「都会で育つこと、都会で子育てできることが、今更ながら羨ましい」~ゴッホを見てきた

 ひょんなことから上野の森美術館の「ゴッホ展」に行ってきた。
 ゴッホは何度も見てきたが、行けばやはりそれなりの学びはある。
 それにしても、都会の子の、都会で子育てができる親の
 なんと羨ましいことか。

という話。

f:id:kite-cafe:20191217063946j:plain上野の森美術館ゴッホ展」)

【日本人はゴッホが大好き】

“新しく登録した買い物サイトの使い勝手を確認したい”という、芸術性も愛情も感じられない理由で妻が買ってくれた「ゴッホ展」のチケット。迷ったのはついでに行こう決めた東京都美術館の「コートールド美術館展 魅惑の印象派」とどちらを先にしようかということでした。

 1月13日まで開催している「ゴッホ展」よりも二日後に最終日になる「コート―ルド~」の方が混むに決まっていますから(と思い込んでいた)、そこに何時に入るかが決め手です。経験上、開館時刻より前に行って並んでいるか、来場者が食事に行ってしまう12時15分~30分ごろに入館するのが楽なのです。しかし展覧会が単独だとどうとでもなるものの、はしごとなると時間配置が難しい――。

 迷ったあげく「コートールド~」を先にして時間前に並び、そちらは比較的楽に鑑賞できたのですが一部当ての外れたことがありました。あとから入った上野の森美術館が予想以上に混んでいたのです。

 ゴッホがとても珍しいというならまだしも、「ゴッホ展」と名の付く展覧会はしょっちゅうやっています。私が自分のブログで調べただけでも、この10年間に2回(2010年と2017年)も行っていて、今回で3回目。さらにその間、「印象派展」や「浮世絵展」、あるいは「コートールド~」でもゴッホが展示されていましたから、もしかしたら2年に1回くらいはゴッホの実物に会っているのかもしれません。

 日本人のゴッホ好きは格別で時間に関係なく混むということなのかもしれません。入場が11時半と昼食時にはまだ間のあったせいもあるでしょうが、作品の前に4重5重くらいの人垣ができていてなかなか近寄ることができないのです。私は少し、来たことを後悔しました。
 妻にチケットをプレゼントされるという奇貨がなければ、パスしていた展覧会です。さほど執着はない。

 ただし行けばそれだけの価値はもちろんあります。

 

上野の森美術館ゴッホ展」の二つの発見】

 今回の展覧会についていえば、ゴッホに影響を与えた人々の作品がたくさん見られたこと。特に“オランダのバルビゾン派”というべきハーグ派(灰色を基調として自然の中で風景や農民の姿を描いた)の人々の作品に多く触れられたことは、「ゴッホはどこから来たのか」を考える上でとてもよい体験だったと思います。もっとも“ゴッホ”を見るつもり来た人には余計な作品が多すぎるといった感じはあったかもしれません。

 もうひとつは今回の目玉作品である「糸杉」の、画面で細かく反射する照明光です。厚塗りの絵の具の凸凹のあちこちに照明の光が当たってチカチカと反射して、どう体の位置をずらしても光の粒は避けられないのです。

 これまで額に嵌められたガラス板に照明が当たって見えにくいということはありましたが、作品自体に当たる光が邪魔くさいということは記憶にありません。
 油絵具は劣化が遅く、解き油との調合がうまくいっていると100年~200年たっても制作当時の艶を失うことはありません。だから光が細かく反射するのは不思議ではないのですが、展覧会場で絵の見えずらさに苦しんだこともない――おそらくそこはプロの人たちが微妙に調整して、余計な光が入らないようにしているからでしょう。
 だとしたら今回の上野の森美術館は何かの計算違でそうなっているのでしょうか。そう言えば“特殊なLEDを使っています”みたいな掲示があったような気もします。

 

【「糸杉」の光】

 その邪魔な光は、しかし私にとって悪いものでもなかったのです。

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 右の糸杉はネット上からお借りしてきたものですが、無駄な光の反射は一切ありません。プロの写真家が余計なものの一切映り込まないように技術を重ねた結果なのでしょう。その腕は確かですが、かえって本物とは違った感じです。油絵具のテカリが一切ない分、くすんだ印象になっているのです。本物はもっと光り輝いている。

 書店で手に入る画集は、どんなに素晴らしいものであっても本物の大きさと作品の周辺の不純物、余計な光や宙に浮くほこり、鑑賞者の息遣いや幽かに立てる物音を写し込むことはできません。
 それを手に入れることのできるのは、腹の足しにもならない芸術にいくばくかの金とエネルギーを注ぎ込んだ者の特権です。
 それが本物を観に行くべき重要な理由のひとつです。

 

【都会を羨む】

ゴッホ展」ではないのですがその前に観た「コートールド美術館展」の会場には中学生とおぼしき制服姿の女の子たちが何人もいました。
 同じ制服の男子の姿はありませんでしたから私立の女子校なのでしょう。全部合わせても一クラス分いるかどうかという微妙な人数でしたから、希望鑑賞だったのかもしれませんし、混雑を避けて複数の美術館・博物館に分散して巡回しているのかもしれません。

 安易に声をかけて問題となってもいけませんので聞きもしませんでしたが、それが修学旅行のような旅行行事の一部だとしたら計画に美術鑑賞を組み込んだ先生たちのセンスに頭が下がりますし、都内の学校の子たちだったらほんとうに羨ましいことです。いつでもこんな高級な展覧会を見に来ることができるのですから。

 テレビ番組「開運!なんでも鑑定団」の中島誠之助さんが言っていましたが、鑑定眼というものは“良い作品だけを見て養うもの”だそうです。一流のものばかりを見てきた眼に、まがい物、ダメなものはすぐにピンとくるのだと言います。

 私は子どものころから悪いものをたくさん見てきてしまいました。親としても子に美しいものだけを見せてきたわけではありません。

 若いころ暮らした東京には未練はまったくないのですが、いまでも都会の子どもたちや都会の親たち・先生たちが羨ましいと思うのはこういうときです。
 一流のものにいつでも触れることができる。

(付録)
 せっかく東京まで来たので娘の家に寄ったら、
 5月に生まれた二人目の孫のイーツの頭が
 “ゴッホ”だった。

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