「1学期ごくろうさまでした」~子どもたちに伝えたいこと  

 長く困難な1学期が終わる。
 多くの時数が失われたが、本質的な部分で何を失ったのか、
 それも見ておく必要もあるだろう。
 私たちは語るべきことを語らないまま進んでしまうのかもしれない。

というお話。

f:id:kite-cafe:20200731073711j:plain(「丘の畑」 フォトAC より)

 


【歴史に残る学期】

 まさか日本の半分も梅雨が明けないまま、まさか1個の台風も(来ないどころか)発生しないまま(*1)、まさか終業式をしないまま、7月31日を迎えることになろうとは、だれも予想しなかったことでしょう。
 しかしまさか“1学期終業式が8月までずれ込んでいる学校”もないと思います(*2)ので、今日をひとつの区切りとしておきます。
*1 7月の発生がないということで、台風1号・2号は自体は5月・6月にそれぞれ発生しています。しかし数としても少ない。
*2 調べたらけっこうあるみたいでした。


 2020年度の1学期は日本教育史に残る異例の学期となりました。入学式が終わったかと思ったらそのまま休みになってしまったり、そもそも入学式ができなかったり――。
 リモート、リモートと繰り返し叫ばれても学校にできることはほとんどなく、先生たちは電話や家庭訪問で児童生徒と連絡を取りながら、教材研究など日ごろはできない仕事に集中しておられたかと思います。あとで大変なことになると分かった上での “ゆとり”ですから心安らぐこともなかったと思いますが、長い教員生活の中で、そんなふうに研究に打ち込めることは稀です。災い転じて福となす。今学期の経験が将来に生かされるといいですね。

 さて、学校の先生にとっては悪いことばかりではなかった1学期、子どもたちはどうだったのでしょう?

 

【学力のことは心配していない】

 私は学力のことはあまり心配してはいません。
「失った時間の分だけ詰め込み教育となるから、置いて行かれる児童生徒も多いはず」
とおっしゃる方もいますが、世の中の人々が心配する学力――算数や数学の問題が解けるとか、国語の読解力とか、あるいは社会科の歴史の流れだったり地域的な特徴だとかは、案外短時間で身につくものです。そうでなければ学校よりずっと時数の少ない学習塾や予備校の先生は仕事になりません。

 学習塾や予備校の先生は、子どもたちが平気で「塾の先生の方が教え方がうまい」というように、ある意味で公立学校の先生よりはるかにうまくやっています。それは塾の先生たちがエキスだけで勝負するからです。

 世の中には理科の実験に気を取られて、肝心の学習内容が抜け落ちてしまう子がたくさんいるのです。算数で、分数の割り算の構造について学び終えた瞬間にエネルギーが枯れてしまい、“割る数が分数の場合は、分母と分子をひっくり返してかければいい”という簡単な部分が意識から遠のいてしまう子もいます。
 1時間の授業の中で集中すべきところと緩めていいところのリズム感が悪く、先生のどうでもいい話ばかりを覚えて帰る子もいます。
 そうした子どもたちには、むしろ短い時間でエキスばかりを教える授業の方がはるかに向いている場合があるのです。一度やってみればその様子がよく分かります。

 ただしそんなふうに言うと、
「いや、それでは真の学力はつかないだろう」
とおっしゃる先生もいるかもしれません。それはその通りで、私も気にしています。


 

【今学期、子どもたちに話しておきたかったこと】

 いわゆる見えない学力――高い言語能力・豊かな人間性・好奇心・問題解決能力等々――はエキス中心の短時間教育ではつけることはできません。だから義務教育だけでも9年間も必要になります。
 今回のコロナ禍で失われる“見えない学力”のための時間は9年間の学習のほんの一部で、コロナ事態が終わってから修復可能な範囲とも言えますが、今でないと難しいこともあります。

 例えば、今は世界中が自国のコロナ対応に夢中で、海外の状況など気にしていられませんが、実はこうしている間も、世界は大きく動いているのです。

 先月(6月)の16日に、北朝鮮の開城にある南北共同連絡事務所が北朝鮮軍の手によって破壊されました。この事件が小中学校の授業で扱われることはまずありません。しかし担任の教師が朝の会で、あるいは社会科の教科担任が授業の冒頭で、ひとこと触れるだけで生徒数400人の学校の一人くらいは反応するかもしれません。好奇心をくすぐられ、調べてみようという子が一人でも出れば、それで十分です。

 新型コロナの発生源である中国は、ここのところ海洋進出が激しくて、海警局の船は繰り返し尖閣諸島海域を侵しています。しかしそれ以上に問題なのは香港でしょう。香港で何が起きていてこれからどうなっていくのか、あの若者たちは何をしているのか、香港の大人たちはなぜ若者を止めないのか、そういうことも機をとらえて子どもたちに知らせておきたいことでした。

 今回のコロナ事態で大きな犠牲を払った国のひとつはスペインです。私は日本の状況とともにスペインもずっと追ってきましたが、二つの国の感染者数をグラフにして並べると次のようになります(左がスペイン、右が日本)。

f:id:kite-cafe:20200731073902j:plain あちこちのサイトで見られるのとほぼ同じで、スペインが日本のように第2波に向かっていきそうな雰囲気がよく窺えます。しかしその現実的な意味はまったく違うのです。

 上のグラフでは縦の軸の目盛りはスペインの最大値が10000であるのに対し、日本は1400です。これをともに10000で合わせると次のようになります。f:id:kite-cafe:20200731073920j:plain だいぶ雰囲気が変わってきます。

 さらに感染者数ではなく、死亡者で目盛りをそろえたグラフをつくるとこうなります。f:id:kite-cafe:20200731073937j:plain 日本の方がマシだとか、日本は大したことがないという話はありません。ここ6カ月あまりの間、スペインはこれほどの苦しみと死と、悲しみに耐えてきたということです。
 具体的事実としてはほとんど報道されてきませんでしたから、私たちはその苦しみも死も悲しみも知らないのです。すべての国の国民が自分たちのことで精いっぱいで、他国のことを顧みる余裕がありません。

 それが今回のコロナ事態の、最も恐ろしい一面です。他人を思いやることがまったくできなくなっている、その隙を縫って利権を拡張しようとする国々もある、それなのに私たちは何の対応もしていない――。
 
 

【当たり前のことが実は大変だと教えたい】

 人を思いやる、他人の心の隙をつくようなことはしてはいけない――そういったといった当たり前のことが、実は大変な努力と忍耐の上に成り立っていたのだということを、今こそ教える時です。そしてこんな時だからこそ、敢えて私たちは自分以外のものにも目を向けていなければならない、そういうことも教えたい――。
 しかし時間はあまりにも不足し、そんなことをやっている暇はないのです。

 今年の夏休みはとんでもなく短く、2学期の準備も十分にできないかもしれません。しかしその間も、このコロナ禍の中で失ったものは何か、それをどこでどう補っていくのか――そういう観点で見直しておくことも必要なのかもしれません。

*「アフター・フェア」も夏休みでしばらく充電期間を置きます。再開は8月17日を予定していますが、いつもの通り、その前に出てくることも、何回かあるかもしれません。
 新型コロナにも熱中症にも夏バテにも気をつけて、短い夏休みをお過ごしください。