乗客2,666人、乗員1,045人、合計3,711人、
国籍は57カ国に及び、半数は70歳代以上。
その人たちを救うために、全国から3000人もが集まった。
「縁の下の力持ち」、彼らの生き方は美しい、
という話。(写真:フォトAC)
【2020年2月3日】
先週金曜日(2024年12月6日)のNHK「新プロジェクトX~挑戦者たち~」、サブタイトル「クルーズ船 集団感染~災害派遣医療チーム 葛藤の記録~」は、2020年2月3日に横浜港に戻って来たクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」号船上における、新型コロナウィルスと人間との14日間に渡る戦いを描いた物語でした。
この船には厚生労働省や自衛隊、国立感染症研究所、JMAT、日本赤十字社、横浜消防局など、合わせて3000人以上の組織・団体が駆けつけましたが、番組はその中で、特に陽性者の搬送や診察に当たった災害派遣医療チーム(DMAT)に焦点を当て、さらに3人の担当者を抜き出して放送につなげていました。
3人とは神奈川県DMAT調整本部長・阿南英明氏、DMAT事務局次長・近藤久禎氏、そしてDMAT事務局の業務調整員・鈴木教久氏です。3人が選ばれたのは、阿南氏が全国から人を集め患者の搬送先を決め、足りなければ交渉し、あるいは厚労省との対応の窓口になるといったいわば本部の要であったのに対し、近藤氏は実際に船に入り、現場の指揮官として判断し指示するという違う役割があったからです。二人とも医師です。
しかし3人目は特殊でした。業務調整員の鈴木教久氏は医師でもなければ看護師でもありません。医療に直接携われる人ではなく、それだけに防護服の準備から被害の情報収集まで、医療行為以外のすべてを担う立場なのです。私はこの人に強く魅かれました。
【災害医療の最底辺で――】
「自分たちがやらねば、そこに医療も届かない、というところが災害医療のやりがいじゃないですかね」と語るこの人は、最初から医療の現場にいた人ではありません。元々は菅原文太に憧れるトラック・ドライバーでした。その鈴木氏が24歳の時に転機を迎えたのです。
生まれた女の子に心臓病やダウン症の障害があり、トラック・ドライバーでは遠出の仕事もあって娘のそばにいてやれないために転職したのです。そのとき選んだのが病院の事務職でした。本人の弁によると、
「子どもの病状のことを説明されても、やっぱり理解できないところがたくさんあるじゃないですか。病院に就職して働けば、そういう知識もついてくるだろうし――」
それから5年たって子どもの心臓病が安定したころで鈴木氏はDMATに参加。以来15年間、恩返しの思いで、被災者のために働いて来たと言います。
「僕はやっぱり、これまで子どものこともありましたし、医療というものにとても感謝をしてきました。家族を救ってもらいましたし、医師が診療に回ってくれるということが本人や家族にとってどれほど安心か、さらに病院にいけばもっと安心できるということがよく分かるのです。こういうことって医療にしかできないことですし、そのためには情報をまとめることも大切ですし、通信環境を確保することも大切です」
一世を風靡したデコトラ(デコレーション・トラック)のトラック野郎・菅原文太、その派手な出で立ちに憧れてトラック・ドライバーになった若者が、娘のために大好きな仕事を辞め、その子の病気や障害を理解するために病院に就職する。やがて子どもの病気が一段落すると、恩返しの一念で、医療の最も困難な場所で最も地味な仕事に黙々と従事する――まるで絵にかいたような、地味で武骨で誠実な生き方ですが、そんな美しい生き方をしている人はこの国には珍しくないのです。
【縁の下の力持ち】
もうすっかり死語になってしまって、説明抜きではほとんど誰も分かりませんが、私は、
「縁の下の力持ち」
という言葉が好きです。大正か昭和初期に建てられた古い家の縁の下で、「エンヤラサッ」と家全体を支える大男の姿が目に浮かぶのようです。
もちろん縁の下ですから現場にいて見ることはできません。目に見えないからこそ死語になってしまったということかもしれませんが、その存在自体はいまも、どこにでもあります。
たとえば一見平和で、そもそもどこにも問題のないように見える家族、日々淡々と日常が進行する事務所、当たり前の当たり前に働く工場ーーそうしたところには必ず、縁の下の力持ちの力が働いています。
放課後の教室にチリひとつ落ちていないクラス、下足箱の靴がいつもきれいに揃っているクラス、何かにつけて仕事のしっかりできるクラス――そうした学級をみるとついつい、「このクラスの子たちはみんな意識が高いのだろうな」と思ったりしますが、そんなことはありません。どんな指導をしようがどんな学習をしようが成績に差ができるように、意識を一番高いところで揃えるなどということはできないのです。
チリひとつ落ちてないクラスには下校の挨拶をしたあと、さりげなく周辺を見回してゴミを拾ってゴミ箱に捨てるような子が2~3人いるのです。靴が揃っているのも、ちょっと気にして他人の分も直している子が、クラスにひとりかふたりいるのです。そうした「縁の下の力持ち」がいるから、優秀な組織・団体は存在できます。
そうやってそんな子を育てたか、担任の先生に聞いておく必要があります。偶然にできたものではなく、育てられることは間違いありません。