カイト・カフェ

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「その月はないだろう」~私たちは見ているようでまったく見ていない②

 NHKの朝ドラ「ブギウギ」で、
 南の空の中央に垂直に立つ細い月をみた。
 あんな変なもの、今までに見たことがない。
 スタッフたちのは、誰も違和感なく、あれを見ていたのだろうか。
という話。(写真:フォトAC)

【月を、私たちは見ているようでまったく見ていない】

 昨日はNHKの朝ドラ「ブギウギ」の一場面を取り出して、この写真は変だ、なんでこんなつまらないミスを犯すのか、誰かひとりくらい気づいて止めてくれる人はいなかったのか、と書きましたが、もちろん答えは「月」です。

 コメント欄にも早々と正解が出て「サービス問題」などと言われてしまいましたが、このテの問題は「分かる人にはバカみたいな愚問」「分からない人にはいつまでも超難問」なのです。
 ちなみに、
「人類史上、これまで東の山から昇る三日月を見た人はいない」
とか、
「三日月から始まる月食はない」
とか、
「満月の前後の日食はない」
とか、はたまた、
吉田拓郎の往年のヒット曲『旅の宿』で『上弦の月だったっけ ひさしぶりだね 月みるなんて』の『上弦の月』を『下限の月』にしてしまうと、この男、単なる呑兵衛でどうしようもない男になる」
とかは、「分かるかな~?分かんねえだろうな~?」という話です(ちなみのちなみですが、この「分かるかな~?分かんねえだろうな~?」も昭和の話ですから「分かるかな~?分かんねえだろうな~?」でしょうね)

 さて、コメント欄で土建屋さんが指摘してくださったように、「ブギウギ」のスズ子が見ている月は、夕方、日が落ちるとすぐに見える三日月ではなく、新月から27日~28日目の(つまり次の新月直前の)、明け方に見える月なのです。ドラマでスズ子は夕方以降帰宅し、この場面の直後、ダンスの居残り練習をして帰宅した友人と会話しますから、時刻は夜8時から10時と言ったところでしょう。その時刻にこの月が南中していることはありません。いやそもそも、(日中、太陽に照らされて見えない時刻は別として)肉眼で見える時間帯に、この形の月が南中していることはあり得ないのです。

【細い月が垂直に立って見えることは絶対ない】

 月の運行や形に知識がなくても、実は「ブギウギ」の月は最初から変なのです。
 三日月やその左右裏返しみたいな細い月で、こんなふうにまっすぐに立っている月って、見たことありますか? 何か変でしょ。私は初めからとても気持ちが悪かった。それでじっくり見る気になったのです。

 月の左側に薄く光が当たっているということは、太陽はその左にあるということですよね?
 地球と月と太陽の関係を考えるときは大雑把にこんなふうに考えるとイメージがつかみやすいのですが、バレーボールより少々大きな地球の6m先に、ゴルフボールよりやや大きな月があって、その先5kmのところにガスタンクの大きさの太陽があるのです。5kmも先のガスタンクですから、見かけはゴルフボールの月とほぼ同じです(だから日食が起こる)。
 そう考えると「ブギウギ」の写真のように光が当たるとしたら、太陽は月の左の、角度にして40度弱くらいのところにあるはずです。テレビ画面で言えば時計表示の「8:09」の「8」の左上くらいのところに太陽があれば、月はあんなふうに光るはずです。でもそんなところに太陽があったら明るくて眩しくて、月自体が見えなくなってしまうでしょう。


 それでも「裏返しの三日月」みたいなこの月をどうしても見たいのなら、写真の時間をグングン戻して月を地平線近くまで移動し、太陽が東から出る前の状態にすればいいのです。それで太陽は隠れて空は暗くなり、左側を薄く照らされた月が山の近くに見えます。しかしそれは午前3時ころの話で、しかも月は「ブギウギ」のように直立して見えるのではなく、右の写真のようなナベが浮かび上がってくる感じになっているのです。

【原則的なこと】

 月の形については、ふたつのことを覚えておくと便利です。
 ひとつは、太陽が沈んだ瞬間、天空に月があるとしたら、その月は位置も形もだいたい決まっているということ。もうひとつは形によって月にはたくさんの名前があるということです。
 
 太陽と月がほぼ同じ方向にあって月の見えない日(新月)から数えて三日目、太陽が沈んで暗くなった空に浮かんでいるのは、読んで字のごとく「三日月」です。月は見かけ上1日に12度ずつ遅れて天空に浮かびますから、三日月は太陽が沈んだとき(12度×3日)つまり36度ほどの高さに見えることになります。西の空の低い位置ですから、その月はわずか3時間ほどで地平線に消えてしまいます。
 「三日月が東の地平線から昇ることはない」というのはそういう意味です。夜の西寄りの空に、忽然と浮かんでくるのです。ほんとうは東の地平線から昇ってくる瞬間はあるのですが、午前9時くらいの話ですから太陽の明るさで見ることができないのです。
 
 もし太陽が沈んだ時、月が南の一番高い位置にあるとしたら、それはほぼ間違いがいなく半月、この場合は「上弦の月」です。午後の6時ごろ、それまで太陽の光に紛れていた上弦の月は南中しているところをゆっくり輝いてきて、そこからゆっくり西に移動し、夜中の12時ごろ地平線に沈みます。沈むときに「弧」ではなく「弦」の方が上になるところから、「上弦の月」と言うのだと聞いたことがあります。
 酒を飲んでほろ酔い気分で見るに都合の良い月です。
 
 満月は、地球を挟んで太陽と反対側に月が来るとき起こる現象ですから、太陽が沈むと同時に浮かんできます。望月とも言いますし、その夜は特別に十五夜とも呼ばれます。
 満月は完全・完璧、欠けたるもなしということで、特に日本人に好まれる月です。したがって満月の前後の月にも名前がついています。

 新月から13日目の「十三夜」、満月前日(14日目)の「小望月(こもちづき)」、そして「満月(望月)」。翌日が「十六夜(いざよい)」。さらに17日目は外に立って月の出を待つ「立待月(たちまちづき)」。18日目は月の出がさらに遅くなって立っていられなくなり、座って出を待つ「居待月(いまちづき)」。翌日はついには寝て待つしかない「寝待月(ねまちづき)」。このあと20日目に昇ってくる月を「更待月(ふけまちづき)」と言いますが、ほんとうに待っていたかどうか怪しいものです。昔の人は早寝でしたから。
 やがてどうやら本当に寝てしまったらしく、そのあとは23日目の「下弦の月」があるだけで、他に名のついた月はありません。その「下弦の月」も「上弦」があるから「下弦」とつけられただけで、弦を下にして沈んでいく様子も観察しにくいものです。なにしろ昼の12時ごろに起こる現象ですから。
 真夜中に昇ってきて夜明けとともに陽の光に溶け込んでしまうこの月を、愛でる人も多くないでしょう。昔で言う「午前様(朝帰りの人々)」だけかもしれません。