「後手に回れば怒られる、先手を取っても誉められない」~母のワクチン接種で思ったこと②

 ワクチン接種に不手際が多く、泥縄な対策と朝令暮改
 しかし新型コロナは、今も未知のウイルスなのだ。
 その場その場で最善を尽くすしかないじゃないか、
 ともに頑張ろう。

という話。

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(写真:フォトAC)
 

 【後手に回れば怒られる、先手を取っても誉められない】

 国民の希望者全員がワクチン接種をするとなると大変なことは、1年以上前から分かっていたことです。十分な準備期間はあったのに、政府や地方自治体は何をしていたんだという非難の声があちこちから出ています。
 そもそも政府の打つ手は常に後手後手。対策も小出しで、第二回の緊急事態宣言などロックダウン並みの厳しい対策を長期的に打っていれば、今回第4波の体たらくはなかったはずです。
――と、マスメディアやネット住民の声は大きい。
 しかしちょっと待ってください。政府が先手を打ったことはなかったのでしょうか?

 それについて、私は少なくとも2回はあったと思っています。
 ひとつは昨年2月末に指示の出た全国の学校に対する休校要請です。まだ子どもの感染発表はほとんどなく、一つのクラスターも出ていない段階での休校措置は画期的でした。

 もうひとつはアベノマスク。3月から4月にかけての深刻なマスク不足の時期に、政府が「必ずしも不織布マスクでなくても感染症対策になる」という態度を表明したのは、やはり画期的だったと私は思っています。
 アベノマスクの配布は4月1日という(エイプリルフールだからという意味で)悪いタイミングでの発表でしたが、6日は沖縄の玉城デニー知事が夫人手作りの格好いい布製マスクでカメラの前に現れ、翌7日には小池百合子東京都知事が近所からいただいたという、これも女性受けしそうな布製マスクをつけて登場して、一気に布製手作りマスクが世間に広がるようになります。
 アベノマスクの実際の配布は、それからずいぶん遅れてピントのずれた時期になってしまいましたが、マスク不足は一気に沈静化し、わずかに出回っていた高価な不織布マスクも値崩れを起こします。
 私は素晴らしいアイデアだったと評価しますが、全国の一斉休校とともに世間の非難はゴウゴウ。現在も尾を引いています。

 一斉休校があれほど非難されたことで、政府は海外からの渡航者受け入れの停止に二の足を踏んだと言われています。私の計算では中国からの渡航者受け入れ停止は遅くとも2月中旬まで、その他の国々との往来停止は3月上旬に果たしておけば、ニュージーランドやオーストラリア並みの防疫ができたことになります。3月にヨーロッパから帰国した卒業旅行の学生をおさえるだけでも状況はかなり違っていたはずです。実際にオーストラリアでは5万人もの自国民が、国に戻れなくなりましたが、国を完璧に守るということはそういうことです。

 ニュージーランドのアーダーン首相は国内の感染者が200名の段階で出入国を制限してしまいましたが、人口比で25倍の日本に当てはめれば5000人の段階。日にちで言えば2020年1月23日。2020年の中国の春節休暇は翌日の24日からでしたから、この段階で出入国を閉じていれば、まさに完璧なはずでした。
 しかし今から考えても、そんなことができたとはとうてい思えません。
 
 

【この一年は、どんな一年間だったのだろう】

 話を元に戻して、「希望する国民全員のワクチン接種が大変だなどということは1年前から分かっていたはずだ」という人は、一年前に記憶のないひとだと私は思います。
 記憶によれば1年前の3月、2020年の東京オリンピックパラリンピックを延期したときには、翌年7月にはコロナ禍を完全に脱して、清々しい気持ちで予定通りの大会を開いていると感じていた人が大部分でした。

 ちょうど1年前の今ごろ(5月)も、夏になればインフルエンザと同じように感染が落ち着き、その間に治療薬が開発されると思い込んでいました。今はもう名前も聞かなくなった「アビガン」は第一候補でした。これとは別の何かを組み合わせれば、新型コロナは怖い感染症ではなくなり、早い段階でSARSやMARSのように意識しないで済むようになる、そんなふうにも感じていました。
 第一回の緊急事態宣言下では、東京の1日の新規感染者が206人(2020年4月17日)などという数字に震えあがっていたのです。まさか1日2520人(2021年1月7日)でもあまり驚かない日がくるとは夢にも思っていませんでした。ファクターXと呼ばれた謎の要因が、日本人の感染拡大と死亡数に蓋をしているかもしれないといった漠然とした信頼もありました。
「これはダメかもしれん。日本人の相当数がワクチン打たないと収まらないかもしれない」
 そんなふうに考え始めたのは、実際のところここ半年足らずのことなのです。
 政府に、あるいは地方自治体にワクチン接種の具体的イメージがなかったのは、ある程度やむをえないことだったと私は思います。
 
 

【みんな頑張っているじゃないか】

 公務員は暇で怠けているから叩けば仕事をするはずだと信じる人は、さすがに今はいないでしょう。中央官庁には残業時間が月100時間を越える職員が3000人もいるのです。その一部は300時間を優に超えています。
 地方自治体だって似たようなもので、特にこの一年間は保健所を筆頭に関係する部署は死に物狂いで働いていました。
 菅首相の「毎日100万人接種」はまったくのムリ筋ですが、それでも現場は一歩でも近づけようと頑張っています。同じ日本人ですからそれを私は信じることができますし、心から応援したいと思います。

 私のワクチン接種が1~2カ月遅れたところでそれが何事か――。
 いまだに本質的なところで未知なウイルスに対して、まだ、ともに戦っていく時期じゃないですか。
(ちなみに母といったワクチンの接種会場では、担当者の皆さんは至れり尽くせりの丁寧さでした)

*実はコロナ事態の下で続くマス・メディアやネット市民の「政府のあれがダメ、これがダメ」「あれをしてくれない、これもしてくれない」にウンザリして、J・F・ケネディの就任演説「だから国民諸君よ。国家が諸君のために何ができるかを問わないで欲しい――諸君が国家のために何ができるのかを問うて欲しい」を対置させた文を書こうと思ったのですが時間がなくなりました。この件は別の機会に回すことにします。