選択的夫婦別姓が国政レベルでの話題となっている。
女性の社会進出の著しい時代、もちろんそうあるべきだ。
しかし子の名字は簡単ではない。
そこには昔ながらの「家名」の問題が関わるからだ。
という話。
(写真:フォトAC)
【人間はどこまで強くなったのか】
フジテレビの労働組合が、事件発覚からわずか10日余りで組合員数を80人から500人に増やしたという報道がありました。一部では「何を今さら」と冷めた反応もあるようですが、どんな動機であるにしても、労働組合が大きくなって力を持つことは大切だと考えています。
今回の中居問題もフジテレビ局内部ではだいぶ前から話題になっていたものを、女性セブン・週刊文春といった黒船が来るまで誰も告発できなかったのです。社員が被害者だったわけですから本来はフジテレビ内の各部局、あるいは組合を通して経営側に抗議すべき事案でした。それが動かなかったのは組合の規模が小さすぎて、誰も思い出さなかったからかもしれません。
私たちは多くの労働組合を弱体化させ、PTAを破壊し、町内会組織を機能不全に追い詰めて、社会に対して集団ではなく、個人として対峙する生き方を模索し始めています。職場内に存在する人間臭く泥臭い関係も一掃して機能的なものに組み換え、情による支配を終わらせ、合理的で機能的な組織につくり替える作業も手を抜きません。そこには前提として「自立した個人として社会に立ち向かうことのできる、強い人間性」が想定されていますが、果たして日本人はそれほど強くなっているのでしょうか。
不登校35万人(過去最高)、児童生徒の自殺者527人(過去最高)、いじめ事件約73万3千件(過去最高)、重大事態の発生件数は1306件(過去最高)。いじめも自らの怒りや苛立ちを抑えきれない弱者が加害者となっていることを考えると、子どもたちは凄まじい勢いで繊細で傷つき易い存在になっています。それなのに社会はそうした弱者の生きにくい方向へ進んでいるのです。
【選択的夫婦別姓論のはじまり】
労働組合や町内会といった中間組織の解体は、今、さらに上下に進捗しようとしています。
上への動きは人口減少による市町村の消滅と一部都道府県の危機。2050年までに全国で744もの市町村が消える可能性があるそうです。
下への動きは選択的夫婦別姓です。これを労働組合の弱体化や市町村の消滅と同じテーブルに乗せることには抵抗のある人もいるかもしれませんが、組織・集団よりも個人の尊重という点では同じでしょう。
選択的夫婦別姓については今月(2025年1月)20日のクローズアップ現代*1が要領よくまとめていて、それによると制度改正の必要性は、
- 結婚によって姓を変えることにエネルギーや時間、費用等がかかりすぎる。事業所を数か所持っている女性社長さんなどは、手続きに3カ月、費用は100万円以上もかかってしまったそうです。
- 企業にとっても、税金や健康保険関係での旧姓と結婚後の姓の照合や給与振り込みなどが負担になり、業務効率が下がる。
- 研究者などは論文の作成者としての名前に連続性がなくなり、キャリアが失われる。海外の学会などに出席する際にも、本人であることの証明が大変である。
- 選択的夫婦別姓を認めず、しかも夫婦の95%が夫の姓を名乗っている日本の状況は海外で女性差別としてとらえられおり、国連からは是正を求められ、また別姓を認めない日本の企業は株価や収益性を押し下げている可能性がある。
というところから来るとのことでした。とてもよく分かる説明です。
いっぽう選択的夫婦別姓を認めない立場からは、こんな発言が紹介されていました。
- 夫婦別姓制度は家族の絆を弱め、わが国の伝統的な家族や家族観を崩壊させる恐れがある。家族共通の名字は制度として成り立たなくなり、家族制度に重大な影響を与える。
- 名字は先祖から代々受け継いできたもので、それで家族を作るのが伝統的な日本の文化。そうした一つひとつの家族が日本という国を作るという日本の国柄に関わる。
これも分からないではありません。
ただ、私個人について言えば、結婚の際、現在の妻が別姓を強く主張したら受け入れたでしょうし、息子の配偶者が本来の名字を名乗ったとしてもあまり苦にしないと思います。それぞれキャリアのある人ですから大切にしてくれればいいと思うのです。夫婦が日常的に姓で呼び合うなんてありませんから、違和感を持つのは何かの書類に家族構成を書く時くらい。あまりあることではありません。ですから別姓には異論はないのですが、別のところで意見があります。子どもの名前です。
夫婦別姓を訴える人たちは生まれてくる子どもに関して、
- 子どもの姓は予め結婚の際に決める。
- 子どもが生まれるたびに相談する。
の2案をもって検討すると言っていますが、果たしてそれが可能なのでしょうか。
*1:令和のいま“名字”を考えるどうなる?選択的夫婦別姓 - クローズアップ現代 - NHK
【子の名字は単なる記号ではない】
NHKのクローズアップ現代「令和のいま“名字”を考えるどうなる? 選択的夫婦別姓」には重要な視点が一つ抜けていました。それは「名字」ではなく「家名」をどうするかという問題です。具体的に言えば墓(先祖)と親の面倒を誰が見るのかということです。クローズアップ現代でこの問題が夫婦別姓に賛成の立場からも慎重な立場からも出されなかったのは、都会ではすでに時代遅れの話だからでしょうか? しかし田舎は違います。
私は先ほど、妻や息子の配偶者が実家の姓を名乗るのは一向にかまわないと言いましたが、息子や男の孫が別の姓になることには強い抵抗感があるのです。私たち夫婦の面倒をみる子孫はいなくてもかまいませんが、たとえ一系列でも私の姓を継ぐ流れを残しておかないと、1世代も経たないうちに我が家の墓には誰も来なくなり、墓石は草木に埋もれてしまう、それではご先祖様に申し訳ないと思うのです。
こうした考えに対しては強い反論があって、墓を持ち墓参りをするという風習自体がすでに時代遅れで、世界の趨勢は散骨を始めとした墓所を持たない葬儀になっているというのです。それが事実かどうかは別に検討するとして、儒教の影響を色濃く残す日本で墓のない葬儀が主流になる日は、そう簡単に来るとは思えません。韓国も中国も同じですが、祖霊は土地に宿るとともに墓にいるのです。骨と土が大事なのです。
東日本大震災の被災地海岸では、今でも遺骨を探す作業が行われています。海難事故や航空機事故で家族を亡くした人たちは、何が何でも現地へ行きたいと手を尽くします。その場所で手を合わせなければ次が始まらない――それが私たち日本人です。欧米人のように“魂はすでに帰っている。だから遺体が届くのは自宅で待つ”ということにはならないのです。これは民族性ですから容易に手放せません。
【旧姓の通称使用の法制化ではダメなのか】
夫婦別姓が制度化された場合も、誰かが家名をついで子孫に伝えていくかは最重要で、もしかしたら別姓問題は最初から、何軒も店を経営したり海外で論文を発表したりするエリート女性のためでなく、「ウチの親の面倒は誰が見るんだ」とか「ウチの墓は誰が守っていくんだ」といった極めて身近な、大家族制の時代には話題にもならなかったことが、少子化の今、改めて問題になってきたということなのかもしれません。これまで泣く泣く家名断絶を受け入れて来た女の子ばかりの家庭の娘が、せめて娘として親の面倒くらいはしっかり見たい、他家の人ではなく同族として支えたい、そんなところからもきているのではないでしょうか。夫婦別姓がかなえば、その部分は達成できます。しかし家名の問題は残る。
現在でも結婚に際してどちらの姓を名乗るかが大問題となるカップルがいますが、名字を家名としてとらえる意識が残る限り、選択的夫婦別姓が制度化されても、結婚の段階で生まれてくる子の姓を決めなければならないとしたら同じ問題は生まれるでしょう。子どもが生まれるたびに相談するとなると、その都度どちらの家名を残すか――両方の祖父母も交えて、侃々諤々な大論争が繰り返されるわけです。それはたいへんです。
番組では政府が、国家資格やパスポート、運転免許証やマイナンバーカードなどに旧姓が併記できるようにして、女性が旧姓のまま働きやすい仕組みを整えて来た様子を紹介していました。まだまだ墓参りだとかご先祖様といった概念の残る間は、完全な選択的夫婦別姓ではなく、旧姓の通称使用の法制化を整えることで、この問題に決着がつくといいと、私は思うのですがいかがでしょう。
(この稿終了)