豊洲の地下空間問題について、それを決めた人や組織はありませんが責任者はいます。少なくとも当時の市場長と都知事の責任は免れません。
縦割り行政の問題点といった話は昔からあったのですから、横の連絡が密になるような組織づくりは常に心掛けるべきで、そこに欠陥があった以上、上に立つ者が責任を取らねばなりません。どういう責任の取り方があるのかは分かりませんが、彼らに責任を取ってもらいましょう。そのために役職というものはあるのです。
同じことは3兆円を超える可能性が出てきたと言われる東京オリンピック・パラリンピックの運営費問題についても言えます。
これについて、先週金曜日のニュースウォッチ9で調査チーム統括役の上山信一慶応大教授がこんな話をしていました。
例えば、ボートやカヌーの会場となる「海の森水上競技場」の建設費が7倍にも膨れ上がったことについて、都の職員やゼネコンに罪はない。もともと招致運動の段階で「選手村を中心とした半径8km圏内に85%の競技会場を配置したコンパクトな会場配置」というのが“売り”になっていて、その枠で考えるとボート・カヌーの会場はあの場所しかなかった。
しかしあそこに競技場をつくると海の潮の影響を受ける、海風・陸風が横風となって競技に影響を与える。そのため潮の影響を抑える防波堤、風の影響を押させる防風林と対応を重ねるにしたがって予算が膨らみ、当初の69億円があっという間に1000億円を超えてしまった。それを何とか抑えに抑えて出してきた数字が491億円。東京都職員もゼネコン社員も精一杯努力した結果がそれであって、そもそもコンパクト・オリンピックという理念を外さない限り、他に議論の余地はなかった。
この話はよく分かります。
日本の公務員は――というより日本人は、与えられた条件の中で常に精一杯の努力を惜しまないのです。怖ろしいことに、上が決めれば相手がアジアの眠れる獅子(清)であろうがヨーロッパの白熊(ロシア)であろうが、GDPで4倍もあるアメリカであろうが、平気で戦争を遂行してしまいます。
上が何を決めてもさっぱりうまくいかない国が世界にはいくらでもある中で、日本の公務員は過剰な成果を出してしまいます。だから気をつけて扱わないと危険なのです。
話を戻せば、2020東京オリンピック構想は最初から胡散臭いものでした。
3年前、ブエノスアイレスでジャック・ロゲ前IOC会長が「トーキョー!」と叫んだほとんど次の瞬間から、バスケットボールはさいたま市へ、セーリングは江の島ヨットハーバーへ、自転車競技は静岡県伊豆市へ、レスリングやフェンシングやテコンドーは幕張メッセへと次々と会場が変更されました。国立競技場も設計変更されと、当初の“売り”がボロボロです。
それは極めて日本人的でないできごとです。
要するにそれがグローバル・スタンダードなのです。
今年のリオデジャネイロ・オリンピックは「本当によく成し遂げた」と誉めるに値するものですが、施設面でいえば当初の計画の見る影もないものでした。
インドネシアの中国高速鉄道も、台湾の鴻海精密工業によるシャープ買収もみな同じで、条件を示して契約を取り付ける、そのあとで条件自体を見直す、値切り倒す、それが世界の常識なのです(おそらく)。
2020年夏季オリンピック招致に際しても、東京は絶対確実、保証できる範囲の計画を持って行ったらイスタンブールやマドリッドに勝てない。2割、3割、5割り増しくらいの計画を持って行って、あとで値切ったって誰も文句を言わない(だってみんなやってるグローバル・スタンダードなんだもン)――そんな配慮があったとしか思えないのです。
世界のやり方に日本が合わせた――しかし国内はそうした“いい加減さ”に対する対応力もコンセンサスもないため、与えられた条件を満たそうと精一杯のことをしてしまう。国際公約なのだから費用がいくらかかっても実現しなければならないと、ひたすら努力し、いたずらに時を過ごし、3兆円という膨大な予算計画ができてしまう――。
都の調査チームは、
『東京都と組織委員会など関係する組織の間で連携が十分にとられておらず、「社長と財務部長がいない会社と同じだ」として司令塔と財務責任者の不在が問題を深刻化させていると指摘』
したそうですが、それこそがこの国で公務員を使う場合のもっとも注意しなくてはならない点でした。
ほんとうは大枠をガシッと決めてタガをしっかり嵌め、あとは全部任せればよかったのです。
この国の公務員は余計なことはしません。気も利かなければ融通も利きません。つまり自分の手を汚そうとはしないのです。そのかわり与えられた仕事は、信じられないほどきちんと行うのです。
2020東京オリンピックについていえば、外すべきは「選手村から8㎞以内のコンパクト施設」という枠で、嵌めるべきは「全体予算」というタガでした。しかしそれを考え、行うべき社長と財務部長がいなかったのです。
(この稿、続く)