「世界はそれぞれ違うという、当たり前の話」~新型コロナの数字から見えてくるもの① 

 新型コロナ感染の数字やグラフを見ているだけでも、
 さまざまなことが浮かんでくる、分かってくる。
 しかしたいていのことに関して、
 私たちは手をこまねいて見ているしかないのだ。

というお話。

f:id:kite-cafe:20200610063751j:plain(「パンデミック(赤)」フォトACより)

 

【エクセル、魅了】

 高校2年生くらいまで一番好きな教科は数学で、将来は数学者になろうと本気で考えた時期もあります。高校3年生で教科担任との折り合いが悪く、それで数学がわからなくなってあっさり諦めたのは、結局その程度のものだったということでしょう。
 教員になって10年ほど経ってから、現職のまま大学院に行かせてもらえる機会があり応募しました。そこで統計処理をしなくてはならない事情があり、金がないのに泣く泣くコンピュータを買って初めてエクセルに触れました。そしてハマりました。性に合ったのです。
 教員になって10年ほど経ってから、現職のまま大学院に行かせてもらえる機会があり応募しました。そこで統計処理をしなくてはならない事情があり、金がないのに泣く泣くコンピュータを買って初めてエクセルに触れました。そしてハマりました。性に合ったのです。

 以来、仕事の中でエクセルが使えそうな場面があると一度は必ずやってみて、残したエクセル・ファイルはかなりの数に上ります。
 そんなふうでしたから退職して困ったことのひとつは、もうエクセルでやることがない、家計簿なんかつくっても面白くないということでした。

 それでも機会があると、ニュースなどで出てきた数字をエクセルに乗せ、あれこれいじってみる癖は抜けません。特にここ数カ月は、新型コロナ感染の拡大を表やグラフにして、楽しんでいるというと語弊がありますが、あれこれ考えたり想像したりしています。

 

【世界は正確さを求めない】

 例えば、東京都が感染者数の報告を誤って2度も訂正したことについて、マスメディアはファックスが使われたことを問題にしてあざ笑うがごとき記事を何本も出しましたが、いかにも「そんな遅れた国は日本だけだ」と言いたげな文章を書いている記者の皆さんは、諸外国がどんな方法で感染者数や死亡者数を報告し、どれだけ正確な統計を作成しているのか、ご存知なのでしょうか?

 以前、ドイツの例を紹介しましたが、フランスの新規感染者数の推移なんてまったくの気まぐれ報告で、毎日まじめに報告してくる出先もあれば思い出したようにまとめて報告してくるところもあるみたいです。
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 そうかと思うとスペインの新規死亡者報告はマイナスが出ます。
 死亡者が367人もいた4月24日の翌日はゼロ、次の26日はいきなり666人も報告されて翌27日はまたゼロ。明けて28日は632人。5月になるとさらにメチャクチャで、24日の新規死亡者が74人だったのが、翌25日はマイナス1918人(たぶん訂正)。26日は283人。その次の日から毎日1人、1人、2人、4人と一ケタの日が5日続いて6月1日が813人、翌日ゼロ。3日もゼロ、4日はマイナス807人。以後、新規死亡者は毎日1人ずつです。
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(新聞社などの統計ではマイナス部分をゼロとしてグラフを作成しているみたいです)

 ラテン系はいい加減だという話をしたいのではありません。世界はこれでも通用するということです。

 場合にもよりますが、統計的正確さなど、医療の現場を疎かにしてまで追求すべきものではありません。非常時なのですから。
 その点で東京は、やりすぎるほど丁寧にやってきました。ファックスを使っての報告ですが――。

 

【イランの事情】

 数字やグラフはそのままでものを語ることがあります。
 下のグラフはイランの新規感染者数の変化を示したものですが、一目瞭然、今まさに第2波のピークに向かおうとしている(あるいは越えたばかりの)ところです。
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 私は、トランプ政権が生まれるまで、イランがかなりまじめに核合意を守っていたという気がしています。だから経済制裁などする必要がなかった。

ドラえもん」のスネ夫のび太をいじめる際に「のび太のくせに」という言い方をしますが、要するにのび太は「のび太」だからいじめられるのであって、態度を改めても土下座して謝っても、のび太が「のび太」でいる限り、いじめられるしかありません。スネ夫をトランプに、のび太をイランに置き換えると世界とイランの位置関係が分かります。

 経済封鎖のせいで医薬品や医療器具が不足し、そのためにバタバタ倒れていくのは庶民です。イランの現状については映像として伝わってくるものも少なく、知ったところで何かができるわけでもありませんから、見ても見ないふりをするしかないのですが、それでも「我々が手をこまねいて放置していた」事実だけは胸に刻んでおく必要があります。
 
 

スウェーデン

  スウェーデンについては私自身が気づくのが遅れ、継続的なデータを写していなかったので日本経済新聞のグラフをそのままお借りします。見ての通り、まだピークを越えたという感じではありません。

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 この国は先進国で唯一、集団感染をめざしてロックダウンなどの強硬な手段を取らなかった国です。日本のように国民がマスクをすることもなく、レストランなどの営業自粛も求められずに人々は普通の日常生活を送っています。

 集団感染というのは国民の6割~7割が感染すれば、免疫を持ったその人たちが盾となって、それ以上の感染拡大はないという考え方です。しかし4500人以上を死なせて現在の感染率はわずか7%少々。集団感染が完成するためには、これまでの10倍近い人の死が必要なのかもしれません。

 人口わずか1023万人のこの国で、4万5000人近くが感染しながら医療崩壊に至らなかったことには秘密があります。

 スウェーデンの場合、80歳以上の新型コロナ患者は集中治療室に入れてもらえないのです。80歳未満でも基礎疾患のある人は一般の隔離病棟で死んで行きます。生き残る可能性の高い人から助けていく、それが政府の方針で、国民は快く受け入れていると言います。
 理屈は分かりますが、心情的にはまったく同意できません。

 福祉国家としてつとに有名なスウェーデンですが、老人や病人が多く死ねば生き残った者にはその分、手厚い福祉を与えることができる、ということなのでしょうか?
 合衆国で黒人が有意に多く亡くなり、ブラジルで貧者が率先して死んで行く、大統領はともに防疫に不熱心――まさか意図的なものではないと思いますが、どこか似た感じがします。

 本気の話ではありません。
 しかしそんな皮肉のひとつも言いたくなる現実です。

(この稿、続く)