カイト・カフェ

毎朝、苦みのあるコーヒーを・・・

「え? 公開授業って、そんなふうに思われてるの?」~嫌われ仕事ナンバー1、研究授業の実相①

 テレビドラマ「フェイクマミー」、
 面白い学校ドラマだが、意外な場面があった。
 公開授業が中止になって、教師や子どもが傷つくのだ。
 あれって、そんなに人気があったのかい? 
――という話。(写真:フォトAC)

【ドラマ『フェイクマミー』】

 先週、秋のテレビドラマについて書いているときには話題とならなかったのですが、妻が「『フェイクマミー』もかなり面白いよ」と言い出して、妻も見ていなかった最近のものも含めて、6回分のVTRを一気に見ました。なかなかおもしろいものでした。

 主人公・花村薫(波瑠)は、東大卒の元キャリアウーマン。転職活動中にベンチャー企業社長でシングルマザーの日高茉海恵(川栄李奈)と出会う。茉海恵の娘・いろはは名門私立小学校の受験を控えているが、親子面接のことを考えると、外見や言葉遣い、教養といった点で茉海恵本人では合格できる気がしない。そこで薫に代理受験を依頼。薫は葛藤の末、契約を結んでみごとに合格を勝ち取るが、合格後もそのまま偽ママを続けることになる。嘘から始まった2人の関係はやがて友情や家族の絆を深めながら、さまざまな社会的リスクと向かい合っていく――といった物語です。

 新たな脚本家の発掘・育成プロジェクト、第1回「TBS NEXT WRITERS CHALLENGE」で大賞を受賞した園村三の『フェイクマミー』をドラマ化したもので、さすが大賞だけあって細部まで配慮の行き届いた作品です。
 「偽ママ」という前代未聞の依頼をする女社長にも、犯罪に加担しようとする東大卒の元キャリアウーマンにもそれぞれの思いがある。そこには客観的には受け入れがたいが、筋の通った明確な正義もあって、その主観的な正義が複雑に絡み合う――私はそういった厚みのある人間の描かれたドラマが好きです。
 踏みとどまればいいところで人間的な弱さや雰囲気に流され、言ってはならないことを言ったりしてはいけない約束をしてしまうというのも、ありがちなことで好感が持てます。
 ただ今日これを扱うのは、ドラマの感想を言うためではなく、前々回(第5回11/7分)で、驚くべき学校の描かれ方がされていたので、それについてお話ししようと思ったからです。

【「フィクほど」:フィクションにもほどがある】

 もちろんフィクションですから、大概の嘘や脚色には目をつむることができます。
 たとえば、「主人公の娘が通う学校の保護者会は柳和(りゅうわ)会と名付けられた伝統ある組織で、学校経営に重大な影響力を持っている。現在は三羽烏と呼ばれるお局様型幹部に牛耳られているが、この組織の幹部であることは自分の子どもに留学推薦を取るなどの点で非常に有利なため、保護者たちは屈折した意識を持っている」という設定。
 実際の学校のPTAが役員に何の役得もなく、なり手もなくて次々と潰れている現状と比べると、あまりにも荒唐無稽な気がしますが、それとて舞台が私立の有名小学校ということを考えるとあり得る話として受け入れることができます。入学準備品の一部(例えばメロディオンのケースなど)は親の手造りでないといけないというのも、融通の利かない私学にありがちなこととして考えることもできます。
 しかし公開授業が、教師も子どももやりたがる特別なものというのはいかがでしょう。学校の常識として、あまりにも違う描きに方はびっくりしました。

【できれば回避したい仕事ナンバー1】

 ドラマに出てくる小学校教師は、前任校で深く傷ついて現任校に流れてきた人です。
 何があったかというと非常に優秀な公開授業を行って高い評価を受け、次の大きな公開に向けて教師も児童も張り切っていたのを、職員会でひとこと、「保護者から、ひとつのクラスだけが特別扱いされているという指摘がありました。実際に公開授業をすれば、ほかのクラスに差がつくのは明らかなことです。ですので今から中止していただきたい」と言われて引き下がってしまったのです。おかげで児童からは「どうして中止なのですか? 先生は“最後までやり切れ”と言ってくれたじゃないか。ふざけんな!」と罵られ、保護者からも「家でも練習していたのに、どうしてくれるんですか」と詰め寄られ、結局、子どもの成長の機会を守れなかった自責の念から、学校を辞めてしまったのです。だから今回は偽ママという犯罪に加担しても子どもの成長を後押ししたい――と、物語の流れとしてはいいのですが、しかし公開授業なんて教師にとってさっぱり楽しいものではありませんし、できれば回避したい仕事のナンバー1なのです。

【公開授業あれこれ】

 番組の中では「公開授業」と言っていましたが、広義としては保護者参観日の授業も「公開」ですからドラマの趣旨とは異なるでしょう。この場合の「公開授業」というのはおそらく研究公開授業のことで、学校内ではむしろ「(公開)研究授業」という縮められ方をするものです。
 
 学校には毎年外部からさまざまな形の研究依頼が来ます。大型のもので言えば文部科学省指定の多年度研究。たとえば「小中併設型で学力向上を目指す一貫教育の研究」とか「教科担任制を小学校に導入する場合の教育課程の研究」とか、あるいは「教員の相互乗り入れによる学習環境の充実の研究」とかいったものです。テーマが与えられ、2~3年をかけて研究してその成果を発表するように求められるのです。たっぷり予算がつけられることも多い文科省の指定研究は、その部分だけを拾うとオイシイ面もありますが、全国から数百人もの参観者が集まりますから大変さも半端ではありません。
 
 その文科省指定を頂点に、都道府県レベル、市町村レベルでも同じような研究指定があり、ひとつひとつに公開授業がつきまといます。予算のつかない場合がほとんどで(だからいくらでも指定校はいくらでも増やせる)、テーマ自体は多年度に渡っても指定校は毎年替わるのが普通です。もちろん研究成果は公開され、各校に共有されなくてはなりません。
 さらにそれ以外に学校独自で行う校内研究授業というのもあって、同じ学校の先生方に見てもらう場合もあります。場合によっては、それを校外の先生たちにも見てもらおうと言い出す困った校長もいないわけではありません。
 (この稿、続く)