カイト・カフェ

毎朝、苦みのあるコーヒーを・・・

「人の助け方を一つ覚えた」~飲み会ひとつで始まったふたつの事件①

 久しぶりの飲み会で、飲み方も分からなくなってきた。
 しかも老人の飲酒は、それ自体が危険だ。
 我が身を知るとともに、友人のために、
 たくさんのことを覚えなくてはいけない。
という話。(写真:フォトAC)

【死んでもいいが、死に方には注文がある】

 金曜日に昔の仲間との飲み会があって5人ほどが集まりました。高校時代の同級生が中心で、もう50年来の付き合いです。本来は2カ月に一度の割合で行っていたのですが、コロナ禍以来さまざまな事情で定期的に開くことができなくなり、今回も昨年の9月からの久しぶりの会です。
 
 本当のことを言うと私はここ数週間、体調が悪く、疲れやすかったり心拍が飛んだりといったことがあるので、参加しようかどうしようか迷っていたのです。幹事が自分の行きつけの店を選んだのですが、それが駅から歩いて30分もかかるところで、行きはまだしも帰りは酔って歩いて脈拍がバンバン上がり、(脈が)飛んで、飛んで、飛んで、(目が)回って、回って、回る~となって途中で心臓が止まっても困るなあ、と思ったりもしました。
 いつも「自分はいつ死んでもいい。いま死んだら幸せ」とか豪語しているのですが、身にやましいところがたくさんあるので突然死は困るのです。できればガンで、十分に準備してから死にたいと思っています。
 心臓に不安はあるものの、しかし仲間との付き合いも大事。そこで翌週(今となっては今週)役所に出さなくてはならない大切な書類があったのでそれに付箋を一枚貼り、「万が一の場合は、これを市役所に」と書いて居間に置いて家を出ました。当面はそれだけやっておけば大丈夫でしょう。
 年寄りの飲み会はある意味で命がけです。しかし大真面目に考えられても困ります。

【仲間が倒れる】

 さて、寒風の中、ウンザリするような気持ちで30分あるいて会場に入り、「駆けつけ三杯」とかで乾杯の前に冷酒三杯をあおると、もう止まらなくなり、そのあとは焼酎と冷酒を交互に飲みながら、料理を突つき、ビールで口をゆすぐと、ウイスキーに手を染め、また箸で料理を突いて――と、そうこうするうちに突然、真向いにいた友人が隣りの隣りの友人に、
「オイ! ◯◯、大丈夫か!?」
と声をかけます。
 みると仲間のひとりが突っ伏して、テーブルの上に重ねた手の上に、さらに頭を置こうとしています。
《おや、おや、珍しく眠り込んだワ》
と私などは思ったのですが、声をかけた友人は慌てて席を立ち、ひとり飛ばして突っ伏した友人の横に屈みこむと、床に崩れ押しそうになるのを必死に下から押し上げようとします。さすがにそこまでいくと他のメンバーも異変に気づいて、手を出して体を支えるとともに盛んに声をかけ、意識を呼び覚まそうとしました。
 顔は真っ青で、返事がはっきりしません。指が震え、額に薄く汗をかいていす。

【捨てる神あれば、拾う神あり】

 すると薬剤師をしている友人がいて、その彼が、
「あれ? オマエ、糖尿の薬飲んでなかった? 飲んでいたよな?」
 それに対して意識のしっかりしない方は、ウン、ウンと小さく頷きます。
「今日は薬飲んだ?」
「飲んだ」
「あ、それじゃちょっと待って――」
と薬剤師は自分のバッグを漁り、何かのスティックを取り出すと、
「あ、使用期限切れてる、でもいいよな」
とか言ってコップにスティックの中身を入れ、お湯で解き始めたのです。
ブドウ糖
 それを飲ませていくらもしないうちに、意識の薄れた友人はようやく息を吹き返してきました。

 私は調子を崩した友人の家にたまたま数日前に電話したことを思い出し、見ると送信履歴の一番上に彼の自宅の電話番号があったので急いで電話をかけ、奥さんに迎えに来てもらうことしました。
 しばらくして迎えが来て、そのころには酔いも少し醒め始めたので、もう一押し。けっこう飲んでその夜は何らかの方法で、死にもせずに帰ってきました。

 翌土曜日、10時過ぎに彼の自宅に電話をすると、本人が元気よく出て、
「オウ! 昨日は悪かったな。すっかり復活して今朝は5時から体操にも言ってきたぞ」
 大事にならなくてほんとうに良かったと思いました。

【人の助け方を一つ覚えた】 

 友人が倒れそうになった原因は「低血糖」だそうです。血糖値が正常範囲以下にまで下がった状態のことをいい、冷や汗・動悸・意識障害・けいれん・手足の震えなどの症状があらわれます。対処方法は簡単で、症状を感じたらすぐにブドウ糖ブドウ糖を含む清涼飲料水(150~200mL)、砂糖(20g)などを採り、安静にしているのだそうです。疲労がたまっていたのか、昼食が早すぎたのか、あるいは飲み会の会場へ急いできたのが悪かったのか、そのあたりに原因があったようです。
 いずれにしろ薬剤師の友だちのおかげで私たちは気を失う原因のひとつを覚え、対応のしかたも学びました。こんなふうにお互いの心配に詳しくなり、対応を学んでいくことも、これからの飲み会の嗜みになるのかもしれません。

 さて、心配なら翌朝すぐにも電話で確認すればよかったものを、なぜ土曜日の10時過ぎまで連絡しなかったのか――そこにはもうひとつの別な事件があったのです。
(この稿、続く)