カイト・カフェ

毎朝、苦みのあるコーヒーを・・・

「友を失うことに、何をどう考えたらいいのか分からない」~終わりの始まりを告げるノックの音がする②

 長年の友が、あちら側に行ってしまった。
 もう意思疎通もできないという。
 こんなふうに一人ひとりいなくなることについて、
 何をどう考えたらいいのかわからない。
 ――という話。(写真:フォトAC)

【友や兄弟が、一人ひとりいなくなる】

 今年98歳になった母には友だちがいません。仲の良い兄弟姉妹もいません。みんな亡くなってしまったからです。
 しかし母には私たち息子がいて、孫がいて、その子や孫にそれぞれの配偶者がいて、ひ孫までいます。いまは施設で生活していますが私たちは毎週訪ねていきますし、孫たちも帰省の折には会いに来てくれます。したがって天涯孤独ではありません。
 余談ですが、子や孫は足枷だ、金もかかってやりきれない、という人もいますが、人生の最後が天涯孤独で、いつ終わるかもわからないまま続くというのもかなりきつそうです。その日のために係累を持って置くというのは、自分本位のご都合主義みたいですが、いちおう考えてみるのもいいかもしれません。

【半世紀以上の友だちが消えていく】

 誰でも齢を取っていく、体も弱っていく、やがて死んでいく――そんなことは当たり前で、小学生でもわかることです。私は自分が小学校3年生の時、母が「胸にしこりがある、がんかもしれない」というのを聞いて、一晩中眠れなかったことを覚えています。親が死ぬことへの恐怖は、そのころには育っていたのです。
 ただし実際に親たちが死ぬのは、普通は子どもがかなりの齢になってからのことで、「がんで死ぬかもしれなかった母」は、先ほども申し上げた通り98歳でいまも元気です、親たちのことを心配したのはとうの昔、もはや自分たちのことを考えなくてはならない年齢になりました。
 昨日お話しした旧友Aは、もちろん死んだわけではなく、「恍惚の人」となって幽明の世界にいるだけですが、言葉を交わすことができず会うこともできないとなると、もはや人間関係はなくなったも同じです。喧嘩別れした友だち(いたかな?)、いつの間にか疎遠になった友人、さまざまな別れ方はありますが、こんなふうに離れていくのは初めてです。

【私が最初に消えそうになった日】

 28年前に大きな病気をしたとき、
「不摂生をしたのだから死ぬのは仕方ないが、友だちの中で1番というのはちょっと嫌だな」
と思ったことを覚えています。弔辞を誰が書いて誰が読んでくれるのか、心配になったのです。
 さらに遡ること20年ほど前、別の友人の結婚式に行ったらいま話題にしている旧友Aが、会場入口で真っ青な顔をして、
「新郎が、昨晩、飲み過ぎて、今日の披露宴の最後に読む『母への感謝の言葉』が一行も書けていない。原稿を読むだけだからお開きの3分前でもいい。それまでに何とか代わりに書いてくれって――」
 そう言われて原稿用紙を渡されたのは私です。もちろん披露宴のフィナーレは会場に感動のすすり泣きが、さざ波のように繰り返されました。新郎自身が泣き始めてしまったこともありましたが――。
 少なくとも仲間内では私が一番、文章が堪能だということになっています。弔辞の手本くらい見せておかないと私の時にも省略されそうです。

【何をどう考えたらいいのか】

 つまらないことばかり書いています。書き始めれば何とかなるかもしれないと思ったのですが、そうもいかないようです。
 私はこんなふうに友や同世代以下の親戚を失い、やがて自分も消えていくのです。そんなことは十分わかっていたのに、いざ「終わり」が始まりつつあるとき、そうした事実を受け止めきれないのです。自分がどう感じているのか、この先どう考えていったらいいのか、手掛かりも掴めないのです。
(この稿、終了)