「『三丁目の夕日』から」

「Always〜三丁目の夕日」という映画を見てきました。西岸良平のマンガを原作とする映画です。

 舞台は昭和33年の東京の下町で、建設中の東京タワーを背景に、人々のほのぼのとした生活を描いています。私以上の年代の人間には非常に懐かしい風景で、それ以下でもなんとなく郷愁の感じられる景色でしょう。今やお宝としてテレビに出現する品々が、町並みに溶け込んで現われます。

 そうした懐かしさやストーリーの展開のうまさによって、館内のあちこちで鼻をすする音がしていましたが、私はノスタル爺ではないので、むしろ建設中のタワーだとかまだセンターラインの引かれていない片側2車線の道路とか、30年代の人々でひしめく上野駅、SLがすれ違う様子など、コンピュータ・グラフィックスの発達がなければ絶対に表現できなかったような映画の中の風景にわくわくしていました。ほんとうに凄いのです・・・とその時、主人公の一人の「戦争が終わって、はや13年・・・」という台詞が引っかかりました。私が懐かしいと感じ、感覚として理解できる昭和33年が、戦後間もなくだったという当然のことが、何となくピンと来なかったのです。

 昭和33年というのは日本にとって非常に大切な年でした。西暦に直すと1958年、いわゆる高度成長期の元年にあたる年で、「三丁目の夕日」に現われた風景はその数年後にはほぼなくなっています。1964年の東京オリンピックに向けて、東京は大改造されたのです。

 翌々年の35年、遠い田舎町のM市で少年T(私)が小学校に入学します。その後この少年が高校を卒業するまでの12年間。その間にT家にやってきたものを紹介します。

�@円形の蛍光管をもった室内灯

�Aガスのコンロ

�B室内の水道

�C電気炊飯器

�D電気冷蔵庫

�E電気洗濯機

�Fテレビ

�Gカラーテレビ

�H持ち家

�I自家用車・・・・

 簡単に言ってしまうと、昭和33年までの生活はほとんど太平洋戦前と同じで、昭和47年の生活は(コンピュータを除けば)、ほとんど現代の生活同然だということです。

 たった10年あまりの間に、世界はまったく違ったものになってしまったのです。

 さて、「三丁目の夕日」に描かれた風景。

 隣近所が常に密接に絡み、醤油や砂糖が貸し借りされ、本気の殴り合いがあったり、子ども達が空き地で果てしなく遊んでいたような時代。その時代に育った人々が子育てを終わり、彼らの産んだ子どもたちが親世代になろうとしています。

 その子たちはさまざまにものの溢れる時代の申し子で、外に困難のなかった分、内面に困難を抱えて育った人たちです。私や校長先生のように、時間がたてばたつほど世界はよくなっていくと単純に信じられた世代とは異なり、かなり複雑な人たち・・・と書きかけて、今初めて、それが本校の先生方とほぼ同じ年代ということに気づきましたので、これで書くのをやめます。ハハ。