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「がん」~死を恐るるなかれ③

 一週間ほど前、国立がん研究センターが主要な16部位の“がん”について、10年生存率の調査を行って結果を発表したという記事が出ていました(2017.2.16 産経新聞「がん10年生存率58.5% 5年は69.4%、改善進む がんセンターが公表」)。

 “5年生存率”というのはよく聞く言葉ですが“10年生存率”という言葉には馴染みがないので不思議だなあと思っていたら、要するにがん治療の進歩により5年以上生存する患者がかなり多くなったため、10年後も見ないと実態が分からないという話だそうです。
 かつては“がん”がぶり返すことなく5年間生存できれば「ほぼ治った」と考えることができた(乳がんのみ10年または12年)のに、今は10年見ないと治ったかどうかは判断できないうことです。

【“がん”が治るということ】

 それではなぜかつては『“がん”がぶり返すことなく5年間生存できれば「ほぼ治った」と考えることができた』のかと言うと、グラフの縦軸にがん患者の数をとり、横軸に年数をとって経過を見ていくと、“がん”の悪化や再発・転移によって徐々に生存者が減っていくのに、ほぼ5年たつとそのグラフがフラットになる、つまり5年以上たつと再発して亡くなる人が極端に少なくなるのです。そこで「ほぼ治った」とみなすわけです。
 それが10年も見なければならなくなったのは“がん”が治りにくくなったのではなく、昔だったら5年以内に亡くなったはずの人が、今や5年を越えて生存できるようになった、あるいは治ってしまうようになったというからです。
 医療の現場は日進月歩です。

 全体の治療成績も記事にある通り、全がんの5年生存率は69.4%、10年生存率で58.5%ということですので、もはや“がん”が絶望的な病ではないことは明らかです。10年以内に4割がなくなってしまう病気なら、他にもたくさんあるでしょう。“がん”だけを恐れる必要はありません。
*ただしこの数字は全がんの生存率であって“がん”の種類や患者の年齢によって大きなばらつきがあります。詳しくは(前回の調査について書かれた古い記事ですが)週刊現代2016.04.「これが本当の「ガン10年生存率」だ~部位別・年齢別に一覧表にまとめました」)を参考にしてください。

“がん”は最初の発症した部位で“肺がん”だの“肝臓がん”だのと言う名前がつきますが、その場にとどまる限りはさほど恐ろしい病気ではありません。がん化した部分をそっくり取ってしまえばいいのですから。
「イボが大きくなってみっともないから取ってしまいましょう」
といった程度の話です。しかしそうはならないのは一にも二にもそれが転移・再発するからです。

【転移・再発】

 実は転移も再発も同じもので、最初に発生したのと同じ場所で再活動すれば「再発」、違う場所で活動を始めると「転移」と言います。がん細胞は転移した先でも元の“がん”と同じ性質を持ちますから(肝臓がんは肺に転移して発症しても肝臓がんということ)、転移も再発のひとつには違いありません。

 ではなぜ転移・再発するのかと言うと、これがよくわかっていないのです。
「がん細胞は弱くて壊れやすいので初期からバラバラになり、血液やリンパ液やに混じって全身に広がり、そこに留まる。本来“弱い”細胞なのでほとんどがその場で死んでしまうが一部が生き残り、やがて眠りから覚めて一気に増殖し始める」
 と、そんな説明がなされるのですが、なぜ生き残るがん細胞があるのか、なぜ眠るのか、なぜ改めて眠りから覚めるのか、再発する人としない人がいるのはなぜか、すぐに再発する人とたっぷり時間が過ぎてから再発する人との違いは何か、それらがうまく説明できないのです。

【女王アリのがん】

 私自身は“がん”の「弱くて壊れやすい」とか「猛然と増える」とかいった印象から昆虫のアリみたいなものを想像しています。

 アリが人間の身体の中で巣をつくり猛然と増えている――それが“がん”が大きくなっていく過程です。そうは言ってもアリですから弱く壊れやすくバラバラになりやすい。バラバラになってこぼれた一部は、そこから血液やリンパ液に混じって全身に広がっていく、行った先で次々と死ぬ(何しろ小さくて弱いものですから)。

 放射線抗がん剤によって、健康な細胞よりも先にがん細胞が死ぬのも同じ理屈です。なにしろアリですから、弱く崩れやすい。強い刺激を与えると何億という数のアリが大量死し、一貫すべてが滅びたかのように姿が見えなくなる――“がん”が消えた、治ったと思わせる瞬間です。

 ところが巣を離れて遠くに行った先でも死なないアリがいる、放射線でも抗がん剤でも死なないヤツがいる――数億という大量のアリが死んだあとなのでまるで、実はごく少数のアリが見えないかたちで残っている、死なない――。
 なぜ死なないかというとそれが女王となるはずのアリ、つまり女王候補アリだからです。数億の働きアリに紛れてほとんど見えないのですが、彼女たちは明らかに他と異なるありで強くしぶといのです。
 その女王候補アリがやがて成熟して、ある日突然、大量の働きアリを生み始める――。
 これは「がん幹細胞仮説」と呼ばれるもので、私が女王アリに譬えたのは、繰り返し分裂して自分のコピーを生み出す“がん幹細胞”、いわばマザー・エイリアンです。

 とてもしっくりとくる分かりやすい仮説ですが、だからと言って再発する人としない人の違い、早く再発する人と再発までに時間のかかる人の違いまでは説明するものではありません。

(この稿、続く)