「子どもの教養そだての総決算」~教養ある家庭に関する考察あれこれ④

 十分な環境を築き、手を尽くし――、
 それで子どもたちの教養や趣味は出身階層を乗り越えることができるのか。
 我が子を使って行った25年に及ぶ研究の結果、
 思いもよらないことが分かった、
という話。f:id:kite-cafe:20210122073945j:plain

【書籍が常にそばにある生活は、子どもをどう成長させたか】

 家に数千冊の本をそろえ、2歳のころから10歳になるくらいまで読み聞かせを欠かさず、書籍に使うお金はふんだんに与えてそれで二人の子はどう育ったか。

 結論から言うと、二人とも医者にも学者にも、詩人にも小説家にもならず、書籍に関わる仕事にも就きませんでした。

 それでも娘のシーナは大変な読書家に育ちました。今でもけっこうな量の本を読んでいるみたいです。読書から学ぶことも多く、その点で私たち両親に感謝するとも言っています。近年は私の方が面白い本を紹介してもらって読むことが多くなりました。
 総じて読書家には多いのですが、文章が堪能で長い書きものも苦にしません。シーナのブログは長年の私の愛読書でした(最近は更新がない)。

 しかし本というモノ自体に対する愛着はまったく受け継ぎませんでした。家にいるころは風呂に持ち込んで寝落ちして水没させたり、古新聞の束の上にドンと置いて私に処分させようとして何度も叱られたりしました。最近はもっぱらデジタル版で、紙の本は買っても読み終えるとすぐにメルカリで売ってしまうそうです。

 弟のアキュラは読書家にはなりませんでした。そもそも1万円の図書カードも使いあぐね、使い切っても私の方から声をかけないと新しいものを催促することもありませんでした。
 そう考えると、図書の環境も読み聞かせもまったくムダだったようにも見えますが、私が読み聞かせをしてあげなければこの子はロビンソン・クルーソーシャーロック・ホームズも知らないまま一生を過ごしてしまったのかもしれません。ですから8年に渡って読み聞かせをしたことに後悔はありません。
 また、大学生になってからは気がつくと専門外の文科系の、びっくりするほど難しい本を読んでいたりしましたから、本のある生活をさせたことはまるっきりムダだったというわけでもなかったようです。
 

【ピアノは何を育てたか】

 他のこともお話ししましょう。

 シーナには3歳のころから、アキュラには4歳からピアノを習わせ、小学校が終わるまで続けさせました。
 アキュラはピアノなんかちっとも好きになれず、いつもウンザリしていて教室を辞めるときは心から清々しい表情だったのですが、中高生のころ、ときどき思い出してはピアノに向かっていたのはこの子の方でした。

 中学校で勉強や部活との両立ができずに泣く泣くピアノ教室を辞めたシーナの方は、まるで見向きもせずに中高6年が過ぎます。しかし大学に入って音楽サークルに入るとあちこちのバンドから声のかかるキーボードの売れっ子になり、そこで先輩のエージュと会って結婚したのですから何が幸いするか分かりません。
 弟のアキュラも大学でバンドサークルに入りました。ですからギターやドラム、ボーカルの良し悪しといった点では私よりはるかにいい耳を持っているのかもしれません。

 二人ともクラシックには少しの興味もなく、音楽に満ちた生活ということにはなりませんでした。ピアノ教室に通わせた理由が「妻が独身時代に買ってしまったピアノを無駄にしたくない」という極めて親本位の身勝手なものでしたから、結果がこの程度でも満足すべきでしょう。

【子どもの教養そだての総決算】

 ついでですので、子どもたちが良き趣味をもった良き教養人となるために私たちが施してきたその他のこと、および成果について記しておきましょう。

 スイミングスクールには早くから通わせ、小学校の修了まで続けました。そもそもが健康のためと万が一水に落ちても慌てず対処できるようにと始めたものですから、大会に出るような泳力がつかなかったことには不満はありません。 シーナやアキュラの子が小学校にあがって水泳で困ったら、プールに連れて行って教えてあげられる程度でよいのです。また将来、余裕ができてスポーツジムに通うようになったとき、プールで気持ち良く泳いで帰って来られるような子であればいいと思っています。

 絵画は特に教えたり習わせたりしたことはありません。しかし二人ともいい感じ絵を描く子で、しかも美術についてはシーナよりアキュラの方に多少の才能はあったように思っています。
 私は中学校1年生の初め、わずかな期間の美術部員でした。それに最初の授業でクロッキーがすごく誉められ、絵の具を塗り始めたら先生が何も言わなくなった、そこまでの間のことです。フォルムは良かったのですが、色がまったくダメだったのです。

 アキュラはその点、学校の美術の時間に「いくら何でもそれはないだろう」と言いたくなるようなろくでもない対象を選び、しかし色彩はじつに巧みでした。体育裏の倉庫の絵などは、あんなに人工的で灰色一色しかないようなつまらない建物を、ほんとうに上手に描いていました。親で教員の私が、感心するほどです。

 鑑賞の方は――大学生になってから私が東京の美術館に一度さそったら、以後はひとりで通うようになったみたいです。したがって二人でイタリアの美術館巡りに行ったときなど、私よりも丁寧に観るので十分に堪能できました。
 姉のシーナも何回か美術館にさそって、回数としたらこちらの方が多かったはずですが、結局いつまでたっても“お付き合い”の域を脱することがありませんでした。

 あとは――「芸能人格付けチェック」になぞらえて言えばあとは味覚だけですが、これはなか難しいところです。
 妻は料理が堪能で、作り置きもありますから15分もあれば5~6種類の料理を並べることができます。味もいい(とバカ舌の私が言っても説得力はないのですが)。
 しかし調理の基調は、安い材料、使い残しの材料でいかにおいしく作るかというものですからグルメを育てるのには向きません。おまけに一流料亭どころか街のレストランでさえほとんど行っていないので、高級料理やワインを見分けるといった感覚はまるで育っていないはずです。
 おいしく食べられることはそれだけで価値です。しかし趣味としては「いろいろ食べたい」という意味での「食べるのが趣味」の段階に留まっているようです。

【今が幸せならいいじゃないですか】

 こうして考えてみると、私はかなり熱心に子どもの教養を高め善き趣味の持てるよう育ててきたつもりでしたが、やはり結果は大したことはなかったようです。
 ブルデューの言う通り、子どもたちも自分の出身階層を抜け出ることはありませんでした。でも今が幸せならいいじゃないですか。シーナもアキュラもそれなりに人生を楽しんで生きています。
 そしてここまで考察してきて、私はある意外なことに気づいたのです。

 映画が好き、絵画鑑賞も好き、読書は子どものころから一貫した趣味だった、などと書きましたが、それは間違いだったのかもしれません。

 私の一番の趣味は子育てなのであって、これこそ一番エネルギーも時間も金も使い、そして夢中になって楽しんだ最大のものだったのです。

(この稿、終了)