「日本の公用語について」①

 先週の金曜日、カーラジオで参議院予算員会のやり取りを聞くともなく聞いていたら、中西健治(無所属クラブ)という議員がとんでもない質問をしていました。「これからのグローバル社会を考える上で、英語を準公用語にしたらよいと思うがどうか」と言うのです。これに対して安倍首相は「(英語を)準公用語と位置付ける考えはない」としたうえで「TOEFLなどを重視する。ある程度早い段階から英語教育をスタートすることも含め、教育再生実行会議で議論を進めている」といった答弁をしていました。まずは穏当といったところでしょう。
 準公用語というものの概念が分からないのですが、日本語を主とし、一段低いところに英語を置いてこれも公用語として使用するといったものでしょう。しかし中西議員、これを真面目なものとして話しているのでしょうか。

 ふたつ以上の公用語を持つ国は少なくありません。たとえばスイスではドイツ語・フランス語・イタリア語・ロマンシュ語の四か国語が公用語とされています。四つも公用語があるのは国民の中にそのうちのひとつしか堪能に使えない人がいるからです。ドイツ語を外してしまうとドイツ語で日常を送っている人々の生活が支障をきたします。ロマンシュ語を日常的に使う人は全人口の0.5%しかいませんが、同じスイス国民として守るためには公用語として大切にするしかないのです。
 具体的には政府の公文書はすべて四か国語で併記されます。現代のロゼッタストーンです。そのための通訳も置き、役人も数か国語に長けた人を雇わなくてはなりません。法律文などは言語によってズレがあってはいけませんから、非常に厳密な対照が求められます。その社会的コストには膨大なものです。しかし多民族国家を公平に運営していくためには絶対に必要なことです。

 いやそうでもない、フィリピンには英語を日常的に話す国民などいないのに英語を公用語としている、という人がいるかもしれません。しかしこれは事情が違います。
 一般にフィリピンではタガログ語が話されていると思われていますが、そうではありません。フィリピンは7000以上の島からなる多民族国家で言語の種類も170以上あります。タガログ語もマニラを中心とする一地方言語で全土に通用する言葉ではないのです。イスラムが広がったりスペインの植民地になったりとそのたびに支配者の言語が全国に広まりましたが、最終的にはアメリカ統治時代に英語が広まってそれが共通に使える言語として定着したのです。何の足がかりもないのに英語を採用したわけではありません。

 日本も、200年以上前はふたつ以上の公用語を持っていました。
 現在も日本国内で「国は?」と聞かれれば、「山口だ」とか「新潟だ」と答えるように、江戸時代の私たちの祖先は、それぞれの「藩」や「国」の国民でした(だから「通行手形」といったパスポートもあった)。言語もそれぞれのお国訛りや方言があって、おそらく津軽弁のお婆ちゃんと博多弁のお婆ちゃんは正常な言語コミュニケーションができませんでした。遠く離れていますから、それで困ることもありません。隣りあう地域の方言は類似しますが、両極端を取れば絶対に会話にならないのです。
 しかし同時に、私たちの祖先は全国に共通する言語をもっていました。それは江戸で使われている言葉です。なにしろ参勤交代で武士たちは1年おきに江戸と地元とで暮らさねばなりませんから、自然と二つの言語に精通することになります。多くの人々がお国言葉と江戸言葉のバイリンガルだったのです。
 明治以降もこの伝統は受け継がれ、いわゆる標準語と方言とのせめぎあいが長く続きます。しかし昭和になってテレビの爆発的普及とともに、標準語が方言を一気に圧倒してしまった、それが現在に至る日本公用語の歴史です。            

(この稿、続く)