「何とかなるのは我が子だけ」

 自分の子どもが小学生や中学生なったとき、そこで何の問題もなく健やかに成長してくれれば問題ないのですがそうでない場合、親としてさまざまなことを考えます。「学校がもっと落ち着いていたら」「担任が別の人だったら」「クラスがしっかりしていたら」「あの子が学級にいなかったら」・・・・。しかしそうした不満を抱えたまま何もしないでいるのと、そうでないのとでは結果はまったく違ったものになってしまいます。

 私は立場上、学校外の人からさまざまな形でそうした話を聞かされることがあります。そしてそんな場合、次のように答えることにしています。

『確かに、学校の雰囲気が違えば今とはずいぶん違った気持ちでいられます。「学校がもっと落ち着いていたら」「担任が別の人だったら」「クラスがしっかりしていたら」「あの子が学級にいなかったら」、それは当然の思いです。しかし実際は現在の、そうした学校、そうした担任のもと、そうしたクラスでそのような友だちに囲まれながらお子さんは育っていかなければなりません。

 学校を代えるのは現実には難しいことです。クラスを替えたり、担任を替えたりすることもできません。ましてや担任のや友達の性格や能力を変えるのはほとんど不可能です。しかし仮に変えられたとしても、その子の生涯に渡って「善き環境」を整え続けることはできないことです。

 例えば、将来お子さんが営業の仕事に入ったとして、あなたは子どものために「良き上司」と「良き仲間」「良き顧客」を用意しつづけることができますか? お子さんを支える「良き配偶者」や問題を起こさず健やかに育つ「良い子」を提供しつづけることはできますか? 

 私たちは子どもの環境を変えたり周囲の人間を変えたりすることはできません。しかし関係者の中でたった一人だけ、比較的何とかなりそうな者があります。それはあなたのお子さん自身です。今、難しい環境の中にいるお子さんをどう育てるかが、問題なのです。難しい中できちんとできる子どもを育てておけば、きっと将来、難しい環境の中でもすべきことを行える逞しい人間になってくれるでしょう。

 さあ、考えましょう。今のその子に、親として何ができるか、その子のどういうところをどのように育てるか、どんなふうにその子を支えていくか。

 さまざまに不満を言って過ごすより、その方がずっと有益なはずですよ』