「結局、問題は別のところにあるのではないか」~教職一年目ですでに辞めようかと迷っておられる先生方へ④

 教職に限らず、体を壊してまで続けるべき職業はない。
 しかしまだ多少の余裕がある人は、考えてみるといい。
 他の世界はどうなっているのか、
 いま感じていることがすべてだろうか、

という話。

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(写真:フォトAC)
 
 

【辞めるに辞められない】

 教職一年目ですでに辞めようかと迷っておられる先生方の多くが、今もまだ、辞めることなく苦しんでおられます。なぜさっさと辞めないのか――。その最も大きな理由が、
「担任教師が中途退職することがどれほど多くの人たちに迷惑をかけるのか、分かりすぎるほどわかっているからだ」
ということ、私は十分に理解しています。

 教員志望の極端に少なくなった昨今、自分が辞めると次がいないことは多くの先生方がご存知です。私の住む地方都市でさえ、小学校だけで常時10人前後の欠員があると聞いています。一市内に担任のいない教室が10もあるのです。
 中学校と違って小学校には副担任という制度がありませんから、新任講師が来るまで、とりあえず代理ができるのは副校長(または教頭)だけ(*1)です。普段でも勤務時間は14時間~15時間といったこの人たちが、自分の仕事をすべて夜に回して担任代行をしているのです。尋常ではありません。それでも講師の見つかる見通しでもあれば耐えられますが、まったくないとなると絶望的です(*2)。
*1 校長は制度上「教員」ではないので、代理で担任を行うことはできません。
*2 こういうとき、昔だったら校長が伝手をたどって、退職教員を無理やり現場に戻すという奥の手があったのですが、教員免許更新制のためにことごとく失効していて代理が務まりません。これが更新制廃止の主因です(けっして先生たちのためではありません

 辞めずに、何とか今年度だけはと、骨身を削って頑張ってくださっている先生方にはほんとうに頭が下がります。しかし心身を壊してまで果たさなくてはならない恩義もないはずです。そんなときはどうぞ遠慮なく学校を後にしてください。校長先生たちが何とかします。
 しかしそこまで追いつめられているわけではないという先生方は、まだまだ思案の余地があります。ここで何を判断材料として、何を考えるかは重大な問題でしょう。
 
 

【世間はどこへ行ってもしんどそう】

 まず考えておかなければならないのは、次の仕事が果たして今より良いものかどうかということです。
 実家に稼業があってよく知ったその仕事を継ぐ気があるという場合はよいでしょう。古い友人や先輩からしつこく誘ってもらっている仕事があり、そちらで能力を試してみたいというような場合もけっこうです。
 問題は辞めてすぐに就く、次の職にアテがない場合です。

 私はいつだったか立体駐車場のエレベーターの前で、後ろから近づいてきたサラリーマン風の二人の男性の会話を小耳にはさんだことがあります。どんな話をしながら近くまで来たのか分からないのですが、年長の男性が若い男性にこんなことを言っていました。
「まあとにかく、いずれにしろ、9月が過ぎる辺りまでは、土日も休めるなんて思っちゃ困るよ」
 若い男性はかしこまって「はい」とだけ答えていましたが、私は心の中で深くため息をつきました。何か恐ろしい言葉を聞いたように思ったからです。現在だったらパワーハラスメント、即時に訴えてもいいような話ですが、若者がその企業にこだわるようなら耐えて土日も休まず働くしかありません。教員だったら夏休みもあるのにね――それが私の内心の声でした。

 教員の生活は確かに苛烈です。しかしそれ以外の仕事がすべて楽なわけではありません。
 公務員で言えば財務省通産省の異常な働きぶりはつとに有名です。コロナ禍がなくても多忙だった保健所の職員はこの一年半、死ぬほど働かされてきました。児童相談所も警察も、誉められたり感謝されたりする何倍も非難されながら苛酷な労働に耐えてきましたし、市町村役場の職員の中に、心を病む人が少なくないのも事実です。

 民間は――勤める場所によってだいぶ差はありそうですが、企業案内に「ブラックです」と書いているはずもなく、入って見なければわからない面も少なくありません。あの日本最大の広告代理店「電通」でさえ過労自殺があったのです。名の知られていない中小零細企業は闇の中、ホワイトもブラックもグレーも見えてきません。
 
 

【私の場合】

 私は29歳のときに闇雲に会社を辞め、1年間の浪人生活を経て30歳で教職に就きました。先も決めずに辞めたのは前の仕事があまりにもブラックだったからです。
 労働環境もブラックでしたが、それ以上に内容がブラックでした。
 今流の言い方をすれば「学習塾の起業コンサルティングおよび支援事業」といった感じの会社でしたが、「どう考えても成功しないだろう」と思われるような場所に、平気で資金と部屋を提供させ、塾を開かせるのです。当然あとは赤字に赤字を重ねて1年ほどで潰れてしまいます。

 私は教材をつくったり講師のやりくりをしたり、場合によっては自分自身が教えに行ったりする「教務」と呼ばれる部門の社員でしたが、「営業」の汚い仕事の後始末にもしばしば駆り出され、それが嫌でたまらなかったのです。

 ですから教員になってウソをつかずに済むことが本当に幸せでした。当時の学校だってそんなに暇だったわけではなく、新任の年に学校に行かなかった日数は年末年始の6日間を含めても12日間だけ、学期中は朝6時に出勤し、夜は6時過ぎに夕食に出てそれから学校に戻って10時前後まで仕事をする、しかもクラスは荒れまくりでまったく収拾がつかない、とさんざんでした。しかしそれでも、人を騙さずに済む生活、朝から晩まで教育の話ばかりしている善人たちと一緒に働くことの喜びは、手放せなかったのです。
 それがそののち30年も教員を続ける原動力でした。
 
 

【結局、問題は別のところにあるのではないか】

 教職一年目ですでに辞めようかと迷っておられる先生方、
「もしかしたら自分が辞めたい原因は、教職のブラック体質以外にあるのではないか」
 そんなふうに考えたことはありませんか?

 人間はどれほど大変であっても、どれほど苛酷であっても、それが楽しかった面白かったり、あるいはこの上ない達成感や自己効力感があったり幸福だったりすれば、かなりのところまで頑張れるものです。
 若いころの私は連日の徹夜麻雀も読書も、足を棒にして歩く美術館巡りも、1日100kmで数日間にわたるサイクリングも、全く平気でした。面白く楽しく、達成感や成就感があったからです。

 この3月、一緒に大学を卒業して別々の道に進んだ友だちの、みんながみんな面白おかしく暮らしているわけでもないことは、あなたも知っているはずです。ほかの道だって険しいのです。しかしそれにもかかわらず辞めたいと思うのは、この仕事が楽しくない、面白くない、達成感や自己効力感が持てない、だからではないか――そんなふうに考えたことはありませんか?

(この稿、続く)