さまざまにある学校制度をいっしょくたに語ってはいけない。
残業代が出るようになっても、仕事自体が減らなければ、
時間外労働の抑制には繋がらない、――と思っていたが、
そうない場合もあった、
という話。(写真:フォトAC)
【ネットで検索したら自分のブログがヒットした】
文科省の諮問委員会である中央教育審議会の特別部会が正式に「教職調整額を10%以上に引き上げるべき」という建議をした5月13日、傍聴していた「(給特法のこれからを考える)有志の会」の代表者がすかさず記者会見を開いて「点数を付けるとすれば0点だ。審議を最初からやり直してほしい」と訴えたという話は再三確認しています。
この5月13日に初めて「有志の会」にスポットライトが当たり、「教師たちは調整額の上乗せなんか望んではいない。残業代の創設こそ教員の総意だ」という間違った見方は広がった――そう思っていたのですが、調べたらなんと、その一カ月近くも前の4月19日に、「有志の会」はすでに記者会見を開いて、
「(調整額増額の方向性について)教員や教員志望の学生の声をちゃんと聞いたうえで、撤回していただきたいと強く主張します」
と訴えていたのです。その件については翌日のテレ朝ニュースが扱っており*1、さらに驚いたことに二日後、この件を私自身がブログで扱っていたのです*2。
なんと、まったく覚えていなかった・・・。
【私が見つけた私の意見】
そこで、私はこんなふうに言っています。
給特法がなくなって残業代が創設されても、予算は無制限ではありませんから当然、管理者が仕事の取捨選択を行う――それによって仕事が整理され、減らされるから長時間労働が改善される、というのが残業代を要望する人たちの意見ですが、この問題は現場でどうこうできるものとはとても思えないのです。
教員たちの残業時間が予算の枠を越えはじめたとき、校長は現場で「資金が尽きそうだから、今学期から通知票は廃止しよう」と言ってくれるのでしょうか?
「キャリア・パスポートは廃止しましょう」
「準備のたいへんな小学校英語。本校ではもうできないな」
「修学旅行はやめよう」
「卒業式も内々で済ませよう」
と言えるかどうか――。
それが私の一貫した立場で、だから残業代の創設に反対し、調整額13%にとりあえず賛成したのです(とりあえずというのは13%が15%になったらすぐに乗り換えるつもりなので)。
【ああ、それでもできないわけじゃない】
ところがそうした私の立場に真っ向から冷や水を浴びせたのがSNS上に現れた、
「先生たち! 校長先生はたいへんな権限を持ってるよ。校長先生にしっかり働いてもらいましょう」
という書き込み。彼らは本気で、管理職がその気になれば修学旅行をやめたり卒業式を内々に済ませたりできると考えているようなのです。
昨日お話ししたようなやり方で、ありとあらゆる活動を見直し、廃止できるものは廃止し、廃止できないものについては縮小、あるいは運動会を校内マラソン大会に置き換えるような形でもっと簡便なものに変更する、残業代が無限に出せない以上、管理職は必ずそうするはずだ、残業代にこだわる人々にはそうした確信があるみたいなのです。
ほんとうにできると思っているのでしょうか?
それから改めて自分の記事を読み直し、そこに重大な発見をします。
(有志の会の)現役の高校教員 西村祐二さんが――
ああ、代表者は高校の先生だったのです。
高校の校長先生だったら通知票もやめられる、修学旅行も廃止できる――。
【私の高校は最初からなかった】
実際、私が50年以上も卒業した高校は、当時から今だに、修学旅行もなければ通知票もありません。先生に訊いたら、
「修学旅行なんかやった日にゃ、オマエら前後3か月はボーっとしていて受験勉強にならん」
とのことでした。分からないではありません。
それに高校生にやらせると修学旅行も卒業記念旅行みたいになってしまい、しっかり事前学習をするでもなく、小中学校と違ってさほど教育的効果も期待できません。したがって教師からすると、なくてもまったく困らない、なければむしろ楽でいいようなものです。受験を理由にすれば敢えて反対する保護者もいないでしょう。
通知票もまた、生徒はもちろん、保護者にとっても重要なものではありません。今さら性格や態度について言われても親の指導など届きませんし、とにかく希望の大学に入れるよう成績さえ上げてくれれば文句はないところです。
そんなわけで、私の高校の場合、学期末に出したのはテスト点数と順位を書いた一覧表だけでした。
同じ調子で、体育祭も文化祭も受験を理由に圧殺しようと思えば殺せるでしょう。修学旅行も体育祭も文化祭もない学校なんて嫌だという生徒は、最初から選ばなければいいのです。それが高校です。しかし小中学校はそういうわけにはいきません。俗な言い方をすれば、世間が黙っていてくれないからです。
昨日のブログの最初に出したクイズで、答えのふたつ目を「どれも廃止できない」としたのはそのためです。
(この稿、続く)