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「英国王室御用達、女王陛下の無痛分娩」~娘が無痛分娩で三人目の赤ん坊を産んだ話②

 無痛分娩はまだ十分に認知されていない
 子は苦しんで生むものだという意識があり、
 ごくわずかでも危険は冒したくないという思いもある。
 しかし出産に何が危険かは、かなり微妙だ――、
 という話。

(写真:シーナ)

【無痛分娩はどう考えられているのか】

 娘のシーナが無痛分娩を試みるのはこれが二回目です。一回目は次男のイーツの時でしたが、予期せぬ破水のために計画倒れになってしまいました。6年前のことです。
 そのとき私が自分の弟に、実は無痛分娩をやるつもりだったと話したら、同じく成人の娘を持つ弟から「兄貴、よくそんなことを許したなぁ」と感心されてしまいました。
 この言葉の中には二つの主題となるべき内容があります。
 
 ひとつは、成人である娘の出産について、親は関与する権利があるかどうか、関与すべきか、という問題です。弟は“できる”と考えた上で“すべき”とも思っているのでしょう。いずれにしろ言えば聞きそうな娘を持っていなければ話になりません。
 シーナはそのように育てられていませんから言っても聞きませんし、言えば親子関係にひびが入りそうですから、とてもではありませんが言うことはできません。

 もうひとつの問題は無痛分娩がそれほど危険だと考えられている点です。確かに無痛でなくても子は生まれますし、生まれると分かっているのに敢えて母体に針を刺し、薬物を入れる危険を冒すまでもないと、今も多くの人々は考えるのでしょう。未知のものはやはり怖い。
 ただし普通分娩だったら確実に安全かというと、これもそうではありません。お産は今も昔と同じで、命がけの仕事なのです。

【英国王室御用達、女王陛下の無痛分娩】

 実はしばらく前のNHKニュースで、無痛分娩の副作用という話題が扱われていました*1
 調べると5月18日のニュースだったようで、内容は、
「日本産婦人科学会の調査によると、おととし、全国417施設で実施された無痛分娩、あわせて5万3000件余りの合併症を分析した結果、母親に出血や子宮が傷つくなどの合併症が起きたケースは454件と、およそ120人に1人の割合だったことが分かった」
というものです。
「このほか、麻酔が下半身以外にもかかってしまうなど、麻酔に関する合併症が38件、赤ちゃんが出血するなどの合併症が21件あったということです」
 ニュースは続けて専門家の言葉として、
「基本的には安全に行われていると思うが、通常のお産よりも医療の介入が増えるため、そのリスクを理解した上で無痛分べんを受けるかどうか検討してほしい」
を挙げています。

 いま読むと無痛分娩の安易な選択に警鐘を鳴らしているように見えますが、私の記憶にあるこのニュースは、もっと前向きで、“副作用は1%にも満たないから大丈夫だよ”と、そんな感じで背中を押されるものでした。副作用の1番に「発熱」が上がっていて、《発熱くらいするだろう》と思った記憶があるのです。私の記憶違いでしょうか、それとも原稿が書き替えられ、私が聞いたものとはニュアンスの異なるものが残されたのでしょうか。しかしいずれにしろ、重篤な後遺症があるから危険という話ではありません。

 考えてみれば英国ではキャサリン妃もメーガン妃も無痛分娩で、キャサリン妃などは第一子の時は出産の翌日、第二子は10時間後、第三子のルイ王子の時はわずか7時間後に退院していますから、病院選びさえ間違えなければ安全な方法だと、英王室が挙げて推薦しているようなものです。大丈夫でしょう。

【要は比較の問題】

 「すべての問題は程度問題だ」という言い方がありますが、無痛分娩のリスクと通常分娩のリスクを比較すると、むしろ普通分娩の方が高リスクということだってあるかもしれません。
 少なくともシーナの第一子出産、微弱陣痛を含む88時間の格闘を考えると、もう一度あれをやらせる気にはなりません。以前も書きましたがその時の一番印象深い言葉は、三日目の朝、シーナが言った、
「お父さん、ワタシ、疲れた」
という言葉です。ほとんど4日に及ぶ不眠不休の出産が母体や胎児に良いはずはなく、生まれた子どもは仮死状態でした。もちろん難産が新生児仮死の原因とは限りませんが、心には傷を残しました。

 シーナはハーヴの出産から10日ほどたったのち、こんなふうに言っています。
「ハーヴを産むとき、私、4回いきんで5回目に生むことができたの。看護師さんからも上手い上手いと言われながら――でも、あとから考えると4回目のときにもう少しがんばれたかもしれない。あの時もうひとつがんばってハーヴを生んでいたら、あんなことにならなかったのかもしれない―」

 シーナは無類の頑張り屋で、私が学級担任・教科担任をして知った4,000人もの子どもたちの中でも、おそらく十指に入る努力家です。その子に“もっと頑張れば”と言われても困るのですが、おそらく5回目での出産はシーナだったからこそできたことで、もっと弱い子だったら5回目も6回目も十分に力が入らず、やがて力尽きて吸引分娩または鉗子分娩、あるいは帝王切開への切り替えということになっていたのかもしれないのです。88時間も徹夜で痛みに耐え、全身の筋肉を繰り替し緊張させてきたのですから体力も限界です。
 それが無痛分娩より安全ということは、私はないと思います。
(この稿、続く)