「誰が労組を殺したの? 『私だよ』と老教師が答えた」~メーデー・メーデー・メーデー・『メーデー』

 昨日はメーデーだった。え? メーデーを知らんのか? 
 全国の労働者の祭典、労働組合の集まる日だよ。
 教員は自らの労組を見捨ててしまった。
 それで今のありさまだ。

という話。

(写真:フォトAC)


メーデーって知ってるかい?】

 昨日5月1日はメーデーでした。コロナ禍に見舞われた昨年・一昨年はオンラインのみでしたが、今年は連合(民主党系)も全労連共産党系)も感染対策をとった上に人数を絞って、それぞれ会場を設けての集会も行われました。
 メーデーと言っても現代の人たちは(労働者であっても)よくわかっていませんから、簡単に説明すると、
「5月1日に世界各地で行われる労働者の祭典。労働者が権利を要求するために行進や集会などを行い、団結の威力を示す。本来は、ヨーロッパの伝統的な祝祭である五月祭を意味する」Wikipedia「メーデー」
ということになります。
 東京都内での行われる中央大会のほか、全国各地の会場に労働組合の代表が旗を持って集まり、運動方針を確認したり各界の方々からのあいさつを受けたり、そして最後はたいていシュプレヒコールで終わることになっています。労働者の祭典ですから屋台も出たりしてそこそこお祭り気分ですので、かつては家族連れで参加する人たちもいて、労働運動としてはかなり和気あいあいとした雰囲気のものでした。
 そんな楽しくも重要なメーデーを、意味さえ知らない若者が増えています。バカにしているのではありません。私たちがそうしてしまったのです。

 ちなみに「メーデー」には別の意味もあって、無線で遭難信号を発するときに出すのも「メーデー」です。通常は「メーデーメーデーメーデー」と3回発してから、遭難者などの情報を伝えるきまりになっているそうです。今日の副題「メーデーメーデーメーデー・『メーデー』」は、ですから「労働者の祭典が危ない!助けてくれ」という意味になります。
 英語では労働者の祭典が“May Day”、遭難信号が“Mayday”で、ほとんど同じと言っていいようなものです。

 

【誰が労組を殺したの? 「私だよ」と老教師が答えた】 

 今の若者たちが「メーデー」の意味さえ分からなくなったのは、ひとえに労働運動の減衰のためです。
 特に教職員組合の場合は1956(昭和31)年に86・3%を誇っていた加入率が、1985(昭和60)年に50%を切ると、雪崩を打ったように人数が減って、今や20・8%。新規採用者に限って言えば18・2%しかないのです。

 かつての日本教職員組合日教組)は強大で、一部の人たちから「子どもたちに太平洋戦争の責任を日本だけに負わせる自虐史観を植え付け、人権ばかりを言い立てて義務を教えない、反政府・反日組織」みたいな言われ方をして、つい数年前でも今は亡き津川雅彦さんたちが、テレビで「まず、日教組を潰さにゃならん」など言ったりするほどでした。
 しかし今は誰も非難したりしません。非難する価値がないほど、弱体化してしまったためです。

 なぜ弱体化してしまったのか。そこにはさまざまな理由があります。
 今お話ししたような日教組批判は、私たちが「先生って日教組に入っているの?」と訊かれて素直に答えられないほど激しいものでしたし、1989年の連合加盟や21世紀に入ってからの文科省との和解など、日教組内のさまざまな立場の人が置いていかれる事件が続いたり、といったこともあります。しかし私は、それらと同時に、先生たちの無関心が大きな要因となったようにも感じているのです。正確に言えば無関心にならざるを得ないほど忙しくなり、そうした状況に組合の執行部も対応できなかったからです。

 

【21世紀に入って状況は絶望的になった】

 昔から教員は多忙でしたが、絶望的なまでに忙しくなったのは今世紀に入ってからだと私は思っています。
 総合的な学習の時間が創設されて、それが担任教師の扱いとなった2000年以降、いわゆる「ゆとり教育」が始まったころから教員は決定的にゆとりを失いました。異常な忙しさです。目の前の仕事に追われて視野が狭まり、未来への展望もなくなる、そんな状態では社会状況を見つめ続けるのは容易ではありません。
 また、まとめて仕事をしなければならない休日に、動員がかかってデモに参加しなければならないのも気の重いことでした。次第に運動から遠ざかり、そうなると組合費も単なるおつき合いとなり、負担感のみが大きくなります。
 そしてある年の年度替わり、「私、辞めます」と言って一人二人と消えて行ったのです。

 私自身は、必要以上の努力をされる組合員の先生方のおかげで自分の待遇が支えられていると考えると、気分もよろしくないので、管理職になるまでは組合費を払い続けましたし、順番が回って来れば職場長や代議員にもなりました。しかし組合活動に関しては極めて不熱心で、日教組に対して、ひいては社会全体に対して、組合活動を通して何か貢献したかというと、そういうことは一切ありませんでした。
 そして今は悔いています。

 

【しっかりした組合があれば、状況は違っていただろう】

 月80時間を越える超過勤務や土曜授業、部活を始めとする休日勤務や、大量の持ち帰り仕事、そういった問題に個人で対応しようとしても無理なのです。
 一般教員や社会の中には校長に巨大な権限があり、校長が変われば労働環境が変わると信じている人がいますが、そんなことはありません。よしんば部分的に変わったとしても、校長が変わればばすぐに元に戻ってしまいます。
 教育委員会が悪い、文科省が悪いと政府を糾弾する人々もいますが、そこに働く人たちはみんな自分の仕事を誠実に行っているだけです。誰も悪意をもって教職員を追いつめているわけではありません。
 では、なぜこれほどの過重労働がまかり通っているのか――。

 教職員の数はおよそ100万人。日本国内に100万人以上の従業員を抱える企業はひとつもありませんが(世界でも2~3社)、10万人を越える23社の中に教職に匹敵するブラック企業があるとは到底考えられません。みな立派な労働組合を持っていて、年休の消化や育児休業の取得は、まず組合から求められたりするからです。きちんとした組合が毎年、春闘の季節には労働環境の見直しをきっちりとして、待遇改善や賃上げ要求につなげているからです。
 校長や教委や文科省を恨んでも、組合は何をしているのだと怒る人はほとんどいません。それは大部分(8割)の教職員が組合に入っていないからです。

 そんな重要な労働組合を、なぜ私たちは見捨ててしまったのか、滅びに任せたのか。組織率20%では「教職員の声」にはならないじゃないか――その責任は私たち退職教職員と現職の多くが負うべきものです。