カイト・カフェ

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「本が体験を補強し、体験が勉強を補強する」~“本を読むことが当たり前”という家風③

 勉強はあまりにもコスパが悪い。
 しかしやらないわけにもいかない。
 そのコスパの悪い勉強を、体験が補強して、
 その体験の量と質を、本が補強する。(写真:フォトAC)

【学問:人類が行う中で最も効率の悪い活動】

 学問は人類が行う中でも、最も効率の悪い活動です。
 あれほど時間も手間もかけて覚えた化学式も関数も、古文も漢文も、あるいは中学卒業のころ少しは使えるようになっていた英語も、いまや壊滅状態です。

問題:小学校で学んだことが全部役立つ仕事がひとつだけある。それは何か。
答え:小学校の先生。

問題:中学校の社会科で学んだことが全部役立つ仕事がひとつだけある。それは何か。
答え:中学校の社会科の先生。

――というわけで、学校の勉強は「将来、大部分は役に立たない」ことは明白なのですが、だからといってやらないわけにもいきません。そのうちの何かが、いつの日か、もしかしたら決定的な場面で、役に立つかもしれないからです。だから侮れない。

 昔、高橋和己という作家はこんなことを言い残しました。
「知識というのは大きな漁網で魚を獲るのに似ている。一匹の魚が引っ掛かるのはたった一つの網目だが、その網目が生きるためには広大な漁網の広がりが必要なのである」(大意)
 個人のもつ知識の網が広ければ広いほど、そして網目が密であればあるほど、いろいろな魚が引っ掛かり、収穫も大きくなっていくはずです。
 忘れられた化学式や関数も、古文も漢文も、必要になったら学び直せばいいのです。すでに基礎が身についているわけですから、学び直しは、子どもの頃に比べてずっと楽なはずです。

【体験が学問を補強する】

 よく、「子どものころ、精いっぱい遊んでおくことが将来の学習に繋がる」と言ったりしますが、それはこの「知識の漁網」を広げておけということに他なりません。

「夏は7時過ぎまで明るく遊べたのに、冬は5時には暗くなる」
とか、
「朝露で草が濡れていた。夕方になると急に寒くなった」
とか、あるいは、
「春はカエルの声が増える。秋は虫の声が変わる」
とかは、地球の公転と自転、放射冷却や気温の日変化、生物の季節変化や繁殖・成長といった学習の際に「ああ、あれだったのか」と思い出され知識の定着を確実なものにします。

 国語の「ざらざら」「しっとり」「ひんやり」などといった自然の触感から得た語彙を、文章だけで理解することは困難ですし、「夕立の匂い」「夏草のにおい」「冬の空気の痛さ」といった情景描写や「川のように流れる雲」「山が紫にかすむ」といった比喩も、経験のない人には理解の届きにくい部分でしょう。
 算数・数学の立体感覚や時間感覚。社会科で言えば田植えや稲刈りの時期を肌感覚で知っていること、集落も太い道も、扇状地の扇端(せんたん:平地に近い部分)にできやすいといった景観から得られる知識も、体験のある子とない子では異なってきます。

【書籍が体験を補強する】

ただ、昨日も申し上げたように、個人が体験できることには量的・質的な限界がありますし、例えば「三日月って、どっちの空に見えるの?」といったふうに、注意を向けられないと意識化できない体験もあります。
 読書はそうした体験の穴を埋め、可能性を広げるものです。ここに投資しないのは損です。

 繰り返しになりますが、「子どものうちは精いっぱい遊ばせておけ」といっても、朝から晩までコンピュータ・ゲームをやっていていいとか、毎月ディズニーランドに連れて行っているから大丈夫ということにはなりません。うまくやればゲーム制作やテーマパーク運営のバックヤードに興味を持つ、といったふうに体験の質は深まるかもしれませんが、多様性は圧倒的に減ってしまいます。
 ですから私の家では、娘のディズニーランド・デビューは親抜きの小学校の修学旅行でしたし、死ぬほどゲーム機に恋焦がれた息子もついに親から買ってもらうことはありませんでした。可哀そうな子たちです。しかしその一方で、図書券だけはいつもふんだんに与えるようにしていました。一万円の券を渡して、なくなればすぐに次を渡せるようにしていたのです。図書券で買えるのは書籍ばかりではなく、店舗によっては雑貨・ゲームなども買える場合もあり、娘はまだしも息子のアキュラなどはかなり心配でしたが腹を括りました。たぶん仁義は守ってくれたはずです。

【手土産なら図書カード。遺産よりも投資】

 その習慣は現在も続いていて、孫たちには常に図書カードを渡せるようにしています。レゴブロックでも土産にすればとんでもなく喜んでくれるのは分かっていますが、玩具で感謝されるのはその場限りでしょう。後々ありがたがってもらえるのは図書カードの方です。
 以前は1万円ずつふたりに渡していたのですが、3号が生まれてからはさすがに毎回3万円は苦しく、ひとり5千円に負けてもらっています。5千円といってもクリスマスや誕生日のプレゼントに匹敵する金額のものをポンポンと渡すわけですから、もう少しぐらい感謝されてもよさそうなものですが、5千円では本5冊も買えませんから、子どもたちからすればまったく大したことはない、というのも分からないではありません。
 毎週会える距離なら、むしろ図書館に連れて行ってやる方がいいのかもしれません。しかしそれが無理なら、遠い将来の遺産として現金で残すより、いま、図書カードとにして渡す方が、よほど有益な投資になるかと思うのですが、いかがでしょう。
 (この稿、終了)