなども保護者ボランティアが十分に揃い、「PTAで強制的にやらされていたころよりも、みんな生き生きと自主的に活動している」のだそうです。強制からボランティアにしたら生き生きとやるようになったというのはよく聞く信じられない話ですが、人数は揃ったのでしょう。
 PTA時代と同じ数が自然に集まるわけはありませんから、知己を頼って声を掛け合った結果なのでしょう。奉仕の気持ちなどさらさらないのに、心配で駆けつけた善意の保護者もボランティアというなら何とかなります。
 いずれにしろ行事に滞りがなければ傍から見ると「問題なし」ということなのですが、問題は目に見えないところにあるのです。

【PTAがなくなると、保護者は自らの代表を失う】

 まず考えられるのは、PTAがなくなるということは保護者にとっての代表者がいなくなる、学校と交渉したいことが出てきたら個人個人で対応していくか、そのつど有志が集まって代表者を決めて対応するしかないということです。問題が学校全体に関わることなら、さらに保護者を糾合して全体の代表者を決めるしかありません。実際にはそんな深刻な問題はめったに起きませんから、しばらくは不安を抱えながらも静かに過ごしていくことになりますが、一度でも「児童生徒が交通事故に遭う」「不審者に連れ去られそうになる」といった事案が起これば、ことの深刻さが半端ではないことはすぐに理解されます。
 
 現代のことですから事件・事故があればその日のうちに学校は、保護者会を開いて説明してくれます。しかしどの程度まできちんと話してくれるかは定かではありません。さらに学校や警察の今後の対応についても説明があるはずですが、忙しい教員と警察に任せておいて大丈夫なのか、心もとない限りです。
 保護者の見回り当番はPTAの消滅と同時に「有効性が証明されていない」ということで取りやめになっていますし、再び始めようにも担ってくれる主体がありません。警察にパトロールの回数を増やしてもらうにしても、保護者側から陳情に行ってくれる人さえいないのです。校長をせっついて警察に行かせる人もいない。次の事件・事故に備えて通学路を見直そうという動きも、保護者の間からは出てはきません。
 そんな不安な状況に、親は耐えていけるのでしょうか?

【有能でないとママ友もパパ友もできず、校内の情報弱者になってしまう】

 PTAがなくなるということは行事――PTA作業やバザー、資源回収がなくなるということです。保護者同士の親ぼくを兼ねた学級レクだの学年レクだの、あるいはPTA主催の研修会やら講習会、飲み会だのもなくなります。
 気楽と言えば気楽ですが、それは同時に保護者同士が仲良くなる機会が奪われる、ママ友・パパ友をつくることが非常に難しくなるということでもあります。コミュニケーション能力に優れた保護者ならいいのですが、そうでなければ校内の情報弱者にあっという間に転落です。SNSでつながる機会の逸すると何も話が入ってきません。
 
 SNSで流される情報は必ずしも有益なものとは限りませんし、中にはフェイクに近いものもあるでしょう。しかし情報網から外された者にとってはそれすらも宝石のように思えたりするものです。疑心が暗鬼を生み出します。
 そんな状況が長くつづくとは思えません。

【なくなったPTAも必ず復活する。別の名前で】

 私はPTAが消えても一部の機能や仕事は復活すると考えています。どうしても必要なものだからです。
 まずは学級PTAが「オヤジの会」だとか「ママの会」だとかいった名称で復活します。親たちに繋がりのない状況が長く続くとは思えません。一朝、事件・事故があればすぐにも復活するでしょう。学級レクだってすぐに復活しますし、ずいぶん以前からなくなっていた保護者同士の飲み会だって復活しかねません。
 
 PTA会費に頼っていた部分は別の名目で集金されるようになります。それがなければ他校に比べて教育環境が悪くなってしまうからです。図書費・修繕費・入学式と卒業式のリボンやコサージュ代金、PTA作業に代わるボランティア作業の材料費などですが、「学校施設拡充費」とでも名付けましょうか。私立学校や大学ではよく聞く話で珍しくもありません。
 もちろん市教委がPTAをなくしてしまった学校に優先的に予算をつけてくれれば別ですが、そんなことをしたら真似をする学校が次々と現れて市予算を圧迫しかねません。まずはしてくれないでしょう。
 
 校長はPTA会長に代わる、直接的で強い支援者を探さなくてはならなくなります。学校評議員の中に保護者代表を入れるのが一番可能性のある方法です。PTA会長を選ぶのと同じ手続きになるので大変ですが、校長先生自身が自らの資質に絶対の自信がある場合を覗けば、そこだけはしっかりやっておかないとホゾを噛むことになります。いや、絶対の自信がある校長先生も、次の世代に向けて今から準備をしておくべきです(と、ここにも皮肉の粉を撒いておきます)。

【みんなが分かっていないのだから、校長が訴えなくては!】

 PTAの名を持たないPTAの復活は、おそらくとんでもなくたいへんな大仕事となります。それよりは今あるPTAをなんとか潰さないようにする方がまだ楽です。
 
 今から十数年前、情熱をもった一組の夫婦がPTAは任意団体であると気づいて脱会を決心します。ただ、一家庭だけで抜けることには抵抗があったので、任意団体であることを広く知らせるよう、学校や教育員会に迫りました。そこにマスコミ・ポピュリズムが乗っかります。
 かくして小学校の来入児説明会などで校長は必ず、PTAが任意団体であることを説明し、無理に入る必要のないことを明らかにしなくてはなくなりました。それが今日のPTA崩壊に繋がっています。しかし本当はそれと同時に、PTAが学校と保護者双方にとってぜひとも必要な存在であることを、校長は情熱をもって伝えなくてはならなかったのです。

 2023年3月12日付の「まいどなニュース(『学校のPTAをどう思いますか? 3位「やりたい人だけやればいい」、2位「時代に合っていない」』)」*1は、
『中学生以下の子どもを持つ全国の20~60代以上の親200人に「学校のPTAをどう思いますか」と聞いた』結果を記事にしています。それによると、
「1位:強制はしないでほしい(47人)」
「2位:時代に合っていない(44人)」
「3位:やりたい人だけやればいい(42人)」
 それに対して「もっと保護者が参加すべき」は第6位(9人)、「素晴らしい」は最下位たった2人しかいません。
 世の中の人たちはまるで分っていない。
 校長先生だって管理職になるまでは、分かっていなかったことも多いのではないですか? だったらやはり管理職やPTA会長が訴えなくてはならないのです。

「校長先生、PTAをなくしちゃって怖くありません?」~PTAをなくす学校が出てきた②

 学校は危険なところ、事件事故がいつでも起こる場だ。
 学校は保護者の協力を得てようやく立っているに過ぎない。
 その“協力してくれる保護者”とは何か、
 具体的で、象徴的で、実質的な“保護者”とは、PTA会長のことである。
 という話。(写真:フォトAC)

【PTAのない学校が怖くないか?】

 昨日は、PTAがなくなってしまったらPTAの予算や人手をアテにしてやってきたことのほとんどができなくなってしまうではないか、一部は教師たちが担うことになって多忙に拍車をかけるではないか、外部への働きかけが弱くなって設備その他で他校に後れをとるかもしれないではないか――そういったお話をしました。

 しかし学校が貧乏になったり、教員の働き方改革に一校だけブレーキがかかったりしても、ある意味でそれは大した問題ではありません。管理職も一般教職員も数年じっと我慢していれば他の学校に異動になります。しかしその数年間をPTAのない学校に勤務し続けるということは、非常に危険な綱渡りを続けることと同じなのです。保護者も一般の先生方もあまり意識していませんが、注意深く観察していればわかります。
 実際の学校は年に数回、もしくは十数回、PTAに助けられてようやく存続しているに過ぎないのですから、その助けがなくなってしまうのは恐ろしいことなのです。

【学校の透明性をどう担保するか】

 学校は常に何らかの事件が起きている場所です。同年齢で同じ地域に住んでいるという以外の何の共通性もない子どもたちを、数十人から数百人も集めて勉強と集団生活を強要しているわけですからトラブルが起きないわけがないのです。
 けがや集団感染、いじめやケンカ、不登校体罰、不審者、災害・・・と話のタネは尽きません。したがって事件・事故をゼロにすることはできないですが、事後処理を謝ると、学校問題は社会問題へと発展してしまいます。これまで世間の耳目を集めた事故・事件の大半が、事後処理の失敗によるものだという点は必ず押さえておくべきでしょう。

 中でも“学校が事実を隠蔽しようとしている”“教師が(特に校長が)保身に走っている”と疑われると、事態は取り返しがつかないほどに悪化してしまいます。被害者や加害者のプライバシーや事件・事故の詳細な顛末については、公できないことも多いと誰でも知っています。しかし伏せられるべきものが適正に伏せられているかどうか、必要以上に隠されていないかどうかは、部外者の誰にも分からないからです。

 こんなときの最良の方法は事後処理の最初から、外部の人間を入れてしまうことです。当該の事件・事故を取り巻く状況が刻々と移り行く中で、学校が何を材料としてどんな判断をし、どういった行動につなげていったかを、同時進行で見聞きし、記録してもらうわけです。内部を晒すわけですから、学校にとって不都合なこともたくさん出てくるかもしれませんが、隠蔽を疑われて何年も泥沼の対応を続けなくてはならないことを考えると、たいていのことはそれよりマシです。取るべき責任はその時点までに取っておけばいいだけのことです。
 では誰に入ってもらうのか――。答えは今のところ簡単です。PTA会長です。

【会長が保護者を代表し、会長が事件に関わる】

 具体的な経験から言えば、学校給食の異物混入で2度、PTA会長に来ていただきました。2回だけ来てもらったというのではなく、異物混入が1年ほどの間隔を置いて2度もあったので、それぞれ数回の会合のすべてに出てもらったということです。2度目には正式な抗議文・要望書も出してもらいました。

 給食に異物が入っていたと聞けば保護者も不安になります。疑心は暗鬼を生み出し、あることないこと、さまざまにうわさが飛び交う可能性があります。そんなときPTA会長が最初から関わっていると知れば皆が安心するのです。会長なら同じ学校の同じ保護者として、訊くべきことを訊き、善処を求めるべきは求めてくれているに違いない、そんなふうに思えます。
 さらに疑問を深めた保護者がいれば、学校ではなく、PTA会長に直接、聞けばいいのです。こちらの方がよほど敷居は低いし、学校に面倒をかけずに済みます。おそらくいつでも質問できると考えただけで、不安も不審も払拭されてしまうに違いありません。
 
 さらにこれが異物混入といったレベルの話ではなく、重大な体罰・いじめ、学校が目標となった襲撃事件、子どもの自殺・事故死といった深刻な問題だったら、副会長から会計まで、PTA役員総出で分散して現場に張り付いてもらうようにします。保護者代表の参画というのはそのくらい重要で必要なものなのです。
 
 ついでの話ですが、私の勤務していた学校でプールが新造され、そのさい立ち木を数本伐採することになりました。私などは迂闊で何も考えませんでしたが、当時の校長は、
「学校の樹木と言うのはうっかりすると記念樹ということもあるので簡単には切れない。それに周辺にはタイムカプセルが埋まっている可能性もあるから、調べてからでないと掘り起こせないのだ。PTA会長にぜひ調べてもらってください」
と言い出し、実際にすべてやっていただいたことがありました。これも地元に詳しいPTA会長だからできることで、地域外から来ている教員にできる仕事ではないと思いました。

【学校の、日常的な情報源としての会長と役員たち】

 ところで、先ほど事件・事故はゼロにはできないと申し上げましたが、それでも少ないに越したことはありません。その点でPTAの情報収集能力は決定的な要素となります。

 学校がまったく気づいていない事件や事故、保護者の不安や不満、地域で起こっているできごと、他の地区のPTAの動きや自治体の教育行政の変化や変更――そうした情報を握るとPTA会長はすぐにも学校へ足を運び、協議をすることになります。立場がありますから会長自身が急いで対応し、たいていはそれで先手を打つことができます。
 また急がずに済む話なら、月に一回ほどの割合で開かれる役員会を待ちます。会の始まる前と終わったあとで、重要な話が雑談みたいに切り出されることもよくありました。知り合いの保護者から託された話題も、しばしばあったと思います。

 担任の先生方は常に保護者と接していて、連絡帳や電話などを通して情報のやり取りを欠かしません。ですから家庭のことも地域のことも、ある程度はよく知っています。ところが校長・副校長・教頭といった管理職には、そうした日常的に会話する保護者がいないのです。学校評議会のような組織もありますが、保護者ではありませんし会うのも年1~2回と限られています。
 
 普通の学校の校長にはPTA役員という強力な味方・情報源があるのに、PTAを潰してしまった学校の校長先生はどうやって学校運営を続けて行くのでしょう。一朝、事件があった時、対応の透明性をどう担保し、つまらぬ憶測から学校を守っていくのでしょう? そもそも情報や保障のないことに、不安になったりしないのでしょうか。
 私なら耐えられないところです。
 
(この稿、続く)

「PTAは死なず、ただPが消え去るのみ」~PTAをなくす学校が出てきた①

 近隣の学校でPTAが解散になったという。
 恐ろしいことだと私は思う。
 学校にはPTA会費やPTAの人手をアテにした活動が山ほどある。
 それをなくしてどうやって行こうというのだろう?
 という話。(写真:フォトAC)

【何もしなくて咲く花はない】

 むかし勤めていた学校の職員室で、向かいの席にいた先生が窓辺の花鉢を手に取って、
「T先生、この花、すごいんだぜ。何の世話をしなくてもホラ、こんなに花が咲いた」
 私は少し迷いましたがニッコリ微笑んで、
「そうですか。すごいですね」
と返してその場を後にしました。応えが一瞬おくれたのは迷いがあったからです。実はその花は「何の世話をしなくても」咲くようなものではないかもしれないからです。私は植物に疎く、花の名前も世話の仕方も知らなかったのですが、窓辺に置いてあるその花を、いつも細かく面倒を見ている先生のいることを知っていたからです。斜め向かいの女の先生で、さりげなく様子を見て、土が乾いているようなら必ず水をやり、枯れた葉があると取って形を整えていました。たぶん植物がきれいな花を咲かせたのはそのおかげです。

 世の中には善行を施して絶対に見せない人がいます。まるで人に知られると行いの価値が減ってしまうと思い込んでいるごとく、行為の跡を消さずにおかない人です。他人の鉢の世話をしてさりげなく花を咲かせてしまった先生にはそこまでのこだわりはなかったようですが、敢えて知らせる気持ちもないみたいでした。そこで私も黙っていることにしたのです。

【学校からPTAがなくなっていく】

 話は変わりますが、私の母が住む地域の中学校がPTAを解散してしまいました(中学校を卒業した後で引っ越した地区なので、私の出身校ではありません)。
 その話を新聞で読んで妻に話すと、
「大英断ね、校長先生。誰かしら?」
と言います。
 大英断――、思い切った決断であるのは確かですが、優れた決断かどうかは分かりません。調べましたが校長先生は私たちの知らない人で、解散に至る経緯も分からないままでした。ですから無碍に非難することはできませんが、一般論のレベルで考えると、私が校長だったらどんな苦労をしても、たとえ地域に土下座してでも、PTAをなくすなどといったバカはしなかったと思います。なぜならPTAがなくなることは学校にとって致命的なできごとだからです。

【PTA会費をアテにして行われてきたことはすべてジリ貧】

 新設校でPTAがない状態から始めるならまだしも、創設以来80年近くもたつと、PTA は学校の運営に強く深く絡みついて容易に剥がせません。PTAのあることが前提で動いている部分も少なくないのです。

 例えば入学式や卒業式のステージの生花。新入生や卒業生のリボン。小学校運動会のライン引きのための消石灰の追加購入や万国旗の補修費、中学校の文化祭補助、入試事務補助、等々、PTA会費からいただいている補助金はさまざまにあります。PTA作業のために購入した箒やバケツは終了後、教室の不足分として使われますが、実は最初からそれを見込んで購入し、浮いた予算は別に回しているのです。

 もちろんそれらは公費で購入すべきもので、保護者や教員(PとT)の懐をアテにしていいものではありません。しかし当為(あるべき)と存在(現実)は常に対極にあります。公費で賄うべきだといってPTAを切っても、その分が公費で賄われることはまずありません。ただなくなるだけです。

【PTAは死なず、ただPが消え去るのみ】

 同様にPTA作業でやってもらっていた壁塗りだの側溝の清掃だのは業者に頼むというわけにはいかず、放置されるか先生だけでやることになります。もちろん保護者ボランティアを募れば何人かは集まりますが、ペンキを自腹で買って持ち込めとは言えません。諦めるか、どこかの予算を振り替えてやるしかありません。できる補修や清掃の範囲は極めて小さくなります。
 
 運動会や文化祭のお手伝い、大型研究授業の支援など、これまでPTAにお願いしてきたこともすべてボランティアに頼らざるを得ず、そのつど募集と組織づくり、計画づくりと説明を行わなくてはなりません。人数が足りなければ不足分を各クラスに配当して、保護者ひとりひとりに出席を頼まなくてはなりません。誰が? 何もしなくて咲く花はありません。もちろん担任教師たちが保護者の帰宅を待って、勤務時間外に連絡するのです。
 
 PTAはなくなってもPTAにお願いしていた仕事のかなりのものが残りますから、そこを教師が埋めていく、その意味では「PTAは死なず、ただPが消え去るのみ」とも言えます。
 教員の働き方改革で仕事が減る倍のペースで、教師の仕事は増えていきます。
――教育改革のゴンベが種まきゃ、カラスがほじくる・・・

【市のPTA連合会に席を失う】

 市のPTA連合会(市P)にも席がなくなりますから、市Pを通して教育委員会へ提出していた要望書に名を連ねることもできなくなります。もちろん学校からも直接、要望は出しているのですが、二重三重にあちこちから頼むことが大切なのです。
 仕方ありませんから副校長か教頭あたりが恥を忍んで幹事校に行き、市Pの会長さんを紹介していただいて直接、要望書の隅に自校の課題を差し込んでもらうしかありません。
 どこどこに横断歩道を設置する件についてご協力をいただきたい、地域からの苦情も多いのでバックネットをさらに高くしてほしい、遊具の更新の時期なので予算をつけてほしといった内容です。
 しかし率先して市Pから抜け、血(会費)も汗(活動協力)も流さない学校に対して市P会長がどこまで真剣に取り組んでくれるというのか――。前例をつくられた以上、自分の学校でも「◯◯小学校ではPTAをなくせたのになぜウチはできないのか」と圧力を受けるのは必定です。
 ほとんどありえないことですが、もしかしたら会議の後の宴席で、どこかの学校のPTA会長は”あの学校にだけは便宜をはかるな”と教育長を掻き口説いているのかもしれません。想像の中で不安に怯え、疑心は暗鬼を生み出したりします。
 
 しかしPTAがなくなって最も恐ろしいことは、”保護者”という抽象と学校という具体的(この場合は”学校長”)を結ぶ、「PTA会長」という強力なパイプがなくなってしまうことです。
 (この稿、続く)