「子どもが学校に行かないと言い出した時に、親としてなすべきこと」⑧〜不思議な人たち

 昨日は「親が子につけておくべき問題センサー」というお話をしました。小遣いを与え過ぎないとか、部屋をいつも整頓させておくとか、家庭内で挨拶をしあう習慣を持っておくとか、そう言ったことを例示しました。

 親が声をかけたのに挨拶を返さないのは、最初のシグナルです。まだ挨拶が習慣づいていない場合は「きちんと挨拶しなさい」で済みますが、十分に習慣化した後の無視には別の対応が必要です。その子が何らかの問題を抱えているかもしれないからです。

 よく整頓された部屋に持っているはずのない品物が入っていたら、それは「盗んだ」か「脅し取った」か、あるいは「押し付けられた」かです。
「押し付けられた」場合は金を払っているはずですから、母親は自分の財布の管理をしっかりしなおさなくてはなりません。多くの子が最初に盗みを働くのは母親の財布に対してです。出し入れの多い母親の財布はどうしてもだらしなくなりがちで、多少抜いても分からないからです。
 父親の財布に手を出す子は母親の財布を漁りつくした子です。その父親の財布から1万円札を抜き出すようになったら、これはもう末期です。大胆すぎます。しかし多くの親はその段階まで来ないと気がつきません。ほんとうは「子どもが持っているはずのないものを持っている」段階で気づいて対処しなければならないものを、そこまで引っ張るから解決が難しくなるのです。

 15年半も無欠席だった娘の不登校が二日で終わったことには“問題センサー”の発報以外にも様々な好条件がありました。
 そのひとつは、何といっても日ごろから、多くのことを父親に話す習慣があったことです。難しいことがあればとりあえず父親と話してみる、父親に報告する義務がある――そうした関係を築き維持するために、私はたいへんな時間とエネルギーを注いできました。それも自慢です(もちろんそうしたことが好きだったという側面は大いにありますが)。

 しかし何といっても一番重要なのは、バレーボール一辺倒に偏してそこで潰れた娘が、戻っていくべき人間関係を持っていたことです。学校の内にも外にも、喜んで迎えてくれる仲間たちがいました。

 これだけたくさんのものを持ちながら、それでもうまく行かないことがある。その恐ろしさに私は震えましたが、何の頓着も持たない人がいます。それもかなり多くいます。
 それが何よりも不思議です。

 (この稿、次回最終)