カイト・カフェ

毎朝、苦みのあるコーヒーを・・・

「旧友Aは幽明の世界へ向かった」~終わりの始まりを告げるノックの音が聞こえる①

 旧友からの来るはずの連絡が来ない。
 そこでこちらから電話をすると、
 すでにAは幽明の世界にいるという。
 私のことも分からない。私は激しく動揺する。
 ――という話。(写真:フォトAC)

【旧友Aのこと】

 中学校から大学までの時期を共に過ごした仲間が10人ほどいて、半世紀を経た今も付き合いがあります。新年会を皮切りに奇数月ごとに当番を決めて飲み会を開き、11月を休会にして12月に行う忘年会だけは、半世紀の間、会を中心となって切り盛りしてきたAが、定番として開催することになっていました。
 10人と言いましたが、遠くに住んでいてなかなか出席できない者も、いつの間にか疎遠になった者もいて、実際に隔月で会えるのは6人だけです。さらに細かく言えば、Aと私だけがほぼ皆勤で、あとは出たり出なかったり、日程を合わせてもなかなか全員がそろうということはありません。皆、忙しいのです。逆に言えばAと私だけが暇人です。
 私が暇な理由は、強いて言えば「働く妻を支える専業主夫かつ家庭菜園ティスト」だからですが、Aの方は10年ほど前に大病をして、認知にも問題があるため家で療養をしているからということになります。若いころから肥満と高血圧、高脂血症、糖尿病と成人病のオンパレードみたいな男なのに、ラーメンと酒と肴が好きで、決して節制などしない人間でしたから、ある意味、当然の帰結です。

【突然、連絡がつかなくなる】

 そのAから、今年は忘年会の連絡がいつまでたっても来ない。11月に入っても来ない。いつもなら10月の中頃までに話があって、実際の会は12月の上旬に行っていたので、11月に入ってもないというのはただ事ではありません。そこで“体調が悪いようなら幹事を代わってもいいよ”という意味もあって電話をかけたら、スマホの向こうから聞こえてきたのは、
「おかけになった電話番号は現在使われておりません」
という声でした。肝を冷やしました。10年も病気を抱えていて、9月の例会は欠席だったのです。日を特定せずに「9月は欠席します」とあったので“長期の検査入院でもするのかな”とは思ったのですが、本気で心配することもなく、まさか連絡がつかなくなるとは思ってもみないことでした。
 もっとも大昔からの友人ですから固定電話の番号も知っていれば自宅の場所も分かっていて、連絡の方法はいくらでも残っていました。Aの場合は特に、10年前の入院の際、夫人と携帯番号を交換していたのですぐに話を聞くことができたのです。

【フェードアウト】

 この10年、言葉や反応に明晰さを欠き、記憶や周囲に対する配慮も十分にできなくなってはいたものの、病状は安定していて、ときどき外で食事をしたり飲み会に出席することもできた。それがこの夏、コロナに感染して、大事を取って入院したころから次々と異なる病気を発症し、さまざまなことができなくなった。とりあえずは、今は尿カテーテルを装着し、介護用ベッドも入れて生活している。カテーテルは嫌がって外そうとするが「そんなことをしたら死んじゃうよ」と言って必死に止めている。

 いろいろなことが思い出せなくなっている。とりあえずTさん(電話で話しているこの私)のこともほかの(仲間の)人たちのことも言わない。そうかと思うと突然、会社員時代のことを思い出して「〇〇さんに会いに行かなくては」などと言い出すので、「会社はもうとっくに辞めたんだから――」となだめると、「そうかァ?」と答えてしばらくしょんぼりしている。
 不思議なことにお酒を飲みたいと言わず、実際に飲むこともない。もしかしたら「お酒」自体を忘れてしまったのかもしれない。思い出されて、欲しい、飲みたいと言われても困るのだから、ありがたいと言えばありがたいが、なんとも奇妙な気分になる。
 Tさんたちのことも、正直に言って思い出されて「忘年会を開く」とか言い出されても困るので、このままでいいし、お仲間からもフェードアウトしていこうかと思っていた――。

《いや、彼と私たちの付き合いは、あなたとAの年月より長いのだから、フェードアウトというわけにはいかないだろう》
 そう言いかけて、私はしばらく息を飲みました。私自身が思いのほか動揺していました。
(この稿、続く)