カイト・カフェ

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「マネ『フォリー・ベルジェールのバー』の不快と愉しみ」 

 東京都美術館にマネを観に行ってきた。
 以前から気になっていた「フォリー・ベルジェールのバー」に会うためだ。
 今はデジタル画像がいくらでも手に入る時代だが、
 実物を観て初めて分かることも多い。

という話。

f:id:kite-cafe:20191216074644j:plain(マネ「フォリー・ベルジェールのバー」)

【コートールド美術館展】

 新しく登録した買い物サイトの使い勝手を確認したいということで、妻が上野の森美術館の「ゴッホ展」のチケットを買ってくれました。で、せっかく東京まで行くのだからとあちこちの美術館を調べていたら、ふと目についたのが上の絵、「フォリー・ベルジェールのバー」でした。東京都美術館「コートールド美術館展 魅惑の印象派」に展示されている一枚です。

 コート―ルドというのはイギリスの実業家で、人絹(人造絹糸=レーヨン)で財を成した人物です。そのコート―ルドが独自の審美眼で買い集めた作品を中心に設立されたのが、現在はロンドン大学の付属施設になっているコート―ルド美術館。正式にはコートールド美術研究所というのだそうです。

 私は絵の分からない人間なので、偉大な収集家の集めたコレクション展だとか〇〇美術館展とかが苦手です。一人の画家の成長だとか、○○派といった美術的傾向の発生と変化だとかいったまとまったテーマがないと、作品単独では価値が見えてこないのです。

kite-cafe.hatenablog.com

 ですからだいぶ前からこの展覧会のことは承知していたのに、「コート―ルド美術館展」というタイトルだけでパスしてしまって、中身についてはまったく気に留めていませんでした。
 ところが今回、ここに「フォリー・ベルジェールのバー」が展示されていることを知って、“この一枚を観るだけでもいいな”という気持ちで出かけることにしました。
フォリー・ベルジェールのバー」は昔からそれくらい気になっていた一枚だったのです。

【「フォリー・ベルジェールのバー」】

フォリー・ベルジェールのバー」はフランス印象派のマネの油絵で、1882年にサロン・ド・パリに出品された作品です。

 画題のフォリー・ベルジェールはパリのミュージックホールで、現在も営業されているそうですが全盛期は19世紀末から20世紀初頭にかけて、いわゆる世紀末文化の匂いのプンプンする時代です。
 フォリー・ベルジェールのバーは劇場の一角にあったアルコールを提供するカウンターで、中に立つバーメイドは高級娼婦の一面もあったと言われています。

 私がこの絵に魅かれる一番の理由は、中央に描かれたバーメードの物憂げな美しさのせいですが、同時にこの絵の持つ不可解な居心地の悪さ、なんとも言えない不快感のためです。
 とにかく右奥の二人の人物が気に入らない。描き方が雑で立ち位置も定まらない。
 二人の人物のすぐ下のオレンジや花を挿したグラス、ビール瓶などの緻密さと比べると、雑さはいっそう際立ちます。

 私はのちに、中央の女性が大きな鏡(手首のあたりに金色の縁がある)を背に立っていて、右に描かれている後ろ姿の女性の方はその鏡像だと知るに至るのですが、そうなると不快感はさらに増します。実像と鏡像の位置関係が狂っている――。

【どこまで行っても不快】

 その点についてWikipediaは、
「この絵は、発表直後から、多くの批評家を困惑させた。鏡の位置の不確かさ、バーメイドの後姿が右へずれていること、バーメイドが応対している紳士が手前には存在しないこと、カウンターに置かれたビンの位置と数に相違がある、等である。だが、2000年に復元された劇場で撮影された写真により、この絵の不自然ではないことが判明している。バーメイドは紳士とは向き合っておらず、紳士は画面の左側にいるために描かれていない。鑑賞者はバーメイドの正面ではなく、すこし離れた右側に立っている。したがって、バーメイドは少し左を向いている」
と書いていますが、本物を見ればWikiの説明がまったく通用しないことはすぐにわかります。

 バーメードは多少左に体をねじりながらも正面を向いており、後ろ姿の女性は男性と数十cmの近さで向き合っています。その間にカウンターのテーブルがあることを忘れさせてしまうほどの近さです。

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 カウンターテーブルといえば左の方を見るとWikipedia の指摘のごとく酒瓶の種類や本数があっていないばかりか、位置関係も変です。
 テーブル上に置かれた品々から考えると、画家はバーメードの正面で、ほぼ彼女と同じ目の高さから鏡の風景を見ているはずですが、その位置から見たテーブルも酒瓶も、あんなに高い位置にくるはずがありません。
 そしてなにより、背後の小さな人物たちが二階バルコニー席の観客だとすると、カウンターテーブル自体が一階観客席の頭上に浮いているとしか思えない位置にあるのです。客たちも宙に浮かばない限り、飲み物を買うことはできません。
 右の男の居場所の定まらなさも、それに由来することもわかってきます。

f:id:kite-cafe:20191216075013j:plain そのほか、バーメイドを挟んでバルコニー席の左と右の人物の描き方に差があって、右は左半分の鏡像ではないかと疑われる点、つまり右半分は鏡の中に描かれた別の鏡に映った像ではないかということ。
 実像を思わせる左半分の観客は明らかに画面の左の方に目を向けていて、そちら側にステージがあること窺わせるのに、左上には空中ブランコに乗る芸人の足が見え、舞台の位置が分からなくなること。再び右を見ると鏡像を思わせる右半分の観客はやはり右方向に顔を向けているように思えてくること。だからやはり右半分は鏡の中に映った別の鏡の像なのかもしれない等々。この絵はだまし絵のように謎だらけです。

 そしてここまできてようやく、私は私なりの結論に達します。

【実物は語る】

 思うにマネは意図的に視点を外して鑑賞者を弄んでいるのです。中央のバーメードとテーブルの品々を極端に写実的に描いて私たちの目をくぎ付けにしておいて、背後で好き勝手を行う。画面のあちこちに不調和や不鮮明を置いてあの“いやあな感じ”つくりだし、私たちをとらえて離さない。
フォリー・ベルジェールのバー」の妖しい魅力はそこにあるのです。

 絵は大きさ92cm × 130cm。なかなかの大きさです。
 油絵具は劣化が遅いので手前の品々などはつい最近描かれたように美しく光って、その精密なタッチを浮き上がらせています。
 花瓶代わりのグラスの、写真のように鮮やかな写実性など、やはり実物を観ないと分からないことはたくさんあります。ぜひ本物を見てもらいたいところです。

 ただし東京都美術館「コートールド美術館展 魅惑の印象派」は昨日が最終日で、これから行こうと思っておられた方には申し訳ない話です。