子どもの耳は、いつも親の言葉をとらえている。
そこに注ぎ込まれるのが、
心地よい音楽なのか毒なのか――、
育つ家ごとでずいぶん違っているだろう
という話。
(写真:フォトAC)
【父親のいない三日間】
娘夫婦と三人の孫(ハーヴ・イーツ・ドリ)がそろって我が家に来るはずが、婿のエージュが突然の発熱。もともと電車で一人旅(「ハーヴ10歳、真夏の大冒険!」)の計画があった長男ハーヴを先に送り出し、しばらく様子をみたものの回復はまったく望めないということで、父親のエージュ一人を残して、シーナと残り二人の子が午後の列車で我が家にきました。義理の妹と弟(エージュの実妹と実弟)夫妻が合流しての旅行計画があったため、エージュ夫婦のどちらも来ないという選択肢がなかったのです。
実は午前中に一足先に来ていたハーヴの様子が昼食前から少し変で、自分から「熱を測ってみる」というので体温計を渡したら38・2度。食事をしてからしばらく昼寝をさせました。すると2~3時間も昏々と眠って、目覚めると体温は一気に36・8度へ。本人に言わせると「いつもはこれくらい」ということなので、「真夏の大冒険!」が刺激的過ぎたのかもしれないと、その程度に考えてそれきり忘れてしまいました。しかしおそらくその前後に父親からもらったコロナウイルスをまき散らし、私にも感染させたのでしょう。こういったときは子どもに近い順に感染します。
ともあれ母親のシーナや弟・妹が来る頃にはすっかり元気になって、弟とバスケットボール遊びをしたりビデオゲームをしたり。翌日には私の妻とスイミングプールに行き、買い物に出かけ、さらに三日目は赤ん坊をバァバに預けて、母子3人でレジャープールに行ってたっぷり遊び、夜は夜で祭りの花火見物と、盛りだくさんの三日間を送りました。
【車中の告白】
その三日間、子どもたちが元気なのは当たり前として、母親のシーナが飽きもせず積極的にかかわる姿を見て、私はほとほと感心するとともに、心からうれしくも思いました。母親となった我が子が、自らの子どもをうるさがったり邪険に扱うようだったら、おそらくとてつもなく悲しかったでしょう。しかしシーナはそういう母親ではない。心から子育てを楽しんでいる――。
そこで花火の会場へ送る車中、こんな話をしました。
「それにしてもシーナも、よく飽きもせず子どもたちと遊ぶね」
するとシーナは、
「親として楽しめるのも今だけだからね」
確かに上のハーヴはすでに小学校4年生。男の子ですから母親から離れたがる日も間近です。都会に住む子としては中学受験といった話も出てくるでしょう。そうなれば純粋に楽しんでもいられない。
「でも、近頃、私は子どもにきちんと向かい合っていないのよ」
続けてシーナは、憂鬱そうにそう言います。
「つい最近もね、夏休みに入ってテレビをだらしなく見る日が増えて、私はまあ、夏休みくらいはそれでもいいじゃないとか思っていたのだけど、エージュさんは許せないらしいのよ。それで少しやりあって、ふと気づいたら次の日かな? 白い紙を真ん中に置いて3人で何かを話し合っているの。朝起きてから何時までテレビを見ていいとか、ゲームをする時間とか。
そこまでやるか、と思ったけれどけっこう盛り上がっていて、計画ができるとハーヴはもちろんその通りにするんだけど、イーツまで喜んで計画表を見ながら一日を過ごしたりするの。ああ、やっぱこういうことって大事だなって反省したワ」
【子育て上手の親たち】
親として子育てがうまくいったかどうかは、その子が大人になったときの姿を見ればいいということにはならない。その子が親として、どんな子育てをするかまで見届けないと本当のところはわからないと、いつもそんなふうに言ってきました。子は親の子育てを模倣するのが基本だからです。
しかし実際に自分の子育てを終えてみると、人間の成長を促す要素は山ほどあって、親の養育態度が単純に伝承されるとは限らないことがわかってきます。また、私が影響を与えられるのはシーナだけで、婿のエージュはまったく異なった文化の中で育ってきています。したがってそこにあるのは一組の夫婦が改めて作り上げ、新たな家庭文化なのです。
シーナ夫妻について言えば、その子育ては今のところとてもうまくいっている、ふたりとも子どもの姿を常に見ているから、一方の瑕疵を他方が埋める仕組みがうまく働いている、そんなふうに思えるのです。
夏休みなんだから少しぐらいは大目に見たら、と思うシーナ。夏休みと言えどすべきことはあると考えるエージュ。
「父さんの残した 熱い想い 母さんがくれた あのまなざし」(ジブリ「君をのせて」)
という感じです。
ただこの話の中には、もうひとつ重要な要素があります。それはシーナの話は祭りの花火を見に行く車の中で語られたものであり、それをハーヴとイーツが黙って聞いていたという事実です。二人は何を聞き取ったのでしょう?
【子どもたちは聞いている】
話された内容の細かな機微などは理解できないでしょう。特にイーツはまだ保育園の年長組ですから、何が語られているのかもわからなかったかもしれません。しかし何となく、母親が父親の行動を高く評価していることは理解したはずです。
母親が自分自身を「私は子どもにきちんと向かい合っていないのよ」と言っても、そこだけを拾い上げて「ダメな母親だなあ」などと思うことはありません。それよりも心に深く刻んだのは、母親が陰でも父親のことを「さん」付けで呼び、子どもたちのために日課表をつくった行為を高く評価して祖父(私のこと)に報告したという事実です。それは子どもたちにとって心地よい話だったに違いありません。
一般に、陰で語られる言葉こそ真実の言葉だと思われがちです。そんな状況でシーナの夫に対する深い信頼と尊敬を語る。そしてそれを、二人の子どもが黙って耳にしている。この子たちが悪くなるはずがない、と思う所以です。