「うんざりするほど淡々とした、しかし最も大切な家族の歴史」~3年ぶりに家族が揃って・・・

 年末年始、直接の私の家族8人が揃った
 二年前は娘一家が婚家で過ごしたため 実はこれが3年ぶり
 久しぶりの全員の顔を見ながら
 家族の歴史について考えた
という話。f:id:kite-cafe:20220111072938j:plain(写真:SuperT)

【ようやくそろった我が家】

 今年の私の家の新年は8人家族でした。
 昨年は子どもたちが新型コロナのためのドタキャンで、結局、私たち夫婦と93歳の母の3人だけでしたから、ずいぶんにぎやかな正月となったわけです。今年加わった5人は娘夫婦と二人の孫、そしてまだ独身の息子です。

 11年前の東日本大震災の年に父が亡くなるまで、大みそかから新年にかけては私の実家で過ごすのが常でした。弟の家族も集まって9人の年越しが通例で、父が亡くなったあとも母が元気なうちは、1~2年、同様に過ごしたと思います。しかしそのうち母が「準備が大変」と言い出し、私の家で新年を迎えるようになってからは弟の家族とも疎遠になりました。幸い同じ都市に住んでいますから一年に何回も会うことはあるのですが、これが他県だと数年も会わないということになりそうです。
 そして実際に、多くの家族がそのようになっています。つまり兄弟家族が、何年も会うことがない状態が続く、ということです。

【私の家族の歴史】

 私の主催する私の家族――妻と二人の子、そして子どもたちがもっている(あるいはこれから持つ)家族も、やがて同じ運命を辿るかもしれません。
 私たちが元気なうちはなにくれと会う機会も多いでしょうが、死んだ後まで姉弟が仲良くしてくれるかは未知数です。お互い自分にかまけていれば、その気はなくても、いつの間にか疎遠になってしまうということもあるでしょう。そうなったら私の家族は名実ともに解体です。

 私は昭和63年の秋に結婚し、翌々年(平成2年)に娘が生れ、その3年後に息子が生れて4人家族となりました。それから15年経って娘が都会に出たために家族一緒に暮らす生活が終わり、3年後、今度は息子が家を出て、さらにその3年後、娘が24歳で嫁いで姓を変えたので名実ともにひとり減ったことになります。やがて孫が二人できましたが、それは他家のできごとです。息子が結婚して子ができても、それも他家の話でしょう。
 私はあと何年生きるか分かりませんが、それほど長いことでもありません。

 こうした私の家族の過去と現在、未来のあり方は、この国ではほぼ標準に近いものだと思われます。大雑把に言って、家族はこうした歴史をたどるものだという話です。

【うんざりするほど淡々とした、しかし最も大切な家族の歴史】

 私は学生時代、偶然のことからほぼ同時期に、深沢七郎の『笛吹川』とガルシア・マルケスの『百年の孤独』を読んだことがあります。『笛吹川』は武田信玄の誕生から勝頼の死まで、武田家の盛衰とともに生きた笛吹川沿いの農民一家、六代にわたる物語で、『百年の孤独』はコロンビアのジャングルを開拓した一族が、盛隆を迎えたもののやがて滅亡するまでの7代百年間を描いた小説です。両者ともそれぞれの代で重大な事件をかさねながらも、全体としてはうんざりするほど淡々とした、退屈な時間が流れて行きます。
 それらを読んでから半世紀も経って、私はようやく物語の意味を理解します。私たちの家族の大方の歴史も、似たようなものなのです。

 それにしても8人家族で過ごした4日間、妻は朝から晩まで食事の用意をし、私は食器洗いと後片付け、それに洗濯ばかりをしていた気がします。二世帯住宅を考えると7~8人の家族はそう珍しいものではないでしょう。そんな家の主婦はとんでもなく大変な生活を強いられているのだろうな、と心から感心したものでした。