「ポスト真実とおでんツンツン男の物語」�A

坂本金八の亡霊】

 マスメディアは正しい情報を、流していないのではないか、そう疑う人は多いでしょう。それは自分がよく知る世界が描かれたときに感じます。

 例えば私の場合は学校。

「ごくせん」や「GTO」くらいハッチャケると誰も本気のしないからいいのですが、中途半端に真面目だったりすると厄介です。「3年B組金八先生」などもう40年近くも前の話なのに、いつまでも亡霊のごとく立ち現れます。

(「素人の武田鉄矢さんにできることが、なぜプロのアンタにできないんだ?」by保護者、といった具合に)

 あんな部活顧問もしない、生徒と同じ時間に登校してくる、チーム支援もできない教師が、何ほどのものかと思ったりもするのですが、その論理が通用しない人には通用しません。

 教員だったら皆同じ気持ちで「金八」を見ていたはずです。そして他の職業であっても、同じような苛立ちや被害を感じながら、マスメディアに接している人は多いのではないでしょうか。

【医師や公務員は悪人なのか】

 例えば人気ドラマ「Doctor-X 外科医・大門未知子」のオープニング・ナレーションはこうです。

これは一匹狼の女医の話である。

大学病院の医局は弱体化し、

命のやりと りをする医療もついに弱肉強食の時代に突入した。

その危機的な医療現場の穴埋めに現れたのが

フリーランス…すなわち、一匹狼のドクターである。

 私たちはドラマの中で、大学病院の医師たちが患者の命よりも出世や勢力争い、金のために奔走するのを見ます(主人公のみ別)。もちろん大人ですからそのまま鵜呑みにしたりはしませんが話半分、あるいは9割フィクションと思っても、残る部分があります。

 さらに連日医療事故や誤診のニュースが流されると、心の隅に固いしこりのように、小さな疑念が宿ります。そうした状況を、実際の医師や看護師たちはどう見ているのか。

 あるいは、「外務省の伏魔殿」とか「都庁の伏魔殿」とか言われる政府・地方公共団体の役人たち、己の出世や天下り先確保のために日夜奔走しているように言われますが、実際どうなのでしょう。

 かつての私の教え子は、「なぜ日本には“官僚”がはびこっているのですか? “官僚”をなくすことはできないのですか」と真顔で質問してきましたが、熱心なニュース・ウォッチャーの彼に、“官僚”と“悪人”の区別がつかないのは無理なからぬことだったのかもしれません。 

 ただし、私の知っている公務員は大部分が小心翼々とした普通人で、誠心誠意、真面目に業務を果たしている人たちです。彼らの目にそうした報道や議論がどう映るのか、想像に難くありません。

 困ったことに医療ドラマにも非常に質の良いものもありますし、報道バラエティにもまじめなものがたくさんあります。悪いものばかりなら問題ないのですが玉石混交なので難しくなります。

【ウソつきが一から十までウソをついてくれるなら楽なもんだ。困ったことにアイツら半分は本当のことを言う】

 インターネットの草創期、ネット情報のほとんどはとるに足らないもので、あの野口悠紀雄さんでさえ『「超」整理法』では使い物にならんと言っていました。それがわずか6年後には『インターネット「超」活用法』などという本を書くようになったのですから、この世界の成長は凄まじいもでした。しかしもちろん正しい、正確な情報だけが増えて行ったわけではありません。言うまでもなく、こちらはマスメディア以上の玉石混交さです。

 さてその上でマスメディアとネット、どちらを信じるか――。

 つい最近までそれは設問にすらなりませんでした。

 日本放送協会や民放各社、新聞社など顔の見える組織が運営しているマスメディアの方が信頼できるに決まっている――誰もがそう思っていられました。しかし今はそうでもありません。

 メディアが独立したものでなく、政治家と結託してことを進めているとしたら、真実はむしろネットの中にこそあるのかもしれない――玉石混交とはいえ確実に宝玉のあるネット社会の方が、すべてが欺瞞に覆われた現実社会よりむしろ確かではないか、玉と石とを区別する能力さえあれば確かな情報をつかむ可能性はこちらにこそある――そしてオレにはその能力がある――。

 かつて現実社会とネット社会との間には明確な壁があり、彼岸と此岸は厳しく分けられていました。しかし今や二つは同じ地平にあって人々は意思に従って自由に選び取るようになったということです。

 そしてそのうちに、今、自分がどちらの側にいて何をしているのか分からなくなる人間も出てきます。

「おでんツンツン男」はそのような人なのかもしれません。

                                (この稿、続く)