今日は満月。
1006年前の今夜、藤原道長はあの有名な歌を詠んだ。
その日と今日の間にすばらしい一致があり、
今日と明日の間にも素敵な偶然がある。
という話。(写真:フォトAC)
【今日の満月は1000年前、藤原道長が見上げたものと同じ月】
今夜は満月、しかも特別の満月です。
今から1006年前、西暦2018年の今日(旧暦・寛仁2年10月16日)、藤原道長が三女・威子(いし/たけこ)の立后(後一条天皇の中宮となった)の祝賀の席で、あの有名な歌を詠んだとされる日です。
その夜、気持ちよく酔った道長は大納言・藤原実資(ふじわら さねすけ:「光る君へ」ではロバートの秋山が演じている)を呼んで、「歌を詠もうと思うが、必ず和してくれ(返歌をしてくれ)」と頼み、その上で「これは自慢に思われるかもしれないが、事前に作っていた歌ではなく、今思いついたものだ」、そう言ってあの歌を詠んだのです。
「この世をば 我が世とぞ思う 望月の 欠けたることも なしと思えば」
(この世は自分のものであると思う、いま見えるこの満月に、一片の欠けたところもないように)
これに対して実資は返歌ができなかったようで、なんとか理由をつけて回避し、公卿たちが合唱のようにいく度か吟じることでその場をやりすごしたようです。上機嫌の道長もそれ以上返歌を求めることはしませんでした。
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この話は実資の書いた詳細な日記「小右記」にあるもので、現在では道長の傲慢さを象徴する話のように扱われますが、当時の現場ではそんな雰囲気もなかったらしく、権力者・道長を非難するにためらいのなかった実資も、特に非難めいた表現はしていないようです。
また、実は今夜の満月は「欠けたることもなし」ではなく、左下が薄く欠けた月で、まさに1006年前に道長が愛でた月とそっくりな姿をしているのだそうです。
平塚市博物館では今夜の月を観察し、ハッシュタグ「#道長と同じ月を見上げよう」をつけてSNSで共有しよう、とキャンペーンを行っています。
――と、いつも土日は書かないルールを破ってまで書きたかったのは、そういう特別な話だったからです。内容も多くないので、簡単に終わるつもりでいました。
ところが――。
【あれ? 旧暦10月16日って、毎年来るんじゃないか?】
ふと考えたのですが、今日に重なるかどうかは別としても旧暦10月16日は毎年必ず来るわけじゃないですか。だとしたら道長が見上げた旧暦10月の満月は毎年おなじように昇るわけで、取り立てて今年、大げさに叫ぶことではないはずです。いったい何が同じで何が違うのでしょう?
そこで調べてみるとあるWebマガジン*1にこんな記述がありました。
「これを詠んだ1018年11月26日(当時の暦では10月16日)*2の満月は午前7時過ぎ。そして今年の11月16日の満月は午前6時29分なので、道長がこの歌を詠んだ日の月と、ほぼ状態が合致するのだ」
うん? なんだ? 満月が午前7時で道長と一致するって、さすがに午前7時は明るすぎて月見なんかできないだろう。
*1:Lmaga『「道長と同じ月を見上げよう」呼びかけ、大河ドラマ民は胸熱』
*2:ここでの11月26日は11月16日の、間違い
【生成AIとの空しいやり取り】
そこでMicrosoftの生成AI・Copilotにこんなふうに訊いてみたのです。
道長が「我が世をば~」と詠んだ旧暦10月16日の月。毎年旧暦10月16日の月は同じに見えると思うが、今年は何が違うのか?
すると出て来た答えが、
今年の旧暦10月16日(2024年11月16日)の月は、特別な満月である「スーパームーン」となります。スーパームーンは、月が地球に最も近づいた時に見える満月のことで、通常よりも大きく明るく見えます
ああなるほど、だから道長の見た月と同じなのだ――と納得しようとしたら続きがあって、
藤原道長が詠んだ1018年の旧暦10月16日の月は、スーパームーンではありませんでした。今年の旧暦10月16日の月がスーパームーンであることが、特別な違いとなります。
なんだ? 違うんかい? じゃあ何が同じなんだ?
そこで改めてスーパームーンについて確認するところから始めると――、
- スーパームーンは年何回あるの?
- スーパームーンは通常、年に3~4回程度発生します。スーパームーンは、月が地球に最も近づいた時に見える満月のことで、通常よりも大きく明るく見えます。
- 2024年のスーパームーンは何月にある?
- 2024年のスーパームーンは以下の月にあります
8月19日
9月18日
10月17日
11月15日 - 先ほど今年の旧暦10月16日(新暦2024年11月16日)の月は、特別な満月である「スーパームーン」といったが、スーパームーンは11月15日なのか? 16日なのか?
- おっしゃる通り、先ほどの回答に誤りがありました。2024年11月15日はスーパームーンではありません。スーパームーンは、月が地球に最も近づいた時に見える満月のことを指しますが、2024年11月15日はそのような特別な満月の日ではありません。
Copilotは間違ったときに謝ってくれる、そこがいいところです。そこで改めて、
- 今年のスーパームーンは何回で、その日づけは何か、調べてほしい
と問うと、驚くべき答え、
- 2024年のスーパームーンは以下の月にあります
8月19日
9月18日
10月17日
11月15日
さっきと同じじゃないか!
そしてこのあとは「満月は11月16日?」「スーパームーンは11月15日」「満月じゃないのにスーパームーン?」「間違えました。15日はスーパームーンではありませんでした」「今年最後のスーパームーンはいつか」「11月15日です」「15日はスーパームーンじゃないと言ったばかりじゃないか」「間違えました。15日はスーパームーンではありませんでした」「今年最後のスーパームーンはいつか?」「今年最後のスーパームーンは11月15日です」――まさにブロークン・レコードで同じやり取りが延々と続きます。
何があったのか――。
【結局分かったこととすばらしい偶然】
ヒントは最初の、
今年の11月16日の満月は午前6時29分なので、道長がこの歌を詠んだ日の月と、ほぼ状態が合致するのだ
です。私たちはその気になれば満月だのスーパームーンだのを何時間でも楽しんでいられますが、天文学的な満月は(おそらく)満ちた瞬間から欠けはじめ、近地点に到達したスーパームーンはその瞬間から地球を離れて普通の大きさになっていく、そういうものでしょう。
今日16日の午前6時29分、月は楕円の軌道の一番地球に近いところに来てスーパームーンと呼ばれる満月になるのですが、すでに明るくなりつつある日本からは見えない。見えるのは地球の反対側にある合衆国やブラジルなど。そしてそれらの国では日付はまだ15日です。
Copilotが15日はスーパームーンだと言い、満月は16日だといってウロウロしたのには、おそらくそういった事情があったのです。
道長が有名な和歌を詠んだ旧暦1018年10月16日の満月は、実は午前7時過ぎくらいにすでに満ちていました。けれど道長はその月を見て詠んだわけではありません。すっかり明るい時刻で見えない月です。宴会のあったのはその日の夜で、左下からやや欠け始めた満月の光を浴びながら、「我が世をば~」と歌ったわけです。
今日起こっていることはこれとほぼ同じで、月は今朝6時28分に満月になりますが、おそらく私たちはこれを見ません*3。見るとしたら今夜、左下から少し欠け始めてはいるもののまだまだ十分に丸い晩秋の月で、それは1008年と同じように輝いているはずです。
そしてこの先が今回の最も素晴らしい偶然なのですが、NHK大河ドラマ「光る君へ」で、道長が「この世をば~」と歌う場面は、明日8時からの放送の中で見ることができるのです。
*3:今朝、午前3時に目を覚ましたら、西の空に満月が煌々と眩しく、二度と眠れないかと思いました(結局は眠りましたが)。