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「紫式部の書いた第三の物語が『光る君へ』」~NHK大河ドラマが終わった

 NHK大河ドラマ「光る君へ」が終わった。
 今回の大河は観方が特殊だ。
 視聴者は推理劇を観るように、
 脚本家の仕掛けを探った、
という話。(写真:フォトAC)

NHK大河ドラマ「光る君へ」が終わった】

 NHK大河ドラマ「光る君へ」が終わりました。視聴率は「いだてん?東京オリムピック噺」に続くワースト2だそうですが、確かな爪痕を残したように思います。
 個人的には、第2作「赤穂浪士」から60年間も大河ドラマを見続けてきた私にとっては、「平清盛」「麒麟が来る」「鎌倉殿の13人」を押しのけて、断トツの1位に上げたくなる作品です。吉高由里子の押さえた声と目の演技は毎回背筋が寒くなるほどすごかったですし、柄本佑の次第に重厚さを増していく姿は「この人、天才俳優なんだ」と思わせるに十分なものでした。
 しかし何といっても平安時代というあまり知られていない時代の歴史的事実と、源氏物語というフィクションの幻想を織り交ぜた脚本の勝利で、「大石静という人はこれで歴史に名を遺したな」と私などは本気で思っております。
 
 現実の一条帝と中宮定子の関係は源氏物語の桐壺帝と桐壺更衣に模され、中宮定子の亡き後、その子・敦康親王(あつやすしんのう)が中宮彰子に預けられた経緯は、桐壺更衣の子の光源氏藤壺更衣に預けられた経緯に重なります。だからこそ敦康親王と彰子の親密さが一条帝を不安にさせ、「源氏物語」の世界に一気に引きずり込んでいく――。
 ところが一方の中宮彰子は同じ源氏物語でも藤壺ではなく、紫の上に自分を重ねており、まだ子どもだった自分を手元に置いた一条帝を光源氏のように慕っていたという構成――これにはまったく舌を巻くばかりです。

源氏物語を知らないと本質的な面白さは分からない】

 しかし困ったことに藤原道長が出世を重ねた平安時代の歴史的事実とフィクションである源氏物語の呼応は、仮にマンガ版であっても「源氏物語」を読んだことのある人間にとっては死ぬほど面白いのですが、源氏物語を知らない人間にとってさっぱり愉快ではない、普通のドラマなのです。
 さらに「紫式部日記」の一部だけでも読んでいれば、ドラマ「光る君へ」が日記の各場面をどんな風に料理するのかといった別の面白みも見えてきます。
 中宮彰子の産んだ最初の子・敦康親王(あつやすしんのう)の誕生50日目の祝いの席で、右大臣藤原顕光(宮川一朗太)が酔いしれて几帳の垂れ布を破ってしまったとか、藤原実資ロバート秋山)が女官の袖口から見える重ね着の数を数えて(質素が守られているか確認して)いたとか、道長紫式部に和歌を強要し、式部が詠むとすかさず道長が返して来たところなどは、脚本家独特の色調に代えてうまく再現されてきます。
 「日記」では式部の歌に道長が返しただけの、どうということのないやり取りで、道長の正妻・倫子は道長が酔いすぎて遊びが過ぎると不機嫌になったのですが、ドラマでは道長のうますぎる返歌に周囲の者たちが唖然とし、道長の正妻・倫子は二人の関係を怪しんで不機嫌になるというふう変わっていて、きわどく日記の事実を曲げてドラマにした大石の手腕を感じさせます。
 「光る君へ」は随所にそうした仕掛けがあって、それが楽しめる人には楽しいのです。

【最後の四回分は宇治十帖のように感じが違う】

 紫式部が物語を書くのをやめ、道長が「この世をば~」と詠んで周囲を困惑させた第44回の「望月の夜」(11月17日放送)のあと、何か主題が見えないまま最終回まで続いた4回分。紫式部が旅に出て大宰府で「刀伊の入寇(といのにゅうこう)」という事件に遭い、京へ戻って道長の臨終に立ち会い、また旅に出るという部分は、何か付け足しみたいで大団円を期待していた私には物足りないものでした。
 しかし源氏物語を書き終えた紫式部の人生も、それ自体が付け足しのようなものです。私自身の現在に重ね合わせても、もっとも熱中して取り組んだ教師という仕事と父親という仕事を終えた今は、付け足しのような人生にはなっています。しかしそれでも生きていくほかはない。今の私にできることは何か――。
 可能なのは自分の生きた時代を総括し、来る時代の足音を感じ取ることなのかもしれません。

紫式部の書いた第三の物語が「光る君へ」の可能性】

 「光る君へ」の最終回の最後の場面は、紛争の起こった東北地方へ向かう武者の双寿丸を見送りながら、式部が心の中で呼びかける「道長様・・・」と、声に出して呟く「嵐が来るわ」。そして長い静止映像。
 私はここで昔の大ヒット映画「ターミネーター」の最後の場面を思い出しました。主人公のサラ・コナーズが砂漠のガソリンスタンドに寄り、給油を終えて出発しようとするとメキシコ人の子どもがスペイン語で「嵐が来るよ」と叫びます。それを聞いたサラは「分かっている」と答え、嵐の来る方向に向かって車を走らせるのです。
 「光る君へ」の最後も「ターミネーター」の最後も、ともに嵐の予感が次の物語を引き出す場面です。そういえば「光る君へ」の最終回の副題は「物語の先に」でした。

 「光る君へ」と「ターミネーター」の相似という可能性を考えると、道長の病床に通って物語を続ける紫式部の、毎日の最後の言葉「続きはまた明日」は、明らかに千一夜物語のシェヘラザードの焼き直しですし、その式部の語っているのは三郎と名乗る少年と見知らぬ少女との出会いに始まる物語、つまり「光る君へ」そのものだったという仕掛けは、ミヒャエル・エンデの「はてしない物語」と同じように見えてきます。

 道長の臨終の枕もとで語った、紫式部源氏物語に続く第三の物語(第一の物語は幼少期の賢子が燃やしてしまった)は貧しい家の三郎から始まる話でしたが、のちに練り上げられて「光る君へ」と題した物語に完成させられます、それをNHKがドラマ化し、1年間をかけて放送したと――穿ち過ぎかもしれませんがそんなふうに考えるのも面白い。

 私は得々と自分思いや知識を語っていますが、大石静NHKのスタッフが仕込んだ数々の仕掛けの、1%も発見していないのかもしれません。場面のひとつひとつ、セリフのひとつひとつに何か仕掛けがあるのではないかと疑い、丁寧に記憶をたどったり、調べたり、人の話を聞いたり――それが今回の大河の一番の面白みだったような気がします。

【最後に、宣言!】

 私は紫式部清少納言が知己だったということ、道長と式部が不倫関係にあったという可能性、源氏物語は式部の処女作ではないという話、それらの一切を私は支持します。

 平安時代の貴族なんて家族を合わせても3千人程度しかいないミニ社会です。どうやったら紫式部清少納言は会わずに生活で来たのでしょう? 
 「日記」にはとある夜、道長が式部を訊ねて来て、式部がやんわりと遠ざける場面が出てきます。この時は確かに拒否しました。しかしその後も拒否し続けたかどうかは分かりません。瀬戸内寂聴は「式部が道長を拒否する合理的な理由は、まったくない」と言ったそうですが、誰が考えたってそうでしょう。時の最高権力者ですよ。ドラマの中では赤染衛門が、“正妻に知られなければいい”みたいな言い方をしていましたが、そういう時代でもありました。
 脚本家の大石静NHKスタッフには、こころより敬意を表します。