蓬生麻中不扶而直(蓬を麻中に生ずれば、扶《たす》けずして直し)〈荀子〉
教育の世界にいれば誰でも一度は聞いた言葉でしょう。
蓬(よもぎ)というものは、ふつう土にへばりついて生えているものだが、そんな蓬でも上へ上へとまっすぐに伸びる麻の中に生えると自ずとまっすぐ育つものだ。人間も同じで、環境を選びよい交友関係に恵まれれば、それに感化されて自然と立派に育つ、という意味です。
荀子は続けて、
「君子は必ず土地を選んで居を定め、すぐれた人物とだけ交わる。ためにならないものを遠ざけ、正しいものに近づくためである」
そう言っているそうです。ただし「蓬生麻中不扶而直」、学校教育の中では「だからクラス(学校)全体がしっかりしていることが大切だ」という文脈で使われます。普通の人たちは「土地を選んで居を定め、すぐれた人物とだけ交わる」という訳には行きませんから、周囲全体を育てるしかないのです。
昨日は10年前に私が担任していたクラスについて話しました。4・5年生と担任しましたが、「中学生の女の子と保育園の男の子がいるみたいね」と言われたそのクラスの男子たちは、結局、最後まで「地面にへばりつく蓬」のままでした。少なくとも私がそばにいた間はそうです。
その後、6年生を経て中学・高校と進学し、風の便り聞くと女の子たちは相変わらず成績・品行ともに優秀で続々と有名進学校に進んだものの、男の子たちはあまりパっとしない様子がうかがえました。まあそんなものだろうとその当時はタカをくくっていました。
ところが今回、会って話してみると大学進学の方は男の子も驚くほどの好成績を上げているのです。現役合格は難しかったらしく浪人した子も多いのですが、現浪合わせて相当努力したらしく、進学した大学名は女子と並べても遜色のないような陣容なのです。
また彼らと話してみると、その中身のしっかりしていることにはさらに驚かされます。小学生のころは最もヤンチャな一人であったS君などは、来年からドイツに留学して金融の勉強を深めるとか言って私を驚かせます。その仲間のK君は、そもそも高校の段階で親の職業を継ぐ決心をして大学を選択し、卒業後はそのまま親のところに残るか外部で修行するといった、非常に現実的な問題で悩んでいます(こう書きながら、私は自分驚きが十分に表現できていないことにガッカリしています。やはり小学校のときの、「まるで保育園児みたいな」彼らを知っていないと、今のあの子たちのすごさは分かってもらえないのでしょう)。
「蓬生麻中不扶而直」
あのころ、麻のようにまっすぐに伸びる女の子たちの中にあって、まるで保育園児のようにヤンチャなヨモギたちはまだ十分に伸びていなかったのです。しかし数年のタイムラグを置いて、やはり麻の勢いに影響され、ヨモギたちはまっすぐに成長してきた―私にはそんなふうに思えるのです。
昨日と同じ言葉で締めます。思いは同じだからです。
「低学年教育、恐るべし」
(この稿、続く)