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「フジテレビはマスコミの怖さが分かっていない」~結婚に愛はいらない①  

 最近やかまし中居正広問題。
 マスコミ関係者は教員よりも世間知らずらしい。
 メディア対策もできなければ危機管理もなっていない。
 中居氏も、当たり前のように結婚しておけばよかったのだ。    
という話。(写真:SuperT)

【フジテレビはマスコミの怖さが分かっていなかったのか】

 いま巷間話題になっている中居正広氏の引退問題について、私はもともとスキャンダルには興味がないし、SMAPも好きでなければ、中居氏の下手な歌や年少者に対する横柄な態度に嫌な感じをもっていたので、何かを話そうという気もありませんでした。

 ただ、中居氏が今月(2025年1月)9日に公式サイトで出した「お詫び」と題する声明の中の、
「なお、示談が成立したことにより、今後の芸能活動においても支障なく続けられることになりました」
は、100人が読んだら95人までもが「こりゃ、アカンだろいう」と言いたくなる内容で、なぜこんな文章が堂々と外に出て行ったのか、その点には興味があります。
 また17日に行われたフジテレビの社長の会見も、閉鎖的な会場で、動画カメラも入れず、内容も行き当たりばったりで誠実さに欠ける――そんなもので乗り切れると誰が思ったのか、関係者の中に「殿、ご乱心! おやめくだされ!」とか言って羽交い絞めにして止める者はいなかったのか、あれほど大きな企業で危機管理の仕組みは二重三重にあったはずなのに、なぜいとも簡単にすり抜けてしまったのか、不思議でならないのです。
 
 地上でもっとも常識がないとされる学校および教師だって、外部に出ていく文章は児童生徒のものであれ教師のものであれ、二重三重にチェックします(それでもダメな時はありますが)。重大事件で記者会見を開かなくてはいけない場合は、学校関係者は他に先んじて会場に揃って記者たちをお迎えするとか、暖冷房に気を遣えとか、謝罪は背を真っ直ぐに伸ばして45度から60度に傾け、3秒から5秒は続けろとか、教頭以下は校長に先んじて頭を上げるなとか、記者会見は1日2回以上おこない1回目は夕刊に間に合うよう午前中に設定しろとか――、何も問題を起こしていない段階からせっせと研修を受けさせられるというのに、フジテレビはマスコミの恐ろしさが分かっていなかったのでしょうか?
(答え:分かっていなかった。いじめっ子にはいじめられっ子の恐怖や痛みが分からない)

【スキャンダルが隠せなくなっている】

 芸能人の性的スキャンダルと言えば、ここ十数年だけでも、高畑裕太新井浩文小出恵介、お笑いからはジャングルポケット斉藤、アンジャッシュ渡部等々、調べればいくらでも記憶が掘り起こされます。しかし不思議なことに旧ジャニーズ事務所関連では今回の中居正広氏とジャニー喜多川氏本人、そしてTOKIO山口達也氏くらいのもので、大きな事件は出てきません。スキャンダルが皆無という訳ではありませんが、どれもこれも「熱愛発覚」みたいな事件性のないものばかりで、しかもほとんどは発覚後ほどなく別れています。基本的に旧ジャニーズメンバーの周辺に女性の影は見えません。
 あれだけ大勢の若者を抱えながら、爆発的にみなぎる性的なエネルギーを事務所がどのように管理してきたか、不思議でならないのです。よほどしっかりした管理システムがあるか、後始末がうまいかのどちらかでしょう。

 今回の報道の中には、ある芸能関係者の話としてこんな内容がありました。
「金なんかいくら渡しても口止めになんかならない。金を渡したうえで相手の弱みをしっかりつかんでおくとか、本人になければ家族のものでもなんでもいい、絶対に世間に知られたくない秘密を手に入れておくとか。それでも足りなければ(今ではそんなこともできないが)、万が一情報が洩れたら家族がただでは済まないと、心底知らしめておくしかない」
 確かに、金と法律上の守秘義務だけでは抑えきれるものではなさそうです。本人や家族が外に対して絶対にしゃべらないと決心するには、そのくらいはしておかなくてはならないのでしょう。
 もちろんジャニーズ事務がそこまでしてきたと言いたいわけではありません。しかし数年前のまでのような盤石な体制であれば、今回の事件は巧みに隠蔽されたか、そもそも起きなかったように思うのです。

【安全保障としての結婚】

 中居正広氏が結婚していたら事態は違っていたのだろうか、と私は想像します。それが今日の本論です。もちろん答えはイエス。結婚して健全な夫婦生活を送っていたら、おそらく今回のような事件は起こらなかったでしょう。左手の薬指の指輪は、最後の一線を越えないためのお守りのようなものです。
 誘惑の多い世界ですから女性問題が発生しないとは限りませんが、その場合も嫌がる相手を無理やりにといったことにはなりそうにありません。浮気には相手の協力が絶対に必要です。
 また、今回はフジテレビの関係者が仲介ないしはお膳立てしたと疑われていますが、そうした慣習があったとしても、既婚の芸能人に一般の女性を紹介するのはハードルが高すぎるでしょう。独身だからできた悪行です。
 
 中居正広という人は自身の結婚に否定的なことで有名な人でした。私が彼のことを好かない理由のひとつもそこにあるのですが、「結婚に向かない」だの「ひとりが好き」だの「子どもが嫌い」だの「潔癖」だの、いろいろ言っても要するに自由気ままで、女性を次々と取り換える生活を棄てたくなかったのでしょう。そういうずるい人間だから足元を掬われるのです。同じように潔癖を理由に長いこと結婚しなかった千原ジュニアでさえ、いまはこんなふうに言っているのです。
「幸せとは、朝、起きて(機関車)トーマスを踏むこと」
 人間は変わる(成長する)のです。

 中居氏も結婚しておけばよかったのです。愛なんて必要ありません。失ったものの大きさを考えれば、安全保障というだけの理由でも結婚しておけばよかった。「失ったもの」というのは地位や名声や仕事や財産ではなく、「ひとりの女性の心身と人生をボロボロにするような悪党ではない」という、人間の誇りそのものです。
(この稿、続く)