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「異端の主人公たち=昭和人とASD(自閉症スペクトラム症)」~2024年の冬ドラマ、私はこれを観る

 2024年冬ドラマが始まっている。
 玉石混交をどう選りすぐって良き番組に出会うか、
 今期は何を観ていくか。
 そこで見えてきたのが異端の人々の物語。
という話。(写真:フォトAC)

【2024年の冬ドラマ、私はこれを観る】

 2024年の冬ドラマ。1月の第二週から始まってすでに4回分を終了したものもあればこれから始まるものもあって、他の時期と比べてさらにバラバラな印象があります。また、全体の本数もそうとうなものになり、片はし第1回を見て気に行ったら観続けるということもなかなかできそうにありません。そこで私が行っているのは次のような基準に従うことです。

  1. シリーズもので、以前気に入っていたドラマの続編は観る。
    今期で言えば「正直不動産2」「作りたい女と食べたい女 シーズン2」
  2.  脚本家が好きな人であれば最優先。
    「光る君へ」(大石静)、「不適切にもほどがある」(宮藤官九郎)、「お別れホスピタル」(安達奈緒子
  3. BGD(バック・グランド・ドラマ:ドラマを流しながら仕事をする)というとんでもない技を持っている妻が、大量のVTRから選び出して勧めてくれたもの。
    今期で言えば「厨房のアリス」「グレイトギフト」「おっさんのパンツがなんだっていいじゃないか」

 冬ドラマという訳ではありませんが、1月になってから日曜日夜11時の海外ドラマ枠に「アストリッドとラファエル4 文書係の事件録」が入って、これも「1」の基準に則して観ています。 

 他に「好きな俳優が出ている」という基準もあるのですが、今期それにあたるのは永野芽衣さんの「きみが心をくれたから」と奈緒さんの「春になったら」だけ。しかし両方とも第1回を観たらかなり重苦しくなりそうなので1回でやめました。

 以上9本。その中で特に気に入っているのが、「不適切にもほどがある」「厨房のアリス」「光る君へ」、そして「アストリッドとラファエル4 文書係の事件録」の4本です(「お別れホスピタル」〈NHK〉は、明日2月3日始まり)。

【昭和人である私のモヤモヤを晴らす】

「不適切にもほどがある」(TBS系列:金曜日)は脚本が宮藤官九郎、主演が阿部サダヲ、絡む共演者が吉田羊と仲里依紗となれば面白くないはずがありません。
 物語は1986年の高校教師小川市郎(阿部サダヲ)と2024年の社会学者向坂サカエ(吉田羊)が生きる世界を交換したかのようにタイムスリップし、サカエはセクハラ・パワハラ満載の1986年の日本を喘ぎながら泳ぎ、小川はあれもこれも許されない令和でイライラしながら時を過ごします。

 番組の中で再三”「1986年当時の表現をあえて使用して放送します」と”お断り”テロップが出るように、「ブス」だの「女の腐ったやつ」だの「男のくせに」だのといったセクハラ発言が出るばかりか、「連帯責任」だの「ケツバット」だの、あるいは路線バスや授業中の教室内での教師の喫煙、同僚の高杉愛先生に対して「でかすぎパイ先生、初体験はいつ?」と平然と聞くなど、現在の人権重視、コンプライアンス重視から考えるとありえない話、許されない内容が次から次へと出てきます。
 しかし、だから昭和はロクでもない時代だった、最悪の時期だったとなるのかというと、そうはならないからこのドラマが成立しているのだと言えます。
 
 第1話の最後の場面は令和の居酒屋で、アプリ開発会社の社員・秋津(磯村勇斗)が先輩の社員から指導を受けています。後輩の加賀(木下晴香)からハラスメントを訴えられたからです。先輩社員の田代(咲妃みゆ)は、「期待してる」「がんばれ」といった言葉が圧力となり、「Z世代」といった言葉でひとくくりにすることで、加賀の心は折れたのではないかと推測し、「こういう時代だから、褒める時も言葉、選ばないとね」と声をかけます、
 それを横で聞いていたのが、昭和からタイムスリップしてきた小川です。小川はこう言って噛みつきます
「頑張れって言われて、会社休んじゃう部下が同情されてさ、頑張れって言った彼が責められるって、何か間違ってないかい?だったら彼は、何て言えばよかったの?」
「こんな未来のために、こんな時代にするために俺たち頑張って働いてるわけじゃねえよ!期待して、期待に応えてさ、叱られて励まされて頑張って、そうやって関わり合って強くなるのが人間じゃねえの?」
 「がんばれといってはいけない」「期待している、よくやったと誉めてもいけない」という風潮に、不安を感じる人は昭和人(しょうわびと)でなくても、少なくないはずです。叱ってもらいたい若者がいることも、鍛えてもらいたい人がいるのも当たり前でしょう。
 企業はまだしも、不勉強で怠け者(と見える)我が子が、学校でも勉強をしないことを”個性”として認められ、励ましてももらえない、がんばっても誉められない、そんな時代が来ればいいと思う親は多くないはずです。なにか不安です。
 
 やがてドラマはミュージカル仕立てになり、秋津は「とにかく話し合おう」と歌い、後輩の加賀は「ほんとうは叱ってほしかった」「かまってほしかった」と告白して話し合い、分かり合えた喜びを表現します。

「多様性の時代だから昭和の価値観を押し付けるな」という言い方もできれば「多様性の時代だから昭和の価値観も認めろ」とぶつかり合うこともできます。人権やコンプライアンスが大事なのはもちろんです。しかしクドカン宮藤官九郎)どちらの考えが正しいといった言い方はせず、とりあえず「話し合いましょう」と提案します。十分な答えにはなっていませんが、そこにしか可能性はないのかもしれません。

発達障害という重いテーマを扱うドラマ2選】

 発達障害や非虐待がドラマの潮流のひとつになろうとしています。発達障害のために育児放棄された主人公などというてんこ盛りみたいなのもあって、もちろんそうした例が皆無とはいませんが、重要な問題が軽々しく扱われることに、苛立ちを感じることもあります。しかしそれでも、これらがテレビドラマで扱われるようになったことは喜ばなくてはなりません。
 考えてみると発達障害の一部であるASD(自閉症スペクトラム)が、初めてドラマの中で表現されたのは、1988年公開の映画「レインマン」(ダスティン・ホフマントム・クルーズ主演)でした。それから40年近くたって、ようやく日本のテレビでも真正面から、真面目に取り上げようとする時代が来たのです。やはり感慨深いものがあります。

「厨房のアリス」(日本テレビ・日曜日22:30~)は化学式と調理をこよなく愛するASDの主人公:八重森ありす(門脇麦)が、周囲の人々に支えられながら、なんとかレストランの厨房を切り盛りして行くドラマです。ASDにはさまざまなタイプがいますが、門脇さんはうまくその一つを演じていると思います。
 実は私が唯一観ている外国ドラマ「アストリッドとラファエル4 文書係の事件録」の主人公アストリッドもASDで、貫地谷しおりさんが吹き替えをしています。こちらも実にうまい吹き替えになっています。
 
 両方に共通するのはとても有能な理解者が、主人公のそばに張り付いていることです。彼らの存在がカナメです。
 ASDに関する情報はしばしば偏っていて、ありすが料理の天才でアストリッドは犯罪推理の天才であるように、特殊な才能を持った人間として扱われることが少なくありません。レインマンの主人公も確率論の天才としてギャンブルで弟に大儲けさせています。しかし実際のASDは私たちと同じように、凡人であるのが一般的なのです。そしてなかなかつき合うことが難しい。難しいにもかかわらず、良き理解者、良き支援者に恵まれることも少なくありません。

 ドイツの小児科医ハンス・アスペルガーは自身が発見した自閉症の子どもたちを、
「とても魅力的な子どもたち」「小さな教授たち」
と呼んで愛しました。分からないではありません。

 そんなことも考えながら「厨房のアリス」「アストリッドとラファエル4 文書係の事件録」楽しんで観て行きたいと思います。