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「“しらけ世代”と“ゆとり世代”が日本を救う」~誰が私たちを日本人に育てたのか⑤(付録)

 今年ノーベル賞を受賞したふたりの科学者は「しらけ世代」。
 現在、日本のスポーツ界をけん引するのは「ゆとり世代」。
 落ち着いた、まじめな青春期を経た彼らが日本を救う。
 しかしそれも間もなく終わりだ。
――という話。(写真:フォトAC)

【しらけ世代が世界の科学を牽引する】

 先々週ノーベル賞を受賞した坂口志文先生と北川進先生はともに1951年生まれです。1951年生まれは広い意味で団塊の世代の最後に含めることもありますが、「70年安保闘争」と呼ばれる学生運動が挫折し、大学から政治色が一気に抜けようとする時代に大学生になった人たちで、70年安保を主導してきた団塊世代の凄まじいエネルギーに比べると、まったく覇気の感じられない「しらけ世代」と呼ばれる一群にあたります。私もその一人です。

 同じ1951年生まれといっても、実はこのふたりには決定的な違いがあって、もしかしたらそのことがいずれかの人生に、影を落としている可能性もあります。というのは、坂口先生は1951年1月28日が誕生日の早生まれで、計算上、大学入試を1968年度(入試自体は翌1969年の2月~3月に実施)に受けたことになるからです。この年、学生運動の激化から、東京大学は入試を取りやめにしました。安田講堂事件のあった年です。

 そのため坂口先生と同い年で東大を受験しようと思っていた人たちは、敢えて浪人をするか、他大学へ志望変更をしなくてはならなくなりました。坂口先生の経歴をみると1976年に京都大学医学部医学科を卒業しておられますから、留年をしていないとしたら1970年の入学生。同い年から1年遅れの入学だったということになります。
 もちろん最難関の医学部ですから単純に1年間浪人したということもありますが、1969年の東大入試中止のために一気に難化した京大入試で撥ねられたとか、東大医学部を目指して敢えて浪人をしたものの結局は京都大学を受験したといったこともあるのかもしれません。いずれにしろ何の影響も受けなかったということはなさそうです。

 北川先生の方は1969年度(入試自体は1970年2月~3月)の高校3年生ですから、直接の影響は受けていません。卒業(京都大学工学部石油化学科)も、1974年ですから順風満帆といったところでしょう。その後大学院へ進んでおられます。しかし大学の雰囲気は1969年までと全く異なっていたことと思います。

 また、ふたりが大学へ入った1970年は、前回の大阪万博が開かれた年です。「こんにちは~、こんにちは~」と世間は浮かれていました。
 よど号ハイジャック事件が起こって学生運動も終末期へ向かおうとします。時代が大きく変わることへの不安からか、三島由紀夫自衛隊駐屯地へ乱入して割腹自殺をしたのもこの年。ケンタッキーフライドチキンの1号店が名古屋に、マクドナルド1号店が銀座に誕生し、銀座や新宿で歩行者天国は始まったのもこの年です。
 新時代の到来に学生たちは進むべき道を見失い、天下国家を語ることなく、足元ばかりを見て生きるようになります。
「社会に対して何もすることがないから、研究でも頑張るかな」
 それでノーベル賞を取るような研究ができた――というわけでもないでしょうが、落ち着いた時期がしばらく続きます。

ゆとり世代が日本に栄光を与える】

 一方、先週、世界に名をとどろかせたサッカー、対ブラジル戦で得点をあげた三人のストライカー、南野拓実、中村敬斗、上田綺世は、それぞれ1995年、2000年、1998年生まれです。大谷翔平選手の1994年生まれとともに、いずれもあの悪名高き「ゆとり世代」にあたります。

 ゆとりですから勉強もしないでサッカーや野球ばかりしていた、だから世界的プレーヤーになれた――そんなふうに考えるのは短絡的に過ぎるでしょう。ゆとり教育は学習内容を減らしたとはいっても年間の時数も大幅に減らしましたから、けっこう忙しかったのです。先生たちも大変でしたが、子どもたちも楽になったわけではありませんでした。ただ、完全学校五日制になったため、リトルリーグのような活動が毎週末にきちんとできるようになった影響は大きく、野球やサッカーをしたい子どもたちには有利な状況が生まれたのかもしれません。

ゆとり世代=力を貯め、落ち着いて、安定した人たち】

 学習内容を大きく削減した「ゆとり教育」の下で学んだから「ゆとり世代」というのもあまりにも単純ですが、そこに「団塊の世代」や「バブル世代」と同じような、特徴的な集団があることは直感的に理解できます。

 彼らは1990年代(プラス前後4年ほど)に生まれた人たちで、初めて意識した国際ニュースが「アメリ同時多発テロ」(2001年)という人も少なくないはずです。
 年号で言えば平成2年~平成12年生まれが中心。バブル崩壊は平成2年(1990年)初頭からですから、生まれてからずっと不況、ずっと貧乏という人たちです。地味で堅実な青春時代を送ってきました。

 ただしこの人たちが20歳前後になって就職期を迎えた時、社会はいつの間にか好景気になっていたのです。私にはその実感があって平成2年生まれの長女シーナ(仮名)の際はさほどでもありませんでしたが、平成5年生まれの弟のアキュラが就職する際にはおそろしく条件が良くなっていたことを、鮮烈な記憶として覚えています。大卒の段階でかなり就職状況が良かったのにも関わらず、それを捨てて大学院へ行くというので恐怖したのです。再び「失われた20年」が始まったらどうするんだと思っていました。しかし2年後はもっと良かった――。

 社会は厳しいと言われて常に地味で堅実な学校生活を送った先に意外と明るい世界があった――その意味で就職超氷河期世代とは全く異なる青春を過ごしてきた人たちです。「ゆとり世代」と言うよりは「ポスト超氷河期(超氷河期後)世代」「脱就職氷河期世代」という言い方の方が、よりこの世代を表しているように思います。
「合理性・心理的安全性・自律性を重視する傾向が強く、新しい働き方や価値観を牽引する世代」(Microsoft AI:Copilot)という特徴づけもよくわかります。
 それが大谷翔平南野拓実、中村敬斗、上田綺世といった人たちなのです。

【きちんとした、道徳的な最後の世代(?)】

 基本的に手堅く、まじめに、安定した人生を送ってきた「ゆとり世代」は、学校や家庭や地域で教えられたことをきちんと守って、グランドに落ちていたゴミを拾い、ロッカールームを掃除して、「来た時よりも美しく」(学校でしばしば使われる標語)ということが自然にできる世代でもあります。
 しかしこの先、もう学校が体験を通して道徳的態度を身につけさせようとしなくなる以上、それを世界に示すことのできる、これが最後の世代かもしれません。残念です。
 合掌――。
 (この稿、終了)