「教員に文化人はもう出ない」〜教員の夏休みの変遷

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  8月31日のNHKチコちゃんに叱られる」の中で、「学校に夏休みがあるのはなぜ?」という問題が出されました。

 「暑くて勉強できないから」あるいは「欧米の教育制度をそのまま導入したため」などいろいろ考えられますが、番組では次の答えを採用しました。

 

「先生たちが勉強するため」

 

 何かピンときません。

 確かに勉強はしていますが、そのために夏休みがあるというのは当の教員ですら思いつかない答えです。

 

 

【番組の流れ】

 番組では評論家の尾木ママこと尾木直樹氏が出てきて、

「先生たちは普段から勉強したいけど、授業が6時間もあって子どももいるからなかなかできない。夏休みは子どもが学校に来ないからそこでまとめてやるようにしている」

といった話をします。

 そして夏休み中の先生たちが授業研究をしたり、プログラミングや小学校英語の研修をしたり、二学期の運動会のダンスの振り付けを考えたり、あるいは運動場の整備、修学旅行の下見といった普段はできない仕事をしている様子を紹介しました。

 

 さらに研修中の先生たちにインタビューをして、

「子どもたちが笑顔で『できた』『楽しかった』『うれしかった』と聞ける(ママ)ように夏休みも頑張っています」

とか 、

「(夏休みは)子どもたちが頑張る姿をイメージしながら、(勉強する)時間がしっかりとれる。(普段は)なかなかできないので」

とかいった声を拾い出します。

 そして最後に、「すべては子どもたちのため。先生たちは夏休みも一生懸命頑張っているのです」と締めくくるのです。

 

  「先生たちは夏休み中も、子どもの笑顔のために頑張っている」などという話は、もしかしたら世間の人たちは信じてくれないかもしれませんが、大真面目に、本気でそういったことを考えるのが教師です。番組が夏休み中の教員の生の姿と声を、全国に紹介してくれたことに心から感謝したいと思いました。

 

 

【先生たちはなぜこんなに勉強するようになったのか】

 NHKはおそらく、夏休み中も本気でまじめに頑張る先生たちの姿を放映したかったに違いありません。しかしそのままでは番組になりません。

「チコちゃん――」は5歳の女の子が素朴な、しかし本質的な問題を大人に投げかけ、きちんと答えられないと「ボーッと生きてんじゃねぇよ!」と叱って本当のことを教える番組です。だからどうしてもその形式に嵌めこまなければならないのですが、そこで無理をした結果でき上がったのが、「学校に夏休みがあるのは何のため?」=「先生が勉強するため」という妙な組み合わせだったのかもしれません。

 

 番組は続いて「いつからこんなに勉強するようになったのだろう」という話に進んでいきます。

 再び尾木ママが登場して、

「2002年に学校週五日制ということで土日も休みになったんですよ。先生たちは夏休みが40日もあってさらに土日も休む。そうしたら“学校の先生ズルイ”と社会的バッシングが始まって、本当に大変だったんですよ」

 その後夏休み中の教員の勤務が見直され今日のようになった、現在の先生たちの夏休みはお盆を中心とした前後一週間ほどで、普通のサラリーマンと変わりなくなっているという話も出てきました。

 

 最後に尾木ママは 、

「昔は、使おうと思えば40日まるまる(休みに)使えて、本当にいい時代よ。ボク、いいときに(教員を)辞めたよ」

などとと笑わせます。

 

 

【自宅研修という賜物】

 ただしこの説明、間違っているとは言いませんが不十分です。昔の教員だって40日まるまる休んでいたわけではありません。私が教員になった35年前の夏休みは、お盆の三日間を除けば毎日出勤していました。なにしろ部活がありますから。

 

 受講しなければならない研修は今よりずっと少ないですがあることはありました。また公的研修のなかった分、昔の方が自主研修ははるかに多かったのです。先輩の煩い時代ですから否応なく多くを受講していました。

 1学期の校務の後始末、2学期の準備も当然ありました。しかしそれでも現在に比べたらかなり自由だったのも事実で、その裏付けとなったのが「自宅研修」の制度です。

 

 これは教育公務員特例法第22条第2項に認められた教員の権利で、次のように表現されています。

「教員は、授業に支障のない限り、本属長の承認を受けて、勤務場所を離れて研修を行うことができる」  

 

 つまり校長が承認すれば研修のために学校を離れても構わないわけで、内容も限定されていませんから映画を観ても音楽を聴いても、キャンプに出かけても海水浴に行っても、それらはすべて研修とみなすことができました。映画に詳しかったり音楽が理解できたり、キャンプや海水浴の技能が高いのも、教員として必要な資質と言えばその通りです。私たちは夏休みの動向表に、心置きなく「自宅研修」と書いたものです。

 夏目漱石だの芥川龍之介だの、あるいは中島敦石川啄木など、明治以来の文豪の中には教員経験者が多数いますが、彼らだって「自宅研修」を生かして創作に邁進したに決まっているからです。

 

 私の新任時代は、高校の先生の中には学期中であっても一日2時間の授業のために出勤して、あとは自宅研修にしてしまうという人だっていたくらいです(さすがに義務教育学校ではそういうことはありませんでしたが)。大学教授並みです。

 

 しかしやがてそれもなくなってしまいます。そしてそれは尾木ママの言う2002年の学校週五日制完全実施からではなく、さらに10年以上遡る1980年代末からのことでした。

 事の起こりは教育問題でも教師の労働問題でもなく、国際政治・経済問題です。

 

 

【休めない土曜休のまとめ取り時代】

 1980年代後半、主としてアメリカとの間で深刻な貿易摩擦を起こしていた日本は「働きすぎ」「労働者の労働時間を短縮すべき」といった批判にさらされていました。そこで政府は1800時間労働を実現するために、民間に呼びかけるとともに、1988年からは国家公務員や地方公務員を4週6休として、とりあえず隔週の週休二日制を始めることにしました。

 ところが急なことで、指導要領の改訂などもしなくてはならない学校は対応できなかったのです。そこでやむなく事務と校務の先生だけが隔週で休み、児童生徒と直接触れ合う教員は、夏休みなどの長期休業中にその分をまとめ取りにすることになったのです。

 

 これまで長期休業の動向表にやたら書かれていた「自宅研修」が、ほとんど「指定休(代替え)」になります。「指定休」は正式な休日ですから心理的には以前より堂々と休めますが、外から見れば「先生たちは夏休み中、さらに学校に行かなくなった」と見做され、肩身の狭さはむしろ昂じた時代です。

 

 1992年、公務員の完全週休二日制が始まると長期休業中の「指定休」は一気に二倍になり、いよいよ長期休業に収まり切らなくなります。そこで同じ年の10月、唐突に第2土曜日を休日とする月一度の学校週五日制が始まりました(1955年からは第4土曜日も)。

 

 さらに10年後の2002年、ようやく完全学校週五日制が実施されるようになり、教員も他の公務員同様土日休みとなります。毎週きちんと土曜休が取れるのですから、長期休業中のまとめ取りもなくなりました。

 

 

【自宅研修は戻らなかった】

 元を質せば長期休業中の「自宅研修」が減ったのは「指定休(代替え)」が増えたためですから、学校週五日制が進展して「指定休」がなくなったら「自宅研修」を復活させればよかったのですが、そうはなりませんでした。

 

 1970年代の凄まじい校内暴力が収まって80年代半ばから登校拒否(不登校)やいじめ、非行、学力低下などが問題になり始めると、それらは教員の質の低下が原因と考えられましたから、いまさら「自宅研修」のような説明の難しい制度は復活しようがなかったのです。

 

 尾木ママは「社会的バッシングがあって」と言いましたが私にその記憶はありません。むしろ文科省都道府県教委・市町村教委が先手を打って長期休業をどうでもいいような研修で埋め尽くし、「自宅研修」を認めない方向に転じたものと思っています。世論を慮ってのことです。法律としては残っていますが、「自宅研修」を承認する校長はもういません。

 

 しかしこの実質的な制度変更――学期中は月に60時間〜80時間といった無給の超過勤務を強いられながら、長期休業を休んでいると「先生たちは楽をしている」「遊んでいる」「ズルイ」と言われることを怖れてのことですからかなり抵抗がありました。

 

 

【文化人はもう出ない】

 教員にとって、夏休みはもう自由に使える時間ではなくなりました。

 

 宮沢賢治は花巻農学校で教鞭を取りながら本を読み、レコードを訊き、小説をや詩を書いて出版にこぎつけようとしました。  新見南吉も教員をしながら童話や童謡、詩、短歌、俳句などに励みました。

 

 私自身が小中学生の頃でさえ、夏休みの間じゅう野に山に蝶を追いかけてそれで研究者になった先生や、同人誌をつくり詩や小説の創作に余念のなかった先生がいました。

 退職後、陶芸家になった先生もいました。

 高校の美術の先生の彫刻作品は、今も市立美術館の一角に常設展示されています。

 いずれも昔の教員の、潤沢な時間や余裕が生み出したものです。

 

 しかし少なくともこの二十年、私たちより下の世代にそうした文化人は一人もいません。今の状態が続けば今後も絶対に出ては来ないでしょう。

 

 この記事のタイトルに使った写真のチコちゃんの言葉を借りて、私も言わなくてはなりません。

 

「つまんねー奴だな(今の先生たちは!)」

 

(もちろん若い先生たちの罪ではなく、学校をこんなに忙しい世界にしてしまった人たちの責任なのですがね)