「父親が娘に伝える性教育」�@

 「結局、男の子の教育はお父さん」とか「女子教育は女の仕事」とか言ったりしますが、性教育に関しては両親からやるのが理想的でしょう。性の問題ですから両性の見方はどうしても違ってきます。それぞれの見方を伝えるのは、それぞれの性だというのが理の当然です。

 ここのところ恋愛だとか結婚だとか考えているうちに、私は自分の子たちにどんな話をしてきたのだろうと振り返る気持ちになり、するといくつか、大切に思って繰り返し語ってきたことがあったと気づきました。特に異性であるシーナに対しては、私なりの強い想いや願いがあったので。ここにまとめておきたいと思います。

 内容は、中学生や高校生あたりの時期に話したことです。

(1)避妊なんて知っていてもダメだ

「そりゃあ学校で習ったり友だちから教えてもらったり、基本的な方法は身につくかもしれないけど、知っているだけじゃ話にならない、その知識がいざというときに使えるかどうかだ。

 例えば何かの事情で二人きりになって、何かの拍子に妙な雰囲気になって、そのままの勢いで・・・というときに、『ちょっと待って、コンビニで避妊具買ってきて』と言えるかどうか――。

 それが言えるには相当な余裕があったり、力関係で優位であったり、あるいはそもそも状況に対する慣れがあったりしなければ無理だろう。しかし慣れていると思われるのも気分がよくない。

 あるいはお前の方が惚れていて、ここでストップをかけたら嫌われるかもしれない、あるはみすみす恋の勝利者となるチャンスを取り逃がしてしまう――そんなふうに考えたら、絶対に言えない、成り行きに任せてしまう。しかし人生は成り行き任せにはできない側面ももちろんあるよね。

 何を言いたいかというと、要するに不用意な状況に陥らないように慎重でなければいけないということだ。今の時代だから男の子と付き合うなとは言わないが、自分のコントロールの効く範囲で動いていないと他人や運命に振り回され、周囲を難しいことに巻き込むことになるよ。」

(2)妊娠したら生ませるよ

 私は教育者だから子ども第一に考えるように訓練されている。そんな私が自分の娘に、子どもを始末しろとは絶対に言えない、それを許すこともない。だからお前が妊娠したらきっと生ませるよ。

 もちろんだからと言ってお前たちをほったらかしたりはしない。親として精一杯の援助はする。でもだから子育てを親に任せて、自分たちだけのうのうと高校生活を続けるなんてことはできない、それは分かるよね。

 妊娠・出産したお前が高校に戻って学業を続けるということはできないし、相手にも当然辞めてもらう。二人で働いて、二人で子どもを育ててくのだ。親になるというのはそのくらい覚悟のいることだ。だから互いに了解の上、もう学業はいい、高校や大学を卒業してその上で何かを成し遂げるというのではなく、二人で家庭をつくり子どもを育てて行こうちう気持ちにならないと、親になることはできないのだ。

 大切なことはお前が子どものために他の何かを諦めるということじゃない、彼にも諦めてもらうということだ。他の友だちのようではなく、“彼”は17歳・18歳で働きに出る――その覚悟ができるかどうかが分かれ目かもしれない。

                               (この稿、続く)