「日本語の創造者たち」④〜和製漢語の話

 私は何もいっさい外国語を使うなと言っているわけではありません。
 戦時中おこなった、野球のセーフを「よし」、アウトを「ひけ」と言うような愚かさはもちろん避けなくてはなりませんし、母国語にこだわるあまり極端に英語を排斥したフランスは、ITの世界でずいぶん遅れを取ったといいますからそれも他山の石としなくてはなりません。

 また、例えば“Central Processing Unit”には「中央演算処理装置」という素晴らしい訳語がつきましたが、これも“CPU”という呼び名が普通になっています。たった三文字で済みますし、何といっても“Central Processing Unit”を日常的に使う人は限られているからです。彼らの中だけで通じ合えばいいのです。こういうものは外国語(あるいは外国の略語)でも構いません。
 しかし外来語をより多くの日本人で共有しようとしたら、日本語で置き換えの利くものはできるだけ日本語にしておかないと情報伝達の手段として衰えます。
「ガバナンス」「サステイナブル」「スプリングボード」「ワーク・ライフ・バランス」「パブリックマネー」「東京ブランディング」「コンセッション」「ナニー」(ここまでは小池知事)
 こうした言葉が頻繁に出てくるようでは会話になりませんし、言語としての発展性もありません。
「アライアンスによるインタラクティブかつウィンウィンなスキームでステークホルダーコンプライアンスを・・・・・」(某ブログより)

 幕末以降、外国の言葉、物の名前や概念を表すのに、先人たちは発音表記という方法を取りませんでした。それは漢字という極めて表意に強い文字を持っていたからです。
 漢字を使って大和言葉を漢語風にしたり(「火事」「大根」など)、日本独自の、あるいはこれまでなかったまったく新しい概念や制度、物の名前などを表そうとする(「芸者」「介錯」など)試みは古くからおこなわれてきました。それを和製漢語と言います。

 その和製漢語が短期集中的に、そして意図的につくられたのが幕末・明治時代のことです。西洋文明と直接ぶつかり合い、その吸収が急務とされたからです。
 ふたつ以上の漢字を組み合わせて外国語に対応する新しい言葉をつくったり(「恋愛」「人権」など)、もともと中国にあった言葉に新しい意味を付与したり(「経済」「音楽」など)、それは大変な努力でした。しかし新しい日本と日本人を創るためには是非とも必要な作業だったのです。そしてその仕事の妥当性は、その頃つくられた和製漢語の多くが中国・韓国に輸出され、現在も使われていることで証明されています。

 幕末以降、日本でつくられ海を渡った和製漢語は、「圧延」「意匠」「階級」「温度」「概算」など多種多様に及びます(参考:和製漢語
 驚いたことに「共産党」も「人民」も「共和国」も和製漢語ですから、反日運動がどれほど高まっても中国共産党中華人民共和国から和製漢語を排除しきることはありません。
 それが幕末・明治の先人の偉大な業績です。

 英語を日本の第二公用語にしようとするのは、そうした先人の努力をまったく無に着そうとする試みです。また安易に外国語に頼ることも、日本的思考を守るうえで厳に慎まなければなりません。言葉は思考そのものなのですから。
 私はそのように考えます。

(この稿、終了)