「佐世保事件の父」

 7月に起きた佐世保女子高生殺人事件の、加害少女の父親が亡くなりました。自殺だといわれています。事件当初は爆発的に報道されたこの事件も、以後情報が途絶えたのかマスコミの上で評判になることはありませんでした。今回の自殺もテレビでは臨時ニュースで扱われたにもかかわらず、その後の扱いはずいぶん小さなものでした。これ以上深く入り込もうとしても、新しい何かが出てくるように思えないからでしょう。

 自殺する人は、最後は正常な判断を失っていると思いますので非難する気にはなれませんが、私だったら石に噛りついても正気を失わず、どんなに悲惨な人生でも地を這ってでも生き続けると思いました。私には重大な義務があるからです。

 それは事件を記録するとともに、いつか社会に戻ってくる “娘”を見守る義務です。“見守る”というのはその子を“見守る”と同時に、その子から社会を“見、守る”という意味でもあります。それが父親としての義務です。

 事件に対する父親の責任は、世間で言うほど大きなものだと私は思いません。病妻を亡くしてすぐに再婚したのが悪いといった言い方もありましたが、それは的外れ。少女本人が言っているように「お母さんが死んで寂しかったので新しい母親が来てくれて嬉しかった」の方がよほど事実です。少なくともマスコミの語る常識的な物語は、この子には不似合いです。

 児童相談所や警察への通牒が遅れたことも非難されるべき汚点として繰り返し報道されましたが、結果論ではなく現在進行形の物語として考えるとき、父親の行動の遅さをあげつらうのは酷のような気がします。

 普通の生活(戦場ではなく犯罪組織の社会でもないという程度の意味です)の中で、殺人を予想することは困難です。それが家族の犯罪となればなおさらでしょう。しかしそれにもかかわらずこの家族が事件を現実的な話として理解し、児童相談所や警察の一歩手前まで行けたのは、それがたまたま佐世保だったからです。10年前の事件を通して佐世保の人たちは“女の子が友だちを惨殺する可能性”に無頓着ではなかったはずです。

 ほかの地方・地域で同じ状況が生まれても、おそらく親も医師も、現実の問題として殺人を思い浮かべることはできかったでしょう。その意味で、事件の父親のむしろ対応は早かったとさえ言えます(しかしそれでも間に合わなかった)。

だからと言って責任がないとはもちろん思いません。事件を回避する可能性はほとんどなかったとしても、道義的な責任は取る必要があります。そしてその方法もあったはずです。

 1980年代、アメリカに伝説的な猟奇殺人魔が出ます。男女人種を問わず17人を殺して食したとされるジェフリー・ダーマーです。その父親で数学者のライオネル・ダーマーは後に息子との生活を記録した著作を出版しました。「息子ジェフリー・ダーマーとの日々」です。

 息子の成長の過程や父子の関係を、非常に丁寧にそして克明に描いたこの作品から、しかしどこに間違いがあったのか、どこをどうすればよかったのかといった教訓を引き出すのは困難です。けれどそれにもかかわらずこの著作はなければならなかった――誰かがこの中に何かを発見するかもしれないからです。

 佐世保女子高生殺人事件の加害女子について、その生い立ちを細部まで語れるのは本人だけになってしまいました。それは大きな損失です。私だったら「石に噛りついても正気を失わず、地を這ってでも行き続けたい」と思うのはそのためです。