カイト・カフェ

毎朝、苦みのあるコーヒーを・・・

「すべての人が自分の役割を探していた」~“ツイッターに集まった元気が出る100のつぶやき”①

 未曽有の大災害が日本を襲ったあの日、
 日本各地で信じられないことが起こっていた。
 人々は奪うことをやめて分かち合い、
 知らない者が知らない誰かを助けようとしていたのだ。(写真:フォトAC)

【ツイッターに集まった元気が出る100のつぶやき】

 一昨日(10日)、ふと思い出して昔の自分の記事にリンクをつけたのですが、14年前に書いたその記事を、昨日改めて読んでみました。

kite-cafe.hatenablog.com

 中で引用した「東日本大震災後、ツイッターに集まった元気が出る100のつぶやきを集めました」という触れ込みのページ(「Genki tweets」)はすでになく、けれど元となった「X(旧ツイッター)」*1を探しておいたので、それにリンクをつけていつでも見られると安心していたのです。
 ところが昨日改めて中を見たら、同じツイート(ポスト)の繰り返しで「100のつぶやき」どころか実態は30個もないようです。

 前回拾ったものとしては、
『駅員さんに「昨日一生懸命電車を走らせてくれてありがとう」って言ってる小さい子達を見た。駅員さん泣いてた。俺は号泣してた』
といった話や、
『匿名掲示板にて「みんな逃げ出して灯りも少ない万引きし放題のコンビニに着いたらお前らはどうする」という問いに即レスで「全裸で徘徊する」とついた。その後続々と賛同者が現れた。この国は駄目だけど元気です』
といった話は残っていましたが、レストランから大慌てで避難した客の大半が戻ってきて会計を済ませ、戻らなかった何人かも翌日以降、わざわざ支払いに来たといった話や、私が最も好きな「まいちゃんイイネ」もありませんでした。
 大事だと感じた資料は、何が何でも電子ファイルで取っておかなくてはならないものです。
 けれど残った多少の記事からでも、さまざまに学ぶことはできます。

【分け合うということ】

 被災地では多くの人々が場所を分け合い、毛布を分け合い、食べ物を分け合って、悲しみと苦痛も分け合いました。

  • 避難所で、4人家族なのに「分け合って食べます」と3つしかおにぎりをもらわない人を見た。凍えるほど寒いのに、毛布を譲り合う人を見た。きちんと一列に並んで、順番を守って物資を受け取る姿に、日本人の誇りを見た。

 米軍の“トモダチ作戦”でも、救援物資を届けると必要最低限だけを手元に置いて、「あとは必要な人に届けてください」と返す被災者の話が出てきます。アメリカ人将校は「他の国ならもらっておいて、必要以上はあとで売りに行くのに」と半ば呆れながらも感心していました。

  • 亡くなった母が言っていた言葉を思い出す「人は奪い合えば足りないが分け合うと余る」被災者で実践されていた、この国の東北関東地震被災者の方々を、日本を誇りに思います、頑張ってください。

 ”分け合う“ことは被災地でなくてもできます。

  •  引越準備中、母が家に常備してあった懐中電灯と非常食を私に回してくれた。「今買うと、必要な人に渡らんやろしね。万が一の事があっても、こっちは家族も知り合いもおるから大丈夫。知らん土地で一人なだけでも不安やろし、余分な心配は増やしたらあかん。」 改めて、この家の娘で良かったと思った。
  • さっき、友達の薬局に高校生くらいの若い男の子がトイレットペーパーを返品しに来たとのこと。聞いたら、「親が昨日2つも買ってきて、みっともないと思って返しにきた」んだって。いまどきの高校生の口からみっともないって言葉がでてきたのでびっくりしたって言ってた。日本の未来は明るいね

 大災害に際しては、自分が買い控えることがどこかの誰かを救うことになる――。
「東北に物資を運びたくても物自体が売っていない」という報道があって以来、全国的に起こった大きな動きが「物資を被災地に送るための買い控え」でした。一人ひとりの小さな積み重ねが、どこかで大きな力となることを信じていたのです。

【すべての人が自分の役割を探していた】

 東日本大震災では、日ごろ社会の中心にいない人たちの活躍が目立ちました。前述の“トイレットペーパーを返品しにきた高校生”もその一人ですが、そうした後方支援だけでなく、実際に被災地に入って瓦礫の撤去や支援物資仕分け、子どもの学習支援やイベント企画などに自分の居場所を見つける学生も少なくなかったのです。
 大学生はほとんどが春休みだったこともあって動きは早く、SNSで情報を集めると必要な場所にすぐに向かいます。しかも多くの支援は一過性でなく、数年に渡って関わり、そのまま定住してしまった学生も多くいました。

  •  母にTwitterを見せた、「自分たちよりも若い人たちがこんなに支えあって日本を守ろうとしているなんて」って感動して泣いてた。私たちがやってることは間違いじゃない、意味のあることなんだ。

 阪神大震災の際も地元の広域暴力団が大規模な炊き出しを行って社会に複雑な反応を引き起こしましたが、東日本大震災でも片隅にいる人たちが誰かの役に立ちたいと積極的に動いていました。

  • ホームで待ちくたびれていたら、ホームレスの人達が寒いから敷けって段ボールをくれた。いつも私達は横目で流してるのに。あたたかいです。
  • 原発の問題により、福島県いわき市などから数百人単位でつくばに避難者がきた。つくばのヤンキーが車いっぱいに物資を積んできたのには胸が熱くなった。大変な立場にいる避難者の笑顔と謙虚さに感動。頑張ろう!
  • ヤンキーの兄ちゃんがおばあちゃん背負って避難したり、ヤクザのおじさん達が交通整備したり、見た目DQNな集団が子供の傍から離れられない親の分まで食料受け取って配ったり、二次元クラスタの連係プレーでヤシマ作戦*2成功させたり 日本人に生まれたことを誇りに思う

 すべての人が誰かの役に立ちたくて、自分の役割を探していました。
 (この稿、続く)

*1:

https://x.com/genkitweets?ref_src=twsrc%5Etfw

*2:アニメ『新世紀エヴァンゲリオン』第6話(および新劇場版)で使徒を倒すために日本中の電力を集めた作戦の呼称。2011年の東日本大震災の際、電力不足による大規模停電を避けるため、ネット上で節電を呼びかける運動の名称として「ヤシマ作戦」が使われました。