「不思議な無関心」〜ひとの生き方と死に方 5

 

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フランシスコ・デ・ゴヤ「魔女の宴」)

 

【すれ違い】

 義姉の闘病生活はまるで病気に見えなかった1年間1か月と、黄疸が始まって死に至る9カ月からなっています。その間、義姉夫婦と私たち(妹である私の妻と私、三姉妹の長姉にあたる義姉夫婦)の間に大きな感情のずれがありました。

 

 私は生来の“調べ魔”ですし種類は違うもののかつてのがん経験者ですから、義姉が胆管がんと聞くとさっそく昔買い揃えた本を持ち出し、ネットでも検索を重ねてあれこれ調べまくりました。長姉もまたさまざまに手を尽くし、通常の治療以外の何か良い方法はないかと模索し始めます。

 その結果長姉はNK療法に期待を寄せ、私は逆に先端医療から遠い漢方や食事療法、さらには加持祈祷に近いものに心傾いていきます。

 ステージⅣの胆管がんという最悪の状況に対して、現代科学はほとんど戦う術を持たない。だから全身状況を整え、心理的に余裕をもって前向きに生きることが奇跡を呼び起こす唯一の方法だと信じたからです。

 

 しかしどんなに熱心に勧めても申込書類を目の前に置いてさえ、義姉夫婦は言を左右にしてまったく動こうとはしませんでした。もちろん何もしなかったわけではなく、セカンドオピニオンとして県内随一の大学病院の診察を受け、車で5分の地元の総合病院から1時間以上もかかる病院に転院してより良いと思われる医療の道を探ったりもしました。

 しかし標準治療以外のどんな治療にも興味を示さず、“ガン封じ”といった神社仏閣へのお参りさえしません。先祖の墓参りすらしたかどうか疑わしい状態です。

 

 最初の一か月間、それこそ八面六臂の働きで資料を用意したり問い合わせた私はまったくの拍子抜けでしたが、やがて“それもいいかな”とい気持ちに落ち着いてもきます。

 

 経験上、がんに打ちひしがれる人と戦う意欲満々の人は死ぬのです。どちらも強烈なストレスですから。

 そうではなくノホホンとした人、何とかなると思っている人、何とかならなくても仕方がないと気楽に構えられる人、そういう人たちは生き残ります。私はそう信じています。

 

 ですから姉妹・義理の兄弟がうろたえて走り回っている間も、ただ標準治療に期待をかけ穏やかに過ごしている義姉夫婦の様子を見て、それもいいんじゃないかな、そういう対処の仕方もある、と思い直したのです。

 

 

【不可思議な無関心】

 それにしても義姉たちの落ち着きぶり、精神的安定というのは不思議でした。それは私が主としてネットの中で知っているがん患者やその家族の姿と全く異なったものです。

 

 先に自分のことを「生来の“調べ魔”」と書きましたが、ネット空間に入ると私なんかは赤ん坊レベルとしか思えない凄腕の “調べ魔”がいくらでもいます。それががん患者やその家族だったりすると、さらに尋常でなくなります。

 

 そのブログやサイトを覗くと、さまざまな治療法の検討はもちろん、自分あるいは自分の家族の症状を細かく観察し、腫瘍マーカーの数値には敏感で、抗がん剤も何を何ミリグラムと細かく記帳しながら、現在の症状や状況を正確に把握しようと努めています。

 常に見通しを立てながら、今後をどうしようか、最悪の場合はどう対処しようかと、思案するのにいとまがありません。

 

 もちろんネットに情報発信しようという人たちですから平均的な人ではなく、特に情報に敏感な、傾斜のかかった人たちです。しかしそれにしても多かれ少なかれ、がん患者やその家族は血眼になって情報を探す時期があるはずです。ところが義姉夫婦は違った――。

 

腫瘍マーカーはどうなっています?」と訪ねても、「いや、それは聞いてない」。

「レントゲンやCTの結果はどうでした?」と聞いても、「良くない」で終わる。

 

 私は内心「良くないにもいろいろあるだろう」とイラつきますが実の兄弟ではないのでさらに突っ込んでは聞けない。

 

 あまり思い詰めることのない私でさえ、当初は真剣に状況を知ろうと努めたのに、義姉夫婦はなぜああも平然と無頓着でいられるのだろう――。

 

 

【驚くべき言葉】

 やがて私自身も義姉たちの無頓着に慣れ、流れるままに日常を過ごし始めたころ、そしてそれは抗がん剤治療ができなくなって都会の病院の治験(治療の臨床試験)にも参加できなくなった秋口のことです。ある日たずねて行った私たち夫婦を急いでテーブルに招き寄せ、義姉はとんでもないことを言い出したのです。

「ねえ、ねえ、知ってた? 胆管がんは5年だって、5年!」

 

「5年」を義姉がどういう意味で使ったのかは分かりません。しかし「5年」はがんについて勉強し始めた時、一番最初に出会う数字です。

 

 がんの発見・治療から5年を経過して転移・再発していなければ以後症状の出ることはほとんどない、つまり一応治ったと考えていい、その割合が「5年生存率」です。

 前立腺がんの5年生存率は98.4%だから死ぬ確率は極めて低い、すい臓がんは10.0%しかないから本当に難しい。

 同じ肺がんでもステージⅠだと83.8%だから希望が持てる、ステージⅣだと4.8%だからかなり厳しい。

 そんなふうに見て今後を考える最も基本的な数字です。それを義姉は知らなかった。数字は知っても誤って捉えている。

 

 知性も教養もない人なら何も言いません。しかしネット依存の激しい私と比べればはるかに多くの本を読む人です。新聞にも隈なく目を通します。義兄は何かあるとすぐにスマホを開いて調べる私と同じ“調べ魔”です。その夫婦がこの段になってまだ「5年生存率」も知らなかったなんて――。

 

 私は何か暗然とした気持ちになりました。

 

 

                         (この稿、続く)