「日本が汚れる」①〜インドネシア高速鉄道と国立競技場

 私がここ数日間、心悩ませ緊張していたのは、インドネシア高速鉄道が日本に決まるか中国かという問題です(マ、私事平和ということだな)。

 昨夜も遅くまで起きていて、結局ニュースにならないので「結果は明日かな」と思って眠ったのですが、今朝はテレビをつけるのが怖くておっかなびっくりでした。
 結果は・・・。
 ご存じのとおり高速鉄道の建設計画そのものの見直し、政府の財政投入も融資保証もしない、鉄道の速度は下げてもいいから3割から4割の建設費削減でやりたい、それでもいいなら手を挙げてくれというものでした。なんだか膝から崩れ落ちそうな答えです。
 私でさえそうでしたから日中関係者の落胆、というかコケ方は大きかったのではないでしょうか。そんな答えの可能性があるならあらかじめ匂わせてもよさそうなものだし、だったら一昨日の関係閣僚会議のものものしさ、秘密めいた様子は何だったのでしょう。
 今のインドネシアにはぜいたく品だという論理もわかりますし、どちらを選んでも対中・対日いずれかの関係にひびが入るから選びたくないという事情も分かります。私としても、風が吹いていると言われた中国の方が選ばれなかったからいいや、というところで矛を収められる話ですが、とにかく疲れる話でした。

 ところで、なぜそれほどに気になったかというと、中国の高速鉄道が外国に受け入れられるようでは世も末だと思ったからです。
 知ってのとおりあれは日本やドイツ・カナダなどによる強力な技術援助によって作られたものです。まさか中国の低すぎるモラルと高すぎる模倣技術によってそれが横取りされ、海外市場でライバルとなって現れるとは誰も思っていなかったのです。そんな信義に悖ることを旧儒教国がするわけはないと勝手に思い込んでいたのです。
 しかもインドネシア向けプロモーション・ビデオではいけしゃあしゃあと「欧米の調査によると、世界で最も安全な高速鉄道だと言われています」とか言っていますし、日本より3年も早く建設するというのも眉唾です。建設技術としては似たり寄ったり(もとが一緒)ですから、そんなに早くできるのは安全のための丁寧な仕事を怠るか、本土から大量の労働者を連れてきて一気に仕上げるか、その程度のアイデアしかないはずです。後者の場合インドネシアに雇用は生まれず、したがって落ちる資金も極めて少なくなってしまいます。これは中国にとってアフリカ諸国でやりなれた方法です。
 そんな不正義が世の中にまかり通っていいはずがありません!

 以上、ここまでが感情的な話です。

 国内はまだしも、国際社会はさっぱり正義の通らないところでクリミアにしても南沙諸島にしても“やったモン勝ち”だということは重々承知です。いくら「正しくない」と叫んでも、終わってしまったことは取り返しがつかないのです。北方領土しかり竹島しかりです。
 日本だって歴史を紐解けば、後ろ暗いところはいくらでもあります。少なくとも満州事変や満州国建国が「やっちまえば何とかなる」とタカをくくってはじめられたことは明らかです。
 したがって昔も今も、国内での身の処し方と海外とでは全く違ったものにしなくてはならないということ十分わかるのです。しかしそれでいいのかとなると、話は別でしょう。

    (この稿、続く)