「学校のコロナ感染はこれからが心配だ」~校内感染と街の人流を一気に減らす妙案がある

 夏の甲子園では選手と関係者が、感染対策という意味でもすばらしい仕事をした。
 しかし同じことが日常の学校生活でできるとは限らない。
 しかも子どもたちは24時間学校の管理下にいるわけでなく、家に帰ってしまう。
 子どもとその家族が心配だ、いますぐ学校を閉じよ。

という話。  

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(写真:フォトAC)
 
 

【甲子園野球を無事に終わらせたすばらしい人たち】

 すでに2週間近く前の話ですが、「全国高等学校野球選手権大会」、智辯和歌山高校の優勝で無事終了しました。
 8月20日のブログで私は、
「国家が責任をもって全力で対策をすると約束したオリンピック(それでも漏れがあった)やパラリンピックに対して、一企業(朝日新聞)と一民間団体(高野連)の主催する『全国高等学校野球選手権大会』の感染対策が、どこまで有効なのか、私は非常に首を傾げています」
と書きましたが、その予想は見事に外れたわけです。参加された各校関係者、教員、選手の皆さま、そして保護者の皆さま、ほんとうにご苦労様でした。

 辞退した2校は早い時期でしたので地元での感染だったのでしょう。
 あまりニュースにもなりませんでしたが、宿舎として提供した旅館・ホテルの方々も、あれだけ感染拡大が急だった近畿圏で、しかもあれほどの雨天順延を重ねながら、一人の感染者も出さなかったご苦労はたいへんなものだったと思います。
 マス・メディアで誉める人がひとりもいそうにないので、ネットの海の片隅で、私が誉めて差し上げましょう。全くの無力で、ないよりはマシという程度の賞賛ですが、良く果たされました。

 もっとも高校野球の場合は生徒の意識が高く、負けて帰るならともかくコロナ感染で辞退・帰郷など絶対にしたくない、しかも自分のせいで辞退となったら地元に戻ることさえできないと思いつめた生徒ばかりですから感染対策も十分で、野球でできたのだから他の場面(例えば修学旅行)でも、といった軽い気持ちになれないのは当然です。
 また、野球と同じレベルの高い意識を、普通の子どもたちの日常生活に求められても困ります。甲子園野球と違って、終わりが見えているわけではありませんし――。
 
 

【新学期の学校はこれからが心配だ】

 さて今日は水曜日。多くの学校が新学期を迎えた9月1日が水曜日でしたから、ちょうど一週間たったわけです。新型コロナの潜伏期間はおよそ2週間ということになっていますから、新学期の学校で感染しあった子どもたちの発症がそろそろ始まる時期です。
 すでに一足早く先月の18日ごろから新学期の始まっている北海道などでは、学級閉鎖や休校が相次いでいるそうですから、全国的に問題になるのはこれからでしょう。

 私はこの時期に学校が再開されることに大変な不安を感じています。つい先日もニュースで、保育園から新型コロナをもらってきた子どもが母親にうつしてしまい(父親は陰性)、母子二人で不安な日々を送っているという場面を映していましたが、万が一にもこの母親が(あるいはこれから発症する父親が)亡くなるようなことがあれば、その子は生涯苦しむことになります。今は分からなくてもきっといつか知ることになりますから。
 自分が親を死なせてしまったのかもしれない――そんな重い荷物を子どもに背負わせてはいけません。保護者が外で働いていることが前提の保育園ですから、感染者もいない状況で休園にするのが難しいことは分かります。しかしそれだったらせめて小中学校くらいは休みにできないか――。

 「子どもの学びを守れ」などと言っても、一カ月やそこらの休校が学力に与える影響など微々たるものです。そもそも「学力は命より大切」という考え方自体が間違っています。けれどそれにもかかわらず、去年の3月にやったような全国一斉の休校はおろか、緊急事態宣言の出ている都道府県単位での休校ですら、話題となりません。昨年と違って今年は全員分のタブレット・コンピュータが配布され、形ばかりかもしれませんがオンライン授業の用意もあるというのに、頑として学校を止める気配がない。
「子どもの学びを守れ」といった、今まで一度も使ったことのない言葉を流行らせてまでもしない。なぜか――。
 
 

【感染対策は先手を打ったら負け、人々は学校のことなんか分かっていない】

 政府にはトラウマがあります。昨年2月末に安倍元首相が唐突に全国一斉の休校を言い出し、あとになって子どもは感染しにくいことがわかってケチョンケチョンに叩かれて以来、政府の動きは鈍くなりました。来日外国人を制限したり日本人の海外渡航を抑えるのも遅くなり、ワクチンに対してもあまりにも慎重でした。政府があの時に学んだことは、
「『対策が後手後手だ』と非難されても、先手を打って外すよりはマシ」
ということです。

 その様子を見ていたマスコミも、「二学期の開始を遅らせよ」とは絶対に言いません。仮にこのあと学校内感染が爆発的に広がっても、「それを予見できなかった政府の無策」を叩けばいいだけのことです。下手に休校を叫んで炎上することもないでしょう。子どもに休まれるとほんとうに困る親はたくさんいるのです。

 さらに人々の誤解や無理解や希望的観測が、物事を冷静に見る目を狂わせます。
 8月末のMHKのニュース解説「時論公論」では解説員が、
「新学期が始まるに際して、行政は担任の先生が新型コロナで休まれても、いつでも代わりの先生が出せるように準備しておく必要があるでしょう」
などと平気で言いますし(普段だって代わりの先生なんかいねェよ!)、先日の「Mr.サンデー」では学校の感染対策を紹介した後で、宮根誠司氏が、
「学校では先生たちがこんなに一生懸命やっていてくださっているわけで、子どもは学校に行っている方が安全なんですね」
などと平気でおっしゃる。
 たしかに甲子園出場校のように24時間預からせていただくなら完璧な感染対策もできるかもしれませんが、普通の小中学校の子どもは夕方になると家に帰ってしまうのです。そのことを宮根さんは知りません。今や主たる感染の場は家庭で、4人にひとりは家で感染してくる、そんな子が半日学校で過ごして安全なはずがありません。
 
 

【人流を抑える一番簡単な方法のひとつ】

 平成4年(1992)、政府自民党は当時の文部省にも諮らず、その年の9月から月一回、学校の土曜を休みにすると決めてしまいました。子どもや教職員の健康を考えてのことではありません。当時、日本の労働者は働きすぎだという諸外国の非難にも関わらず、週休二日制度が一向に広がらなかったからです。そこで知恵者がひとこと言ったのです。
「学校を週休二日にすればいい。するとパートの母親が一斉に土曜休のある仕事に異動する。すると人手不足に陥った企業は週休二日を推進せざるを得なくなる」
 この目論見は大成功でした。

 それと同じで、週日の人流を減らす一番簡単な方法が学校を休みにすることです。特に小学校低学年の子どもを持つ親は夫婦どちらかが、あるいはママ友が当番制で順に休んで子どもの面倒を見ることになります。それだけでもかなりの人流が抑えられるはずです。
 もちろん政権が倒れるほどの非難ゴウゴウでしょうが、強いリーダーとはそういうことをする人のことです。
 せめて緊急事態宣言の出ている都道府県だけでも、学校は閉じるべきです。