年寄りの私がコロナに感染し、新生児が感染し、
しかしだれも絶望しない。
5年の歳月を経て手に入れたのは、そうした単純な平和だ。
だがあの頃は違った。
という話。
(写真:フォトAC)
【5年前だったら笑い事ではない】
生後2か月の孫、3号ドリがコロナに感染したものの、医師から、
「赤ちゃんはあまり心配ありません。心配なのはむしろお祖父さん(私)の方、高齢者ですから」
そう言われて全員が肩を撫でおろした、という笑い話。しかしこれを5年前、2020年の話だと仮定すると状況はまったく違ったことになります。前年の年の瀬に中国の武漢で始まった新型コロナウイルス、COVID-19の感染は瞬く間に世界中に広がり、2020年の夏の今頃は、第二波のとんでもなく大きな感染の真っ最中だったからです。今では信じられないことですが、1月に国内最初の患者が発見され、4月~5月に感染が広がって、5月の末に緊急事態宣言が解除されたとき、私たちは新型コロナ感染が”終わった”、日本人は何とかこの大波を乗り切ったと信じたのです。
ところが7月に始まった第二波はとんでもなく大きく、8月末までに感染者68000人、死者1300人弱にまで増加してしまっていたのです。
その時期に、現在の私の家族のように、これまで一人の感染者も出なかった家庭の「最年長者が発症した、生後2か月の赤ん坊も発症した」となると、家族は絶望し、恐怖したに違いありません。まだ基本的な治療方法さえ見えてこない時期で、何の安心材料もありません。
「私はいいから、赤ん坊を助けてほしい」
私は当然そう願うでしょうし、家族だって内心、
「お祖父ちゃんはいいから、神様、この子だけは助けてください!」
と願うに違いありません(誰がその立場にいてもそうなります)。しかし同時に、私などは《赤ん坊の代わりにこんな年寄りの命を差し出しても、神様は受け取ってくれないかもしれない》と、さらに絶望的な気持ちになるかもしれません。
【2020年の日本】
5年前の2020年の、新型コロナに関する年譜を見てみます。
[2020年 新型コロナ禍 日本国内・主要20事項 年表]
1月16日:日本で初の新型コロナウイルス感染者(神奈川県在住の中国・武漢市滞在歴あり男性)を確認。
1月29日:武漢からの邦人を政府チャーター機で帰国させる(羽田空港到着)。
2月 3日:クルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス号」が横浜港に到着、船内隔離開始。乗客乗員3,700人超。
2月13日:国内で初の新型コロナ関連死(神奈川県の80代女性)。
2月27日:安倍首相が全国の小中高校・特別支援学校に3月2日からの一斉休校を要請。
3月24日:東京五輪・パラリンピックの1年延期が正式決定。
4月 7日:政府が7都府県(東京・神奈川・埼玉・千葉・大阪・兵庫・福岡)に緊急事態宣言を発令。
4月16日:緊急事態宣言の対象を全国に拡大。
4月17日:全国民への一律10万円給付(特別定額給付金)を閣議決定。
5月 4日:緊急事態宣言の延長を表明(5月31日まで)。
5月25日:緊急事態宣言を全国で解除。
6月19日:都道府県をまたぐ移動自粛が全国で解除。
7月 1日:レジ袋の有料化スタート(環境政策だが、コロナ禍でマスクや衛生関連と合わせ話題に)。
7月22日:「Go To トラベル」キャンペーン開始(東京発着は当初除外)。
8月 7日:国内の累計感染者数が5万人を超える。
11月21日:「Go To トラベル」一部地域で一時停止を決定(札幌市・大阪市)。
12月 3日:国内の累計感染者数が15万人を超える。
12月14日:英国で変異株が拡大、日本も水際対策を強化。
12月28日:全世界からの外国人新規入国を原則停止(緊急措置)。
12月31日:全国での新規感染者が大みそかとして過去最多の4,520人を記録。
【2020年の我が家】
私の家族に即していえばこの年の2月20日から九州旅行を始めていて、20日に福岡についたところ、その日に福岡県の感染者第1号が発見され、翌21日、熊本に入ったら熊本県の感染者第一号が発見されるといった感じで、たしかに新型コロナ感染は始まっているが、日本について言えば、おそらくヨーロッパのような大感染にはならないだろうと、漠然と考えていたように思います。
しかし翌3月、娘婿が兄弟会を開こうとしたところ、10人を超える宴会の会場がどこにもとれず、仕方なく私の家で開くことになりました。どこの店でも感染者の出る可能性の高い大宴会を嫌がったのです。また、実施したことで私の親戚からも、非難の声が上がりました。私としてもそろそろヤバイなあと思い始めていたのですが、今さら止められない微妙な時期でもあったのです。
たしかに直前には、安倍総理大臣による全国の小中高校の一斉休校要請はありました。しかしそれも、《あれは春休みを見込んでの、はったりだ》
くらいにしか感じていなかったのです。
《日本なら何とかする、このまま五月雨感染が続いて、いつか自然に消えてしまうだろう》
そのくらいに考えていたのです。オリンピック・パラリンピックの中止など、頭をかすめもしませんでした。