カイト・カフェ

毎朝、苦みのあるコーヒーを・・・

「いっそ義務教育を10年に」~嫌われ仕事ナンバー1、研究授業の実相⑤

 部活も授業研究も最初から時間外のものだった。
 そこに勤務時間内の仕事が押し出されてくる。
 これではたまったものではない。
 解決策はもう「義務教育10年」くらいしかない。
――という話。 (写真:フォトAC)

【最初から勤務時間外に押し出されていた“研究”】

 テストの採点をする、授業や作品の評価をする、明日の授業の準備をする、各種行事の計画を立てる、教室や備品整理をし、各種の記録を残す、会議に出る(職員会・学年会・各種係会・委員会など)――教員が放課後に行わなくてはならない仕事は山ほどありますが、まとまった形で存在して巨大なものは部活動と公開授業のための授業研究です。

 部活動については、うまくいくかどうかは分かりませんが、「外部へ出す(校内の活動としては行わない)」ということで、学校や地域・教委・保護者等で、ほぼ合意ができています。しかし授業研究の方は校外へ出すというわけにはいきません。大型の授業研究会を減らすとか、指導案のページ数を減らすとか様々な改善策はなされていますが、研究自体の質を下げてもいいという話にはなりません。
 授業研究はもともと教員の仕事の本丸です。授業研究を通して、教師はより児童生徒を知り、分析し、授業法に改良を加え、個人としての授業力も高め、さらに一歩、成長した教師として日々、児童生徒の前に立つべきなのです。
 問題は、その本丸が最初から勤務時間の外に置かれ、無限の奉仕を期待されているということです。しかもその傾向は年々深まっていると言えます。

【部活も授業研究も楽しかったじゃない?】

 本来、授業研究も部活動も、教師にとって楽しいものでした。授業研究は結局、自分のためになるものですし、とにかく独自の教材を掘り起こし、加工し、整理して形にする。子どもをじっくり観察して、その子がどういう考え方をするのか思考の類型を探し出す。その子にどんな支援や助言を与えれば成長を促すことができるか、考えて試し、試しては考える。それは一種のモノづくりであり、心理ゲーム・推理ゲームであり、言葉のやり取りであり、演劇であり――と、楽しくないはずがありません。

 部活動だって、部員はうまくなって選手になりたいから、学級の子どもたちに比べてはるかに素直で扱いやすいし、吹奏楽部や演劇部なども含めて、基本的に勝負だったり賞レースだったりしますから闘争本能を刺激され、その面でも面白いのは当たり前です。
 土日も働かされると言われればその通りですが、休日に釣りに行ったり野球観戦に行ったりすることを考えると、自前のチームを持っていて自由に使える方がよほど面白いという言い方もできます。
 両方とも努力や勉強が反映し易い世界で、ほとんどのことが自分の手の内で起こるので制御しやすいという長所もあります。
 実際、昔の私は両方とも好きでしたし、両方とも夢中になれました。中心的なことはすべて勤務時間外に行わなければならないという重大な問題はありましたが、それでも嫌にはならなかったのです。ところが今や両方とも、嫌われ仕事のナンバー1、ナンバー2です。なぜ先生たちは我慢できなくなったのか?
 それはひとえに、本業、指導要領に書かれている業務が忙しくなって、本来業務まで勤務時間外にあぶれてきたからです。

【とにかく本務が異常に増えた】

 勤務時間外にあふれ出てきた仕事の代表は「総合的な学習の時間」(以下「総合」)です。1998年(平成10年)の指導要領改訂で、小学校6年生は年間110時間(週3時間以上)、中学校3年生で70~130時間(週2時間~4時間弱)と決められた*1「総合」は教科書のない学習で内容は「学校独自」と定めたため、先生たちが一からつくらなくてはならなかったのです。
 現役の先生たちの大半にとっては、教員に採用された当初からあったものですから、意外と負担は少ないかもしれません。しかし昭和の教師はまったく指導することのなかったものですし、特に中学校の学級担任にとっては、自分の教科と道徳、特別活動の三つが指導の柱だったところに第四の柱が立ったわけですからほんとうに大変でした。

 その他、昭和時代にはなかったもの、会ってもたいしたことのなかったものは、数え上げたらきりがありません。
 追加教育と呼ばれる「平和教育」「人権教育」「性教育」「総合的な学習の時間」「特別の教科『道徳』」「小学校英語」「プログラミング学習」「キャリア教育(職場実習やキャリアパスポート)」「ICT教育」「環境教育」「薬物乱用防止教育」等々。
 追加制度としては、学校がきちんと機能しているのか確認するための「全国学力学習状況調査」「教員評価・学校評価」「学校評議会」「地域連携」等々。
 もちろんその間に「非行対策」「不登校対策」「いじめ対策」「発達障害対応」「教員不祥事への対応」等々、昔はしなかったこともするようになりました。
 中でも保護者対策は、準備・後始末・対策会議等々で膨大な時間を消費することになり、教師たちの時間を膨大に消費するようになります。

【いっそ義務教育を10年に】

 部活動は地域移行が成功しても失敗しても学校内から消えていくでしょう。公開授業は形骸化しながらも残る可能性はあります。しかし実質的な授業研究は次第に衰えざるを得ません。当然教育の質は下がりますが、文科省はこれをいわゆる「教育のスタンダード化」「授業のマニュアル化」(誰がやっても授業は同じ)で乗り切ろうとします。
 文科省が悪いわけではありません。「新時代に向けて新たな教育が必要」と言い続けて次々と学校に新しい教育内容を押し込んでくる政治家・経済団体・マスコミ等の要求に応えようとすれば、当然そうなるのです。

 あとは――。
どうせ少子化で教室は余り始めているのです。言語の特性*2から日本人の子どもの就学年齢は1年早めてもかまわないという事情もあります。学習内容が減らせないなら、いっそのこと5歳で入学、小学校6年制度・中学校4年制の義務教育10年にすれば、ほんとうに意味で「ゆとりある学習」が可能になり、教員の働き方改革も劇的に進んで、部活も授業研究も勤務時間内に取り戻せるかもしれない、そんな夢想をするしかないのです。
(この稿、終了)

*1:現在は小中学校ともに70時間(週2回)に減らされました。

*2:「かわいそうなアメリカ人」~英語が難しいのはアメリカ人も同じ(?)