カイト・カフェ

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「せがれの推薦状」~長男が結婚を決意した件について② 

 子の結婚を機に、親子の関係はさらに離れていく。
 子どもは一人前になり、子が子でなくなっていく。
 いよいよ最後だ。あとは未来の配偶者に託すしかない。
 推薦状のひとつも書いて、よくお願いしておこう。

という話。

(写真:フォトAC)

【娘と息子の親子の関係】 

 おそらく一般化しても問題ないと思うのですが、家から出た子は、女の子だと実家に帰ることが多く、男の子はサッパリ帰らない傾向があるように思われます。特に結婚してからは家族そろっての帰省となると、夫の実家へは年1~2回、妻の実家へは数回といったことになりがちです。私がそうですし、弟も私の父も、それから妻の姉妹の連れ合いたちもそうですから、たぶんそうでしょう。そのくせ妻側の実家にはよく行っています。

 女の子はいつまでたっても甘えん坊で、男の子は冷淡という話ではありません。
 女性の場合、自分の実家に帰れば堂々と怠けていられるという利点があるのです。これが夫の実家だとそう言うわけにはいきません。義理の両親は、「いいから、いいから、ゆっくりしていなさい」などと言ってくれますが油断はできません。口と腹が一致しないのは日本人の美徳であり悪徳でもあるからです。

 娘のシーナも新婚のころ、夫の実家に行くといつも「いいから、いいから」で何もさせてもらえなかったのですが、一朝、決心して「お母さん! やらせてください!」「シーナさん、いいから休んでいて」「いいえ、やります! お願いします!」、そういったやり取りを数回繰り返すと、やがて向こうが引き下がり、「そうねぇ、お願いしようかしら、ひとに訊かれて“ウチの嫁は何もしません”なんて言えないものねぇ~」
 シーナからすれば「だったら言ってよ、お義母さ~ん! やる気あるんだから~」みたいな話ですが、世の世の中、確かにそういった側面はあります。その意味でも、夫の実家は気の置けるところです。

 一方、自分の実家というのは気楽な場所で、学生気分に戻って一日じゅう何もしないでも怒られる心配はありません。何も考えず、何もせずにいること自体が日常からの解放で、心身ともにすっかり癒されることになります。
 夫の方も、これが自分の実家なら、妻と実母の間で飛び交う火花に気を遣い、妻が退屈しないかとあれこれ考えなくてはならないのですが、妻の実家なら堂々と“何もしない婿殿”に甘んじていられます。気楽なものです。

 こんなふうですから、家族丸ごと妻の実家への出入りは多くなるものの、夫の実家との行き来は最小限に留まる――それは仕方のないことかもしれません。


【我が家の場合】

 私の子どもたちも同じで、コロナ禍に見舞われてからはめっきり少なくなりましたが、娘のシーナは三カ月に一回くらいは孫たちを連れて骨休めに帰省し、婿のエージュも半分以上は付き合ってきてくれました。しかし婿の実家の方へは、遠方ということもあって、年2回、行くか行かないかです。
 私の息子のアキュラは、そもそもあまり家に戻ってきません。独身の今でもそうですから、結婚後はさらに帰ってこないでしょう。

 アキュラの妻となる人も、この先あまり会うことはなさそうです。
 近々、初めて顔を合わせて挨拶を受け、遠からず両家顔合わせとなって再び会い、次が結婚式。ここまでは確実ですが、その先に会うのはいつのことになるやら――。下手をすると向こう1年以上、顔を見ることもなく過ぎてしまうかもしれません。1年先に会っても、また次は1年以上先、ということもありそうです。

 もうみんな成人なのだから自由にさせなさい、という理屈は分かります。しかしすでに結婚して10年近いシーナはまだしも、まだ20代の独身で、見るから頼りないアキュラには製造責任を感じます。
 結婚しても2~3年の間は目の隅でとらえて離さないでおこう、そう考えるのも過保護ではないでしょう。


【倅(せがれ)の推薦状】

 結婚に関して息子の推薦状を書こうと考えたのは、実は順序が逆で、先日コンピュータ内の書類を整理していたら4年ほど前、アキュラが就活をしていた時期に応募先の企業に求められて書いた「保護者の推薦状」が出てきたからです。
 両親が揃っている場合は父母二人とも書いて提出しろ、といった課題で、書いたこと自体を忘れていました。

 ただし読み成すと当時の思いはすぐに甦ってきて、「ああ、いい宿題を出してくれたな」と感謝したことを思い出しました。
 いよいよ経済的にも支えなくてよくなるという時期に、子育てを振り返り、我が子を見つめ直すというのは悪いことではありません。推薦状ですから足りなかったことや反省すべきことは記入しませんが、それでも自分が子どもの何を評価し、どんなふうに育てようと思ってきたかはよく分かります。世間的には大した子ではないにしても、その思いに照らし合わせれば、まあまあ満足すべき仕上がりかな、とも思います。

 結局その推薦状は役に立ちませんでした(他の企業に就職した)。しかし捨てるには惜しい文です。もう一度使い回してもいいのかな、と思って「せがれの推薦状」を思いついたのです。
 妻となる人も、私たちがどういう思いで育てて来たのか、気持ちを知れば少しは余計に優しくしてもらえるかもしれません。

 ということで元になる就活の際の推薦状をここに載せておきます。書き直しはこれからです。
*なお、「せがれの推薦状」は、現在放送中のテレビドラマ「元彼の遺言状」のパロディのつもりですが、まったく伝わらんでしょうな?

(この稿、続く)


【4年前の推薦状】~これを改変する

平成30年5月11日


株式会社◯◯◯様

推薦書

 アキュラの父親のスパートと申します。
 息子のアキュラは幼少の頃より好奇心・探求心が強く、3~4歳のころから「見てみたい、触ってみたい、やってみたい」が口癖のような子でした。私はそれをとても好もしいものと感じ、できるだけ多くの体験をさせるようにしてきました。
 小学校の低学年のころまでの興味の対象は昆虫や水生生物、小動物で、カブトムシの幼虫を育てたりイモリやカメを飼ったり、水族館に行けばナマコといつまでも触れ合ったりして飽きることを知りませんでした。
 小学校の高学年からは楽器作りに凝って、段ボールベースギターをはじめ木を削ってギターに似せた弦楽器を作ったり、長じてはエレキギターエフェクター製作などに夢中になって取り組みました。
 いったんこうと決めたら目的追究力は非常に強いと感じています。

 人間関係は非常に穏やかで調和的です。
 中学校時代までは、500人規模の大校の生徒会長選挙に立候補したり文化委員長として全校音楽の指揮をしたりと、大きな集団を動かす機会にも恵まれましたが、基本的には信頼関係に基づいた、息の長い、堅実な人間関係を大切にすることを好みます。目上の方、年長者に対しては常に敬う姿勢を忘れず、失礼な態度をとったりすることは絶対にありません。
 社会人となってからも誠実な企業人として、精一杯会社に尽くしてくれると信じています。

 以上の理由から、息子・アキュラを、誠意をもって御社に推薦いたします。

アキュラ 父親 スパート