「教育のドクター・ショッピング」

 よりよい医療を求めて次々と医者を変えることを「ドクター・ショッピング」と言うのだそうです。

 セカンド・オピニオンと異なるのは、後者が主治医の了解のもと、治療方針の確認や補強、場合によっては新たな選択として別の医師の診断を仰ぐのに対し、前者「ドクター・ショッピング」は患者の自由意志によって医師を変えることを言うといいます。

 またこの「より良き医療」というのは「もっと優れた医療」という意味であると同時に、「自分に都合の良い医療」「自分の意に沿う医療」という場合もあります。例えば私はこの言葉を、「“うつ病”乃至は“うつ状況”という診断を受けて療養休暇に入るために医師を変える人々」の話、として知りました。診断書が欲しいのです。しかし「都合の良い」は必ずしも“自分の利益になる”という意味ではありません。

 例えば「自分はガン」だと信じた患者が、それ以外の診断をすべて排除して「ガンだ」と言ってくれる医者が現れるまで病院を変え続けるといった例がそれです。実質的な利益より個人の納得の方が重要なのです。

 教育相談の場でもしばしばそういうことがあります。

 古いところでは不登校の指導の場で、病院や保健センター、児童相談所などを次々と渡り歩いた後、結局「それは受験中心主義のせいだ」とか「管理教育がすべての元凶だ」といった学校批判の立場に立つ人々のもとに多くの保護者が寄って行ったことなどが挙げられます。

 家庭における指導にほとほと疲れ果てた保護者が、「子どもをゆっくり休ませましょう」といった甘い言葉に引き寄せられていったのも同じです。そして多くの子どもが不登校から引きこもりに移行していきました。

 かつて子どもが非行に走ったとき、「六本木が悪い」と言って顰蹙をかった芸能人がいましたが、この人など、一緒に「六本木が悪い」と言ってくれる人がいたらすうっと近づいて行ったはずです。しかしそれで問題が解決しないことは誰の目に明らかです。

 子どもの危機に関して、親は最高の注意を払い最大のエネルギーを注ぎ込まなければなりません。まさに子育ての危機管理です。

 その原則は「危機管理のさしすせそ」と呼ばれる一般的なものと同じで、

(さ)最悪のことを考えて、

(し)慎重に、

(す)素早く、

(せ)誠意を持って、

(そ)組織的な対応を

いうことになっています。

 自分の都合の良い結果をもとめ、あるいは自分の推論に合致する判断だけにすがって問題解決に当たろうとしてはいけません。

 幾多の方針の中でもっとも苦しいものを受け入れる、それが「最悪のことを考えて」の対応だからです。