「聖なる人々」~先生たちって、ほんとうに偉いんだよ。

 中学校2年生の時だったと思います。友だちの口コミ情報でどうやら同級生の一人が万引きをして指導を受けているらしいということを知った私は、よせばいいのにトイレでその生徒とすれ違った際、「オイ、悪いことすんなよ(オレ、お前のこと聞いて知ってんだぞ)」とか言って担任に呼び出されました。どう曲がりくねって伝わったものか、担任に耳に行きついた時には私も万引きをしているらしいといった話になっていたようなのです。

 もちろん事実無根なのですぐに“釈放”となったのですが、その際、担任が一言、
「いや、実はキミが中学校時代のオレにそっくりでね、だから心配なんだよ」
 死んでも、絶対に、教師にだけはなるまいと固く決心した瞬間でした。

 それが(紆余曲折はあったものの)結局は教員になってしまったのですから、担任の客観的な判断は正しかったというか、“心配な子”は教員になるという悲しい証明をしてしまったというか、いずれにしても本意でない結果になってしまいました。

 さて、今後予定される教育改革の方向の一つに、「教員として現場に出る前に、数年、社会経験を積ませる」というのがあります。ネット上の教員批判にも「社会を知らねえ奴はダメ」だとか「社会の厳しさを経験してから教員になれ」といったことが繰り返し出てきます。さらにいけないのは、教員自身が「教師の最大の欠点は社会を知らないこと」と言ったりすることです。

 冗談じゃあない。

 私はアルバイト時代も入れれば10年近くも民間にいましたし、信じられないくらいの安月給で三日間60時間以上も働き詰めのこともあったし、顧客のクレームの5時間以上も晒されたこともありましたが、しかし教職がそれよりも甘いなどとは絶対に思いません。

 私たちの仲間の中にはたかだが10歳前後のクソガキども―もとい―お子様たちになぶりものにされ、保護者から毎日突き上げられている人がたくさんいます。部活に特別活動に、一年間休日も満足に休まず、日夜奔走している人が山ほどいます。授業は毎日違いますから、常に自己を更新し続けなければなりません。

 もちろん教職より厳しい職業はいくらでもあります。しかし教職より甘い仕事も世間にあふれているのです。

 私が民間を経験して良かったことはただ一つ、
「世間がいかに学校のことを理解しておらず、無責任な期待を被せているか良く知っている」
 その程度のことです。

 私は「ア法学部」の「オ政治学科」の出身です。なぜそんな学部にいたかというと18歳の時に人生が決められず、一番潰しが効きそうだということで選んだだけのことです。その同じ18歳を、確固たる信念や希望に燃え、教育学部に進んでそのまま教員になった先生が学校には大勢います。そうした人こそ尊敬すべきです。そうした人たちこそ大切にされるべきです。

 この人たちを社会の汚泥にまみれさせてはいけないのです。