「私が仕事を辞めたいくつかの理由」➀

 3月31日付で2年間勤めた児童館の仕事を辞めました。他の誰かにポストを譲ったというような話ではありません。制度的にはあと2〜3年続けてもよかったのですが、諸般の理由により辞めることになったのです。

 まだ働けるのにどうしてと質問され、一応それなりの答えをするのですが自分でも十分説明できていない感じなのでここにまとめておきます。定年退職の近い人には参考になるかもしれません。

「私が仕事を辞めたいくつかの理由」1――飽きた

 簡単に言ってしまうと「飽きた」が一番の理由かもしれません。これには私の資質との兼ね合いがあります。

 教員だった時も担任教師として仕事をしていた時期は良かったのです。とにかくクラスが変わるたびに子どもは新鮮でいちいち一からやり直さなければなりません。そのたびに新しいタイプの子に出合い、そのたびに勉強のしなおしを強制されます。そして学んだことがすぐに生かされ、生かされないないまでも試すことぐらいはできます。

 ところが管理職に回ったあたりから事情が変わってきました。

 新しい学校に赴任したその年はいい。とにかく様子がわかりませんから次々と襲い掛かる仕事や事件を片端なぎ倒しているうちに一年はあっという間に終わります。その学校の課題が見えてきて、自分の仕事の場も見極めがつきます。

 続く二年目はそうした認識に立って自分なりの改革や変革を行うときです。そこで力のある人なら2年計画、場合によっては3年計画といった感じで偉大な仕事をするのですが私の場合は底が浅く、引き出しも少ないのであっという間にやることが終わってしまいます。もちろん課題は残りますが、私の力で解決できるものはないのです。

 3年単位で異動することの多かった私の3年目はほんとうに退屈でした。何しろ私の力で新たにできることは何もないのです。慣れた仕事は単なるルーチンワークで右から左に流すだけです。それは生き生きとできる仕事ではありません。

 児童館の仕事も同じで“他の人ならあんなこともこんなこともしたがるだろうな”ということはあっても、私の力で行えることではありません。このさき何年やっても状況の変わらないことは明らかです。

 

「私が仕事を辞めたいくつかの理由」2

         ――上司と意見が合わないことに踏ん張りが効かない

 直接的にはこれが一番の原因です。

 私の勤務する児童館は行政の直営ではなく、指定管理の委託事業です。その間に入る組織との相性が悪く、気分の悪いことも少なくありませんでした。

 しかし教員だった時代も上司と意見の合わないことはありました。特に何人かの校長とはまったく意見が合わず、腹を立てて辞めようと思ったことは何度もあります。

 自分が管理職になってからは行政に一歩近づいた分、文科省教育委員会の指示・方針にモロに晒されることになり、そのたびにホゾを噛んだりしましたがそれでも我慢ができた――。

 教職というやりがいのある仕事に未練があり、家庭にはまだ小さな子どもたちがいて安定した収入や退職金も魅力的だったからです。

 しかし嘱託として働く児童館の仕事は収入もぐんと少なくなり退職金があるわけでもありません。何年もかけて技術を磨き自らの成長を確認し続けるといった目標が立てられるわけでもない。

 仕事自体は楽しくて仲間にも恵まれているのですがそれだけで自分を支えるのは容易ではありません。

 昔なら我慢できた。しかし今はそれができないのです。

                            (この稿、続く)